セカンドダイス 第5話

「じゃ、こっちはこっちで楽しみましょうか」


 最初に玄関のドアを開けてくれた彼が相手をしてくれるようだ。対面に座りながらひとつの箱を机の上に置いた。


 智也ともや君は隣の机だ。4人でやりたいゲームをあると言って、歓迎されていた。ひとり新顔が入るとゲームの空気が変わるので大歓迎だと喜ばれていたりする。まあ、6人で重たいゲームをやると時間もかかるし、考えることが多く、乱雑になる展開も多い。であれば4人でやったほうがまとまりが良いことも多いのだ。


 であればと、ふたりでもうひとつのテーブルで遊ぼうということになった。それは公彦きみひこにとっても都合が良かった。ゆっくり話ができるからだ。


「そういえば名前伺ってなかったですね。僕は鎌田かまたと言います。よろしくです」


 そう言って差し出してきたのは手ではなく、4つのタイルだ。その黒い重みのあるタイルには片面はツルツルだが、もう片面には○と✕が書かれている。○が3つで✕がひとつだ。

 名前を名乗りながらよろしくと返しながらそのタイルを受け取る。これを差し出してくるからにはこちらが先行でいいってことか。


「ルール説明必要ですか。それとも知ってたりします?」


 机に置かれたボードゲームのことはもちろん知っている。嫌な虫ランキングのトップに居座っているあいつが、2匹で遊んでいる様子が書かれたそれはごきぶりシリーズのうちのひとつだ。


 このシリーズのポーカーが智也君のお気に入りだったりするがこれはデュエル。2人専用のゲームだ。


 ルールはシンプル。

 とりあえず盤面に目を落とす。

 ボードがふたりの間に置かれる。そこにはマス目が書かれていて。横が4マスで縦が7マスだ。

 縦のマスの中央に点線のマルが書かれていて。そこに鎌田君は丸いタイルを横一列になるように計4個を置いくてく。そこには例によってごきぶりの絵が書かれているのだ。


 そして受け取った4つのタイル。これを受けた取ったほうが『だまし屋』。もう片方の人が『予想屋』としてこのゲームは進んでいく。


 だまし屋が行うことは受け取った4つのタイルを裏にして伏せておくだけ。予想屋の行うことは伏せられたタイルをひとつずつ表にしていくだけ。


 予想屋がひとつしかない✕を引いた時点で、その手番は終了する。

 ○を引いた場合はごきぶりが書かれたタイルをひとつ自分の方へ引き寄せる。✕を引いてしまった場合はまだひっくり返っていないレーンのごきぶりタイルが相手側にひとつ進んでしまう。

 ただし✕をひっくり返したレーンのコマは移動しない。


 それを互いに繰り返していって、ごきぶりコマをひとつでも自分の側に引き寄せたほうが勝利だ。


 シンプルで、読み合いがメインのゲーム。勝負が拮抗すると長引くこともあるし、運の要素が大きいという人もいる。


 それでも、その分。駆け引きを楽しみたいときには最高に面白いゲームでもあると思っている。考え方の癖や利き手なんかで確率は少しずつ変わる。言葉による心理戦も行き過ぎなければいいスパイスだ。


「ええ。ルールはわかります。こちらが先手でいいんですか?」


 大きく先手が有利というわけではないのだけれど一応確認する。


「ええ。大丈夫ですよ」


 余裕たっぷりの鎌田君はよほど自信があるのか。それもとこちらをただのおじさんだと思っているのかのどちらかだ。


 とはいえ、必勝法があるわけでないこのゲームで簡単に勝つことなんてできない。いや、勝率を上げる方法はあるのだ。

 心理学を学べばいいのだ。ちょっとした動作から情報が読み取れたりもする以上。知識があるのとないのでは情報量が違う。そして、その情報量の差が勝敗につながることはよくある。


 でも、公彦はあえてその世界に足を踏み入れなかった。前提としてその知識を必要としていないゲームでやっているだけで身についてしまうものは仕方ないにしても。勝利を目指すためにそれを身につけてしまっては、これから先だれとボードゲームをしても楽しめなくなりそうだったからだ。


 だから、正直ゲームのルールは詳しくても公彦自身がゲームに強いことはまったくない。むしろこういった心理戦は苦手なくらいだ。


 負けても勝っても重要なのはそこじゃない。そのゲームプレイ時間をどれだけ楽しんだかだ。そして、そのことに関しては誰よりも自信があった。


 伊達にボードゲームカフェの店長をしているわけじゃないよ。


 そう自信満々ににやりと笑ってみたら。鎌田君は不審に思ったみたいだ。


「大丈夫ですか?お手洗いなら入口を入ったところの右手ですけど」


 違う。そうじゃない。


「ち、違います。では先手伏せさせてもらいます」


 最初の1手なんてほぼ運だ。難しく考えても仕方がない。右から2番目を✕にしよう。そう素直に黒いタイルをひとつひとつゆっくり置いていく。


 それをじっと見つめる鎌田君の視線が気になる。


「それでいいですか?」


 置き終わったのを確認すると、鎌田君は迷わず、公彦からみて右から2番目に手を伸ばす。あっ。思わず声が出たときには、それはもうひっくり返されていて。


「とりあえず。先手必勝ですね」


 そうにやりと笑い掛けられた。自信がある笑顔っって言うのはこういうイケメンがやるから絵になるんだな。


 そう悲しいかなそう思ったんだ。

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