相手になりたい 第14話

「そ、そんなに」


 そんなにも何も、そう言われてしまったからそうなのだろう。難しい顔をしている自覚も無ければ、そんなつもりもまったくないのにと思う。


「まあ、いいんですけど。さ。続きやりましょう。小室さんの手番ですよ」


 そう言われても……どうしていいのかわからなくなってしまった。それはそうだ。だって今の今。ボードゲームやっていてつまらないと言われたのだ。このまま遊べるほうがどうにかしている。


「じゃ、これを前に」


 それでも良いオバケを、一歩前に進める。それを取られたらもうどうしようもなくなるくらいの悪手。もう早く終わらせて帰ろう。心のどこかでそう思っているのかもしれない。


「はあ。わかるんですよ。そういうのも。もしかしてそうやって諦めるの癖になってます?強く言い過ぎたのは自覚してますけど、だからってそれはないんじゃないんですか」


 心のうちを読まれたみたいでドキッとしてしまう。続いて湧いていくるのは怒りだ。どうして、そうやって攻撃ばかりしていうるのだろう。こっちはもう敗北を宣言したも当然だ。このままあっさり負けて帰れればそれでいい。こんなところにいたくない。そう決心する。


「だから、旦那さんも相手してくれないんですよ。せっかくの楽しい時間がそんな気持ちで相手されちゃ台無しですからね」


 それでもミホからの言葉の応酬は止まらない。もやめてと叫びたい。でも周りの目が気になってそれもできやしない。


「早く終わらせたいならそうれはそれで付き合いますけど。これで勝っても嬉しくないですよ。そういうところじゃないんですか、旦那さんとかも気を使ってたんだと思いますけどね」


 そう言って敬子が前に出した良いオバケのコマをミホは、取った。


 それをただ眺めながらお前に何がわかるのかと、怒鳴ってから帰ってやろうかとも思うけれど。それはあまりに大人気ない。


 それに。それはきっと事実なのだ。自分でもそれは気がついているけど気づかないふりをしていたのだ。勝ち目がないと思った瞬間に冷めてしまう自分がいる。消化試合じゃないけれど、負けが確定しているなら、頑張っても仕方がないことだと思っている。それが無駄な時間だとどこかで思っているのだ。


 でも、どうやらボードゲームを楽しそうにやっている人たちの多くは違うのだということにも気づいている。旦那もそうだ。なにがダメだったのかを必死に考えている様子はよく見るし。夕食の話題にあがることも多い。敬子はただそれを聞いているだ。何をそんなに一所懸命になれるのだろうと不思議にも思っている。


 この前のハコオンナのときも感じたことだ。ハルやミツルは最後までチヒロに勝負を挑んでいった。それは敬子が最初にハコオンナ側になってしまったからのだけれど。もし逆の立場だったら、あんなに諦めずに挑戦できていたか自信はない。


「ボードゲームなんて所詮は遊び。楽しくなきゃ損ですし、こんなところにまでわざわざ来て楽しめないのはもっと損ですよ。さっさと帰ったほうがいいんじゃないんですかね」


 どこかで聞いたことがあるフレーズもそうだが。ミホのその言動にどうしてだか違和感を覚えてしまって、思考が切り替わる。敬子をここから遠ざけたいと思っているかの様子。なにか隠している気がする。ふと、チヒロたちの顔が過って、その会話を思い出した。


「ねえ。もしかしてミホちゃんてチヒロちゃんの友達だったりする?」


 その言葉にミホの表情が驚いたものになって固まってしまった。想定外の言葉に驚いているようだ。


「この前、一緒に遊んだんだけれど。もうひとりよく仲間がいたって。そう言っていたのだけれど。もしかしてその友達じゃないかなって思って」


 ミホは引きつった顔しっぱなしで、こちらも悪いことをしたような気持ちになるくらいだ。でも、それは肯定しているようなもので。それが敬子のイタズラ心に火を点けた。


「じゃあ、次はこっちを前に出すわね」


 そう言ってこちらかゲームを続行する。前に出したのは良いおばけだ。急に再開したゲームにミホの戸惑いは加速しているようだ。


「ちょっ。なにゲーム進めてるんですか」

「答えてくれないみたいだから。これで私が勝ったら教えてもらおうかしら」


 その言葉でミホの顔がえっ。っとなり、何かを決意したように表情が変化していく。


「じゃあ、私が勝ったらさっさと帰ってください」


 それが交換条件になるのかはわからないけれど、ミホがそれで納得するならそれでもよかった。さっきまで帰るつもりだったのが嘘みたいだ。ミホから事情を聞き出したくなっていた。


『ボードゲームに賭け事を持ち込んではダメですよ。それがボードゲームの良さを消すことは少なくないんです。ボードゲームはそれ単体で面白くなるように研究されてるんですから』


 店長が記憶の中からニョッキっと出てきて忠告してくる。その言葉に対して心の中でごめんなさいと謝罪するけれど、この賭けをやめるつもりはなかった。そうしなくてはならない気がしたのだ。それは敬子にとって、珍しいことだ。

 いや、過去に一度だけあったなと思う。旦那に結婚してくれと迫ったときだ。それが正解だったかなんて今もわからないけれど。後悔はしてない。それはきっと今回もおんなじだ。


「じゃ、一旦こっちを」


 ミホは前に進めた良いオバケを一旦おいておいてそれとは遠いところのコマを進めてくる。


 避けるミホを見て。あれ。もしかしたらちょろいかも。と思ってしまう。攻められると弱いタイプなのかもしれない。

 そう思い始めたらずいぶんとかわいく思えてきた。歳の離れた妹みたいな気持ちが芽生えてくる。こんな思い初めてかもしれなくて、ずいぶんと余裕が生まれた。


「じゃあ、次はこっちを前に出すわね」


 今度も良いオバケだ。ミホはそれを随分と警戒し始めた。おそらく悪いオバケだと思っているのだろう。積極的に取ることをしようとはしない。

 そうしてから先程とおなじオバケをもう一歩前に進める。

 あっ。それ悪いオバケだ。なんでだか手に取るようにわかるその一手につい微笑ましくなってしまう。


「なんですか。急に余裕ぶって。こっちが優勢ですからね」

「ええ。そうだっわね。取られたくないからこっちお進めようかしら」


 ミホが前に出したオバケを放置して逃げるように悪いオバケを一歩前に進める。それを見てミホは取るか取るまいか悩んでるみたいだった。

 そして今度は悩んだ末にその悪いオバケを取った。そしてそれはきっと良いオバケなんだと確信する。

 苦虫を噛み潰したような絶妙な表情とともに、ミホは敬子を睨みつけてくる。


「ガイスターって楽しいわね」


 嫌味たっぷりになってしまったのは、わざとだ。挑発と言ってもいい。ミホのやる気になった顔を見て。敬子は、旦那ともこうやって遊べていたら違ったのかもしれないと。そう思えた。

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