相手になりたい 第15話

「ああ。もう」


 感情がすぐに言葉になってしまうくらいミホは動揺しっぱなしだ。それもそうで、ミホが取ったオバケは軒並み悪いオバケ。これでもう3個目。次を取ってしまえば敬子けいこの勝ち。


 うまく行きすぎている感じがするが、どちらかと言うとミホが自爆しているに近い。疑心暗鬼になりすぎてすべて裏目を引いてしまっている。


 敬子の手番なのだが、良いオバケをあとふたつ進めることができれば出口から脱出することができ、敬子の勝ちとなる。素直にそれを目指してもいいのだけれど。それはそれであからさますぎるので流石に今のミホでも気づいてしまうだろう。それに敬子の良いおばけは1個しかない。それを取られた時点で負けは確定する。


 手が震えるのを必死に隠しながら良いオバケを前に進める。ミホはそのオバケをじっと見つめたあと、それをスルーして、他の自分のコマを進めてくる。それも敬子のとおんなじように後2回動かせば出口にたどり着いてしまう位置だ。


 それはつまり、敬子の前に進めたオバケが悪いものだと決めたということ。もしかしてバレなかったか。

 ふとそんな考えが頭をよぎる。逆をついて誘っている可能性もある。しかし、ミホの進めたオバケを取りに行くには届かない。つまり良いオバケである可能性のほうが高い……あれ?

 もしかしたらもう勝てるのか。敬子のほうが一歩進みが早い。しかし、もう一歩動かしたところにミホのオバケが隣にいる位置になってしまう。ミホがそれを使って敬子のオバケを取ったら負けだ。


 でも今も取れたのに取らなかったということはこの動きで判断しようということなのかもしれない。


 考えれば考えるほどまとまらなくなっていってしまう。ちらりとミホの表情を伺う。いっときよりかは落ち着いた表情をして盤面を見つめている。その視線はふたつの場所を言ったり来たりしている。

 それはミホの出口に近いオバケと敬子の出口に近いオバケだ。必死にどういうことが起きるか想定しているようにも見えるので勝ちを諦めたわけじゃなさそうだ。


「私。負けませんから」


 ミホが敬子の視線に気がついたのかそんなことを言ってくる。それはこっちだって同じだ。負けるつもりなんてない。


 迷いを振り払って出口まで一直線だ。良いオバケを一歩前に進める。


「これで決まりですね」


 ミホがニヤリとしてオバケを取った。それを見てしまったと思うがもう遅い。ミホの反応からそれが挑発だったことは明らかで。敬子の良いオバケを全部取っれてしまった以上。敬子の負けだ。


 あまりにあっさりしすぎている決着にしばらく呆然としてしまう。一方ミホはというとやりきったのか安心したのかちょっとホッとしているようだった。でも視線に気がつくと敬子をキリッと睨みつけてきている。


 約束通りさっさと帰れということのだろう。それは仕方ないと思う。そういう約束だ。でも、やっぱりどうしても気になってしまう。


「ねえ。どうして。そんなにここから帰ってほしいの?」


 ここは遊ぶ場所のはずだ。でも、ミホは終始ここに留まってほしくないような素振りばかりしていた。


「……それは」


 ミホが何かを言いかけた瞬間。扉が音を立てて開いた。


「おや。ゲーム一段落したみたいですね。よかったら次は大人数で遊ぶのですが、ご一緒にどうですか?勝ち残ったら賞金も出たりするんですよ」


 最初に案内してくれた人で。ミホが鎌田かまたと呼んでいた男だ。


 店長の言葉に反するその言葉にだいぶ不信感を覚える。もしかしたら……。


「あっ。帰るみたいですよ。この人。先程もう満足したって」


 ミホは視線で合わせてくれと懇願しているように見える。そうしてから、もしかしたらこれが早く帰って欲しかった理由であり、チヒロたちと会っていない理由かもしれない。


「ええ。今日のところはお暇させていただきますね。帰ってご飯の準備もしないと行けないので」


 ちらっと時計を確認するがまだ4時。セカンドダイスに店長は帰ってきているだろうか。なんとなくだけれど、ここのことを報告しておいたほうが良いような気がしている。


「ああ。そうでしたか。では書いていただいた書類を頂いてもいいですかね」


 仮登録と言われた書類だろう。でも、渡してはいけない気がする。それはミホの態度からも察することができた。


「それなら私がもらってるわ」


 まるでかばうかのように横からそう言ってくれるのはありがたいのだけれど、その後のミホがどうなってしまうのが気になってしまう。


「だからもう帰ってもいいですよ。旦那さんに相手をしてもらいたいんでしょう?」


 そう促されて、敬子は鎌田が開けた扉から出る。事務所みたいな部屋には数人の人が集まってきていた。


「今日は絶対負けないっすよ。この前取られたの取り返しますから」

「おっ。いいぜ。勝利点100でいいか?それくらい用意してあるんだろうな」

「もっちろん。腕がなるな」


 物騒な会話をよそにそこからもそそくさと退散する。


 もしかして今の会話って賭け事だった?そんな疑問をいだきながらセカンドダイスへと急ぐ。

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