セカンドダイス 第6話

 声を出してしまったのは失敗だった。それはもう答えを教えているようなものだ。そこはじっと待たなくてはならない。視線も下手に動かしてはいけない。動かすだけヒントを与えてしまう。


「いやはや。お強いですね」


 それは本心だ。おそらく公彦きみひこの動きを見ての判断だろうが、それにしても余裕たっぷりな笑みだ。自信の表れと言っても良い。


「さ。ではこんどはこちらが伏せますね」


 そう迷いなくタイルを順番に置いていく。動きに違和感はなく、スムーズで落ち着いている。なんの差もない。その動きから、伏せたものを予想するのは骨が折れそうだ。


 であれば頼るのは思考へのアプローチだが。これも序盤なこともあり情報量は更に少ない。右から2番目以外のタイルはすべてあちら側へ一歩進んでしまっている。


 ✕を置いたところは動かないから、その進んでしまったうちのひとつが✕を置くのがセオリーなのだろう。


 どれれかひとつは今の位置をたもったまま、3分の1の勝負を挑めるのだから。公彦でもそうする。であればそれを引き当てなければならない。


「どうしました?なやんじゃいますかね」


 考えている間に言葉を掛けてくることも忘れないあたりこういう場面になれているのだろうと思う。楽しませるようにも見せているし思考をまとめさせないようにしてるもと取れる。


 鎌田君がずいぶんとゲームに強いのはこの短い手番でよくわかった。おそらく地頭そのものがいいのもあって。ボードゲームというものをよく理解している。


 でも、経験だけならばこっちも負けてはないし。そんなお客さんたちを相手にしているのだ。そう簡単に負けるわけにもいかない。


「随分と余裕そうなんですね」


 つまりはおそらくそうなのだ。普通に考えれば3分の1の勝負。でもその余裕。セオリーからはずして、余裕で待ってられるその場所に✕はあるはず。


 右から2番目。つまり動いていないごきぶりタイルのレーンの四角いタイルをひっくり返す。そこには✕と書かれていて。


 自分でも自慢げな表情をきっとしてしまっているのだろう。その表情を向けた相手……鎌田君は苦虫を噛み潰したような顔をしていて。おっと、それが本来の顔かと思うくらい、目つきが鋭くなっている。


「な、なかなかやりますね」


 口元は笑っているけれど。目が鋭いままだ。鎌田君の闘争心に火を点けてしまったみたいだけど、これで対等だとも言える。


 ぶぅ。一息つきたくなるくらいには緊張していたのをさとられないように息を吐き出す。


 そして、ゲームは振り出しに戻ってしまった。初期位置からのスタート。でも今回は情報が少しだけある。右から2番目に2回続けて✕が置かれているという事実だ。


 これにより、連続で置くわけがないという心理が働きそうなものだ。その裏を読んで他の場所にするか、それとも素直にそこに置くか。悩みどころだ。


 正解がない1手。これを考えているときがボードゲームにおける最良の楽しみ方だと思っている。


 将棋やチェス、囲碁なんかも同じ感覚が味わうことが出来る場面はある。でも、それを楽しむまでには研究が進みすぎてしまっていて、ある一定のレベルを要求する。ボードゲームはそのレベルを求めないから良いのだとあくまでも持論だけれど公彦は考えていた。


 おそらく研究が進めば最適解なんかも見つかるかも知れないし、研究が進んでそうなったボードゲームも実際には存在する。でも、新作が日々生まれていく中でその研究が追いつくはずもなく、なんなら人々は研究することを求めず。その生またばかりの新しい世界で無数の選択肢を試している。


 それが楽しいのだ。


 この世界では何が出来るのだろうと思案し、試行し、より高みへ向かう。でも、それはたどり着いてしまっては楽しみが失われてしまう遊び。


「どうしたんですか。そんなに嬉しそうにして。今の1手で返せたことがそんなに……」


 そこから先は無粋だ。そんな感情は沸いてきてはいない。だから、その言葉を遮るように言葉を放つ。


「いえ。ボードゲームって本当に楽しいんだなって実感しているです。こうやって始めての方とでも、深いところで会話している気がしてくる。それって、すごいことですよね」


 だから、それを使ってあくどいことをするのは許せないんです。


 確証が持てない以上、その先を言うわけには行かない。それでも、なにかが届いてくれればいいなと思うのだ。


「そうですよね。すごいことだと思います」


 鎌田君が素直に同意してくるのを見て、おや?と疑問に思う。


「ではこう伏せますか」


 ✕を置いたのは一番右だ。迷ったけれど、結局は度胸試しだ。相手の出方を伺うのがいいと判断した。


「じゃあ、これを」


 真剣な顔して鎌田君が選んだのは右から2番目。3連続を狙ってきていた。危ないし、セオリーの裏の裏を読んだのか、素直に行ったのかもわからない。


「あー。やっぱり上手ですね。じゃあ、こっちを」


 続けて、一番右を選択。これがもちろん✕なので、動くごきぶりタイルは左からふたつ。それが公彦によってくる。


 冷静に落ち着いているようにも見えるが、その心のうちは闘争心がむき出しのように感じた。このゲームは楽しいものになる。経験がそう告げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る