相手になりたい 第12話

『いいですけど。どうなっても知らないですよ』


 そう意味深な言葉を地面に落とし、渋い顔をしたままの彼女に案内されたのは閉塞感がある、お店というより事務所だった。


 仕事でもしているのか資料が雑に置かれた机がいくつかおいてあった。案内されたのはそのさらに奥の会議室みたいな部屋だ。通されると用意されたパイプ椅子に大人しく従って座る。

 そこまで大人しくしていたのは、事務所みたいな内装に見慣れたボードゲームが置いてあったからだし、通された会議室のような部屋の隅にもおんなじようにボードゲームが棚が置かれていたからだ。


 セカンドダイスと違うのはおんなじゲームが大量にあるくらい。例えばカタンやドミニオンなんかが3個とか4個とか並んでいる。

 なんでだろうと疑問に思いもするけれど人気のあるゲームだし、需要が高いのだと思えばそれほど不思議ではない。


 会議室に並べられた机はボードゲーム用になのか細長い机が2列にくっついており、複数人でテーブルを囲う形に用意されている島がいくつかあった。敬子けいこが座って待っているように促されたのはその島のひとつだ。他の島では先程のふたり組が説明を受けているみたいだった。係の人が一組ごとに対応してくれるのだろうか。


 支払いや、料金体系の説明がないままで、相席も可能なのかとか、色々聞きたいことも聞けていないので早いところ心行くまま遊びたいと思う。早くこちらにきてくれないかと願ったりもする。


 ここまで一緒についてきてくれた彼女は名前を尋ねたのだけれど興味なさそうに流され、どこかへ消えていってしまった。ここで遊ぶつもりで一緒に来てくれたわけではないのだろうか。


 しばらくキョロキョロと見慣れぬ部屋を観察してみた。ボードゲームの数はセカンドダイスのほうが圧倒的に種類が多い。置かれた棚の数からもそれは明らかだ。すぐに数え終わるくらいしか棚には敬子でも聞いたことや、やったことがあるボードゲームばかりだ。


 なんなら敬子の家にある数より少ない。熱心な旦那はみたことも聞いたこともないものを集めている。それに比べるとどうしても見劣りするこの場所は始めたばかりなのか、それとも熱心でないかのどちらかだ。


「大変おまたせをいたしました。本日はお一人様ですのご来店ですか」


 見ればわかると思ってしまうのは敬子がひねくれているからなのか、よっぽど珍しい光景で向こうが戸惑っているかなのか。

 どちらにせよ答えはひとつだし、見た目のまんまだ。


「ええ。ひとりです」


 少し棘がある口調になってしまっただろうかなんて後悔するくらいには、むこうが申し訳無さそうな感じになる。


 あんまり、ボードゲーム好きっぽくない印象を受ける彼は、どうみても二十代前半でセカンドダイスの人たちより全体的に垢抜けている。

 物怖じしない言い回し、髪もガッチリセットしている(なぜだかセカンドダイスの人たちはガッチリセットをしてない人が多い)。

 それに高そうなスーツにきっちりとしたその格好は妙な敷居の高さを演出している気もしてしまう。

 しっかりしていると言えばそうなのだけれど、ボードゲームとマッチしているとは敬子は思えなかった。


「失礼しました。ここは初めてですよね。ボードゲームスペース『ツヴァイ』と言いまして、ボドゲを遊ぶ場所であり、ボドゲが好きな人達が交流する場所です。毎月なんらかのイベントや大会も開かれてますし、そのほとんどが常連様です。みんな言い方なので安心してください」


 まるで、その部分に不満があるように聞こえてしまう。そんなところは心配してない。心配しているのは今日もボードゲームで遊べるのかということだけ。

 前口上が多いのはなにか理由でもあるのあろうか。セカンドダイスなんかは簡単な料金説明をしてくれただけだ。そりゃそうで、ボードゲームで遊べるという看板を掲げているのだ、ほとんどが何をする場所だかわかっている。


「それで、ですね。このスペースの利用方法なんですけど。会員登録の月額制でやらせていただいてます。会員になればここにあるボードゲームは基本的には遊び放題。イベントへの参加は別途料金をいただきますが、その分リターンも大きいものになっています」


 ちょっと想像していなかった話が始まって敬子は驚いてしまう。


「月額制なんですか。お試しとかできたりするんですか?」


 主に行きたいのはセカンドダイスだ。月額となると定期的にこちらに来なくてはならなくなる。それは本意ではない。


「できないことはないですが、仮登録という形で色々書いてもらいますがよろしいですか?」


 まあ、書類を書くのは仕方のないことなのか。仮登録というならいいかと思いうなずく。本登録をしなければ大丈夫だろう。


「あちらの方たちも初めてなので一緒に遊んでいかれますか?」


 書いてる間も話しかけてくれるのだが、知らない若い男性ふたりと3人で遊ぶのは想像ができなくて悩んでしまった。他に女性はいないのだろうか。とそこまで考えて、いたじゃないかとすぐに思い至った。


「ここまで案内してくれた女性はお相手してくれないんですか?」


 ちょっとぶっきらぼうな態度だったけれど嫌な感じはしなかった。どちらかと言うと照れていた印象も受けた。


「ああ。彼女ですね。わかりました。声を掛けてくるので書類の方よろしくお願いしますね」


 そう言って係の人は出ていった。

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