相手になりたい 第2話
「お。
カウンターの向こうからこちらに気が付いた店長が声を掛けてくる。そんなに久しぶりでもないと思っているのだけれど店長からしたらそうでもないのか。そうだとしたら思っているよりも随分と繁盛してお客さんの出入りが多いのかもしれない。そう、だれも居ない店内を見渡しながら失礼なことを考えてしまう。
「平日の昼間からはあんまりお客さんは来ないですよ」
考えていたことを見透かされているみたいでちょっとだけ恥ずかしくなる。年下のはずの店長はこうやって人の先手を取ることが多い。よく言うと気遣いが出来る。人をよく見ている。悪く言えばかわいげがない。人を甘く見ている。店長を見ていると旦那がいかにかわいげで溢れているかがわかる。
店内は人はいないけれどボードゲームは旦那の部屋よりも多く置かれている。そりゃ専門店なのだから当然と言えば当然なのだろう。旦那もこれを目指しているのかと思うとこれからも宅配便は届き続けるのだなと思う。そろそろまた棚の増設期間かなと思う。そういった時こういうお店のレイアウトは参考になったりもしている。
駅から徒歩10分程度にあり立ち並ぶビルの端っこに位置する雑居ビル。その4階に初めて足を踏み入れたのは最近の事だ。駅近くの高架下に商店街のポスターが並べられたことがあった。違法駐輪が多く、景観を損なうために撤去作業ののち地元のお店を紹介するコーナーを作っていたのだ。
そこにあったのはかわいいペンギンがさいころを一生懸命に投げているポスターだった。なに、ペンギンに釣られたわけではない。そこに大きく書かれたボードゲームの文字に釣られたのだ。
すぐそばにあるのもあったし、時間が余ってどうやってつぶそうか悩んでいたので始めは販売しているものだと思って立ち寄ったのだ。旦那が買っているボードゲームがどんなふうに売られているのか気になっていたのだ。でもお店に入った途端に声を掛けれて驚いたのを今でも覚えている。
『いらっしませ。当店のご利用は初めてですか?』
カラオケみたいに料金説明をされた時には、なにか間違ったところに来てしまった物かと不安になってしまったものだ。
『ここってボードゲームを買える場所じゃないんですか?』
そう問いかけた時の店長の顔があまりに驚いていたものだからよく覚えている。今思えば人の事を良く見ている店長を驚かすことが出来た数少ない機会だった。そこから店長もマニュアルモードから切り替えてボードゲームカフェについて丁寧に教えてくれた。料金はデイタイムとナイトタイムで分かれており、それぞれ決まった料金を払えばずっと遊んでいられること。ひとりで来ても相席システムがありその場で集まった人と遊べること。ドリンクだけは有料でお菓子は持ち込み自由だということ。
まるで知らなかった世界がそこにあったし、その世界が自分の家にもあると思うと不思議な感覚に襲われた。旦那が休みのたびにしていたことはここでやっていることとおんなじだ。料金を徴収している訳ではないが旦那がボードゲームと部屋を提供している代わりにお菓子やドリンクなんかは貰っているので大きな違いはないように思えた。
『これで商売って出来るんですね』
口にしてから随分と失礼なことを言ってしまったものだと大きく後悔したのだけれど肝心の店長はまさかと思うくらい笑っていた。
『趣味で商売できてるんでね。幸せですよ』
ああ。この人はいい人なんだと思った。そうして思ったのだ。ここでボードゲームに詳しくなれば旦那の相手が出来るようになるのかもしれない。もう部屋の外で楽しそうにしている様子を眺めなくていいのかもと。
それらからと言うもの時間を見つけてはこうやってこのお店『セカンドダイス』に訪れては店長に手ほどきを受けている。
「今日も店長が相手してくださるんですか?」
だから今日もそのつもりで声を掛けたのだけれど今日はどうやら違ったみたいだ。
「今日はちょっと出かけないといけない用事がありまして。店番はバイトの子に任せるんですが、相手をする余裕まではないと思うので相席卓で誰かが来るのを待っていてもらえますか?」
本当に申し訳なさそうに謝る店長に、どうこう言えるはずもなくわかりました。と大人しくお店の奥へ向かった。お店に置かれたテーブルはほとんどが4人掛けのものでたったひとつだけ六角形のテーブルが置かれている。このテーブルで大人数で遊ぶのがこのお店の特徴なのだと店長が自慢げに話しているのを何度も聞いたことがある。それくらいお気に入りなのだ。
「何か飲まれますか?」
奥の相席用に準備されていたテーブルの椅子に座るなり若い男の子が声を掛けてきて、この子がバイトの子だったかと記憶を掘り起こそうとする。でも見たことない気がする。
「あなたって最近の子?」
その質問にきょとんとした表情を浮かべてしまったその子に旦那が重なって、おや。と思う。似てるわけでもないのにどうしてそう思ってしまったのだろう。
「ああ。
だれも居ない店内で声はよく通るようでカウンターにいる店長がこちらに気付いて補足してくれる。それに対してやめてくださいよ。と照れながら返す智也君にあらあら。若いこと。と思ってしまう。おばさんくさいからやめた方がいいと思うのだけれど。どうしてもついそんなことを思ってしまう。
「じゃあ。ホットコーヒーをブラックでいただこうかしら」
はい。かしこまりました。そう言ってカウンターの中へ向かう智也君の背中がちょっとだけ羨ましく思える。希望に満ちた背中。旦那にもあんな背中をしていて欲しいものだと思う。誰か早くこないかなと思いながらボードゲームの勉強のため。壁に並んでいるボードゲームを端から目で追い始めた。
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