相手になりたい 第13話
「えっと。じゃあ。このオバケを前に進めますね」
淡々とゲームが進んでいくのは敬子から話しかけても相手がぽつりとひとことだけしか話しかけてこなくて、すぐにゲームに意識が向けられるからだ。
それになんか機嫌悪い気がする。突然、相手をしてくれるようにお願いしたからか。
「じゃあ、私をこっちを前に」
渋々と言った感じでコマを動かす。部屋にやってきた彼女の名前を再び聞くと今度は答えてくれた。「ミホって言います」そう言葉短く必要最低限だけ伝えてくるミホはどこか元気がないように見える。もともとの性格なのかもしれないがせっかく遊んでいるというのにその態度だとつまらないなと感じてしまう。
今、ふたりが遊んでいるボードゲームはガイスターと言う、チェスみたいなゲームだ。ミホがふたりで遊ぶならこれが気楽でいいよ勧めてきたのもあるし、なにより敬子自身も店長に教わって遊んだことがあるからそれを素直に同意した。
ガイスターがチェスと違うのはコマの種類が2種類だけということ。そしてその2種類も形は一緒で後ろにハマっているピンの色だけの違いしかないということ。色は赤いのと青いのがあって。ちょっと前にセカンドダイス店長と遊んだときに聞いたときは『赤いのが悪いオバケで、青いのが良いオバケね』とのことだった。なぜオバケかと言えば、コマの形が白いオバケのようを模した形をしているからだ。
そしてそれで何をするかと言えばお互いに手番ごとにそのコマをひとマス上下左に進めるだけ。
目的は相手側の両端にある出口から良いオバケを出した方が勝ちと言うゲームだ。
「小室さんでしたっけ。ずいぶん慎重なんですね」
そう言ってミホはまたオバケを一歩前に進めてくる。6×6マスしかないボードの上に初期配置で置かれるオバケはひとりあたり8体。ふたりで16体。
前列後列に並べられたオバケを一歩前に出せば目の前にはミホが今動かしたコマがすぐ目の前だ。
すぐに相手に取られてしまうのは嫌だったので、横に避けたのだけれど、その空いたマスに迷わずミホは進めてきた。
すると、ミホが進めてきたコマの3方向には敬子のコマで囲んでいる状況になる。取ってくれと言わんばかりの配置にはきっと意味があるのだ。
『悪いおばけを4つ取ってしまったら小室さんの負けですからね。逆に良いおばけを4つとったら小室さんの勝ちです』
ルールの説明を思い出すたびに店長の顔が思い浮かぶようになってしまった。始めはえっと思ったりもしたけれど、それがもう普通になってしまった。それくらいにはセカンドダイスに通い詰めているんだ。
「どうしました?悩んじゃいます?」
本人は煽っているわけじゃないのだろうけど、どうしてだかそう感じてしまう。
これはきっと悪いおばけで取られることを想定しているのだ。たとえ取られなかったとしてもこちらのおばけを取ってしまおうという魂胆だろう。
「いいえ。ちょっと思い出してただけす」
何をとは言わない。その囲まれたコマを取ってしまおうと、横に避けたばかりのコマでそれを取った。
取ってからコマの後ろを確認すると赤色が見える。
「あと、3個ですね」
ミホの口振りはそもそもコマを進めて勝利することを考えてないと言わんばかりだ。悪いおばけをすべて取らそうと言う魂胆らしい。
「強気なんですね」
ミホの態度が高圧的だからか。どうしても敬子の態度もそれに釣られている気がする。
「はぁ。それを言うなら小室さんもですよ。もっとナヨナヨしてる人かと思ってました」
確かに第一印象はそうだったかもしれないが、その言い草はあんまりだろう。ミホは次のコマを一歩前に進める。これも悪いおばけだろうか。あんまり取りすぎると行動が制限されてしまってそのまま負けてしまいそうなので注意しなくてはならない。
「それ接客中に言っていいんですか?」
「ここお店じゃないんですよ。共有スペース。だからこれも、仲間内で遊んでるだけです」
であれば、そんな感じで良いのだというのか。
「それにしても初めての人にその態度はどうなんですかね」
今度は敬子も攻めに転じる。最初にひとつ進めておいたコマを一歩進める。進めたのは良いコマだ。取られてしまった不利になるが、ゴールを目指さないと勝てない様な気がして、良いオバケを選択した。それはミホのコマの目の前で。
「そう言える人に対して遠慮はいらないと思いますけどね」
それをミホは
ミホはその裏側を確認するとにやりと笑った。嫌な感じがする笑い方だ。
「ずいぶんと焦ってるみたいですね」
年上に対する態度がとか、そんなことは言いたくなったのだけれど。それがわざとなのかも知れないと思う。なんでそんなことをしているのかわからない。もしかして、ゲームに勝つためなのかもしれない。
それに正直焦りもする。初対面でこんなに簡単にゲームの主導権を握られるとは思っていなかった。それも明らかに年下の女の子にだ。
店長の動かすコマとか良いオバケか悪いオバケかわかりやすいくらいだったのに。
「ゲーム上手なんですね」
なんとか返した言葉は嫌味にしか聞こえなさそうで、言ってから、しまったと思い。まあ、今更かとも思った。
「そういう小室さんは随分と難しい顔してゲームするんですね」
こちらの言葉を気にしているのかいないのか。ミホはケロットした顔でそんなことを言ってきて。初め言われたことに敬子はえっと驚いた表情をしてしまう。
「それになんで、こんなところまできてボードゲームしているんですか?」
敬子が言葉を返す暇すら与えてはくれない。
「どういうことかしら。おばさんひとりでここに来る人は珍しいの?」
お互いゲームをしていた手が止まる。いつの間にか興味が違うところへ移ってしまっている。
「そんなことはないですよ。むしろ多いくらいです。
敬子に案内してくれた男性だとすぐに気がついた。言わんとすることはわかる気がする。彼を第一印象で避ける人は少ないだろう。
「じゃあ、なんでそんなことを聞くの?」
「だって、楽しそうじゃないんですよ。最初からずっと。真面目にゲームに取り組んでいるとも違う。なにかもっと追われているような印象を受けます」
そうかもしれない。敬子はそう思う。だって、ボードゲームを上手にできるようにならないといけないのだ。
「旦那の相手になりたいの」
素直にそう口にできたのはきっと、親しくないからだ。
ミホはちょっとだけ意外そうな顔をしたけれどすぐに何かを察したのかため息を小さく吐き出す。
「そうですか。深くは聞きたくないですね」
返ってきたのは拒絶だ。そりゃそうだ。敬子もそんな相談されたらそう思うに違いない。でも口に出したりもしない。
「ボードゲームばかりやってる旦那と対等に遊べるくらい上手になりたいのよ。そのために勉強してるの。だから、難しい顔にもなるわよ」
ミホが遠慮なく言ってくるおかげで普段言わないことまで出てくる。よくないと思いつつも止まらない。向こうが強気なんだからこっちも強気でいいだろうというよくわからない理屈だ。
今度は考え込んでしまった。話を辞めなかったのがいけなかったのか。
覚悟を決めたようにこちらをじっとみてくる。その圧にドキッとしてしまう。
「最初から思ってましたけど。そんな難しい顔して対面に座られてたら。こっちもそうなりますからね。相手になりたいのか、なんなのかわかりませんけど、正直に言うと最初からつまんないです。だって楽しもうって感じが伝わってこないですから」
そう強く言い返されて。敬子は頭が真っ白になってしまった。
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