相手になりたい 第4話

「ごめんなさいね。突然車に乗せてもらったりなんかして」

「いえいえ。いいんですよ。私たちふたりだったし、もとからくるはずだった人が来れなくなって少し寂しかったんですよ。普段は後部座席にだれかいるものだからつい話しかけそうになったりなんてしてたんです」


 冗談を混ぜてこちらを安心させてくれようとしてくれている辺り優しい子たちだなと言うのが第一印象だ。


「でも、どうしてあんなところにいたんですか?しかもおひとりで」

「旦那とはぐれてしまって。道に迷っている内にどんどん森が深くなってやっと見つけた道だったんです。通りかかって貰えてほんとに助かりました」


 半分ほんとで半分嘘だ。ケンカして帰るに帰れなくなっただけ。出先でのケンカは初めての事でお互いどう決着をつけていいか考えあぐねている。いくつになってもその辺りはままならないものだと思う。こうやって誰かと話すことで少しは落ち着いた気がする。


「ねえ。ちょっとハル。スマホばっかりいじってないでなにか話なさいよ。人見知り過ぎるでしょ」


 助手席に座っているのがハル。運転しているのがミツルだ。どちらも女子大生でドライブするのが趣味でよく仲間内にこうして出かけているという。その中でひとりかふたりか、急遽来れなくなったらしく。

 運が良かった。

 そう胸をなでおろしていたところだ。このまま町まで連れて行ってもらえたら旦那に連絡しよう。向こうも少しは冷静になっているだろう。そう願う。


「ねえ。これ怖くない?」


 それまで黙っていたハルが動き始めたと思ったらなにやらハルがミツルにスマホを見せようとしている。


「いや。運転中だから見れないよ。なに画像?動画?文章なら読んでよ」


 もとの位置に戻り背もたれにシートベルトの戻る勢いと一緒に寄りかかると先ほどより低い声で見ていた記事を読み始めた。


『引っ越してきたとき、家族はまだそろっていた。父、母、私と弟。最初は仲良かった、4人だけの生活。

 でもある日、弟と母がふらっとでかけたまま帰ってこなかった。何度も何度も父に何でと問い詰めたけど、出ていったと笑顔で言うだけ。なんにも教えてはくれなかった。それからと言うものずっとふたりだ。

 さみしいと言ったらお人形をくれた。それがはじめてのおともだち。おとなしくいい子にしていたらもっとともだち増やしてくれるって約束もしてくれた。

 父はどこからともなく食事を獲ってきてくれた。ごちそうの時は決まってご機嫌で獲ってきた獲物の話をしてくれる。いきがいいのを追いつめた話しとかを嬉しそうにする。

 そんなある日、外がとてもさわがしくなって、たくさんの人が家に押しかけてきた。父はとてもあわてて私を抱え上げて小さな箱に入れようとした。無理だよ。入らないよ。そう泣きながらお願いしたけれど父は聞いてくれなくて、何度も何度も私を箱に奥に押し込んだ。

 身体のあちこちから聞いたことが音が聞こえる。そしておかしな向きに曲がっていくのがわかった。喉の奥から温かいものがたくさんあふれてきて、苦しくて、泣きたくても詰まって息が吐き出せない。父が声を荒げたと思ったらたくさんの音がして静かになった。ここから出してほしいと一生懸命に呼んだけど、父も、だれも、来てくれなかった。

 それからとても、とても長い時間がたった。私はひとりぼっちにだったけれど実はあんまりさみしくない。父の言った通りいい子にしていると、ときどき、ともだちが遊びに来てくれるのだ。

 私はともだちと、少し変わったかくれんぼをして遊ぶのが楽しみだ。隠れている私が鬼。飽きたらお食事会もする。父が作ってくれていたのと同じ料理を食べる。食べ終わったらおともだちを待つ。

 ここで待っていれば、いい子にしていれば、また新しいおともだちが遊びに来てくれる』


 ハルがその長い文章を読み切った後、一瞬の静寂の後に大きく吐く息が空間に響いた。


「こっわい。なにそれ。怖すぎでしょー。やめてよ、もう。この辺り雰囲気あるんだからさ」


 話をしている間に随分と霧が濃くなったのが目に見えて分かる。ミツルもそれは分かっているのでスピードは抑えている。それにしても……。


「ね。なんだか山降りるのに道長くない?」


 それは当然の疑問だ。そんなに険しい山道ではない。すぐにでも町並みが見えてきてもおかしくないのだけれど、霧の影響もあってか何も見えてこない。


「あー。スマホの電波届かないんだけど。これも霧のせい?」


 ハルがスマホをダッシュボードに投げおくと不機嫌そうな声を上げる。

 その間にも霧でガードレールすらうっすらとしか見えない。


「いったんどこかに止めたほうがいいんじゃないかしら。このまま走り続けてるのは危険かも」

「で、ですよね。でもどこに?」


 道は狭く途中で停車していたら後続から車が来た場合に危険だ。すこしでも開けている道があればいいのだけれど。それもなかなか出てこない。


「あっ。あそこ横道があるよ」


 ハルが目を凝らしながら見ていた先に道があった。スピードを出していたら過ぎてしまっていただろうその道に車はスムーズに入っていく。きちんと舗装されていないその道は3人を揺らしながら進んだ。途中で切り返すこともできず、停まることも出来ず、のろりのろりとだ。その間、誰も声を発しなかった。ごくりとだれかが、つばを飲む音だけが響く。


「なんかみえた。あれ?でもこれって」


 少し開けた山道に車を停めると、ハルがいち早くその建物に近づいていく。


 随分と古びた洋館だ。だれかが住んでいる気配はないが、定期的に訪れているような雰囲気があるのは洋館までの道のりに草が生えていないからだろう。


「やっぱりそうだよ。これ、さっき話したホラー話に出てくる洋館そっくり!」


 ハルのテンションが上がっている。これまでにないくらいだ。その、勢いのまま洋館の玄関を押し開けた。


「ちょっとハル。勝手に入っていいの?」


 ミツルが後を追う。ひとり残されたのだが周りの不気味さにいても立ってもいられずふたりを追って洋館に足を踏み入れた。

 それを、死ぬほど後悔するとも知らずに……。

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