セカンドダイス 第7話

 それからは一進一退の連続だった。公彦きみひこが外せば鎌田かまた君も外す。鎌田君が一発で当てれば公彦も当てる。


「ここまで真剣になったのは久しぶりですよ」


 それは皮肉でもなんでもなくて、本心に聞こえた。盤面は公彦から見て一番右が向こうへ3マス。右から2番目がこちらへ1マス。左から2番目がこちらへ3マス。一番左が向こうへ2マスだ。手番はこちらがだまし屋。鎌田君が予想屋だ。


 リーチはお互いひとつずつなので安易に伏せるのも考えものだ。気にしなくてはならないことはふたつ。

 まずは✕を一番右へ置くとでこの手番で負けることはないということ。


 しかし、それは鎌田君も百も承知だろう。見破られた瞬間に一番左も向こうへ3マスになってしまいふたつのレーンがリーチとなりよりピンチになる。だからといって、✕を一番右へ置かなかった場合、それを見破られるとその時点で負けだ。


 逆に鎌田君からすればリーチが掛かっている左から2番目が負けを意識しなくてはならないところ。


 そこ✕を置かなかった時に、鎌田君がそこを選択しないまま✕を引いてしまった場合、負けになる。それは避けたいのだから優先的に選ぶ可能性も高い。


 その心理をついて、そこに罠を仕掛ける事もできる。勝ちを急ぐか、負けないための1手か。非常に悩ましい盤面だ。


「むう」


 思わず唸ってしまう。その様子も鎌田君は真剣な眼差しでこちらを見ている。一挙手一投足を見逃さないようにしているのがうかがえる。


「こうします」


 悩んだ末に一斉にタイルを置く。一番右は✕のタイルだ。結局安全策を取ってしまった。

 セオリー通り素直に読まれたらほぼ負けなのだが、そこは鎌田君を信じることにした。素直に読むことはしないだろう。ただし、裏の裏のを読んでくることはもちろんありうる。その時はその時だ。


「ちょっと悩みますね」


 一言そう宣言してから長考し始める。よく考えれば考えるほど、迷いは大きくなる。ある一定の割り切りは必要だとは思うが、それもうまくいく保証はない。


 信じるのは自分のボードゲームに対する経験則からの勘だ。鎌田君は勝ちを急ぐ。しかし、警戒もする。だからまずは一番、✕を置く理由がない右から2番目を選択する。それで様子をみるはず。


「じゃあまずはこれを」


 そう言って手を伸ばしたのは一番左のタイルだ。そこは○。


「よし」


 予想したのとは反していたし、鎌田君は小さくガッツポーズをしている。


 これで一番左が鎌田君へと向かってリーチとなってしまった。これは✕を引かせることができたとしてもだいぶ厳しい状況になった。


 しかし、まだ勝負はわからない。一番右を選んだ瞬間に公彦の勝利が決まるのだ。


「じゃあ、次はこっちを」


 だまし屋は一回タイルを置いてしまったらあとは祈ることしかできない。ひたすらにその展開を見守り続けるだけだ。


 鎌田君が選んだのは右から2番目。これも○。ごきぶりタイルが真ん中に戻る。完全に見破られている。しかし、見破られているのは公彦が残ったふたつのどちらかで勝負を仕掛けているということだけだろう。


「さて。どっちですか?」


 鎌田君が聞いてくる。そんなこと素直に答えるはずないのは鎌田君も百も承知だろう。動揺させてその挙動で判断するに違いない。


 だから、なるべく視線も動かさず、声のトーンも変えないように意識する。


「さあ。どっちですかね」


  むう。と鎌田君が小さく唸る。それを見てホッと胸をなでおろす。ヒントを与えなかったみたいでなによりだ。そして、その安心感のもと、つい視線が動く。


「えっ」


 鎌田君が驚いている。驚いているのは公彦も一緒だ。まさか油断して視線がタイルに向かってしまうとは思いもしなかった。


 にやりと鎌田君が口元を緩ませる。当然だろう、このタイミングで視線が動いてしまったのだ。


「ではこちらを」


 そう一番右を選択し、ひっくり返す。


「割と慎重なんですね」


 これで残っていた左から2番目のごきぶりタイルが1マス鎌田君側に動く。これで次の公彦の手番で勝つことはできなくなった。


「ではこちらがだまし屋ですね」


 鎌田君がめくったばかりのタイルを自らの方に寄せる。そして悩み始める。


 次に気にしなくてはならないのもふたつ。


 1つ目は一番右と一番左。これが鎌田君がリーチのタイル。鎌田君がどちらかに✕を置いたとして、どちらかに✕が置かれているか見破らない限り負けてしまう。


 2つ目はそのどちらにも✕がない場合だ。でもこれは考えすぎなくても良い気はする。あったとしても先にそちらを選ばなければいいだけのことだからだ。どちらにせよ先に1つ目の問題を解決しないことには始まらない。


 右か。左か。それだけの選択が非常に遠く感じる。どちらにするのかをたどり寄せようと必死に情報を整理するけれど。情報が複雑に絡み合って。いくら考えても答えは遠いままだ。


「さて。どっちですかね?」


 先程鎌田君に問われたように今度は聞いてみたりもする。でも、それが何らかの手がかりになることはない。視線をそらすことなく、さあ。とだけ答えてくる。


 こうなれば頼るのは勘だ本能だ。それが導くままに引いてしまえばいい。


「じゃあ、こちらがわを」


 そう言って選んだのは一番左のタイルだ。それを勢いよくめくる。


 そこには✕と書かれていて。


 よしっ。と小さく呟いた鎌田君の声がよく聞こえるくらいには部屋は静かだった。

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