所詮は遊び 第11話

 続くリトルタウンビルダーズ2回戦目。席は変わらず。順番が千尋ちひろからとなった。だから美穂みほは2番手。先程は初心者用の建物セットだったのが今度はランダムで選ぶ以外はさっきと同じ。マップも色々と選べるのだけれど、同じマップでやってみることにした。

 せっかく遊び方を覚えたのだから、新しいことを取り入れすぎると、また最初から考え直さなければならないというのがはるの意見だ。


 これには誰も反対することなく頷いた。ランダムで選ばれた建物タイルをみんなで一通り眺めてからジャンケンをしてスタートプレイヤーを決める。先程の経験を活かしながらそれぞれ作戦が決まったようでみんなわいわいと牽制をしながら自分の作戦が機能しやすいように進めていく。


「あー。それ私が狙ってたのに」

「えっ。ちょっとまって、そんな手があるの?」

「ねー。この建物どういう意味?説明書取ってよ」

「目標カードの説明ここに書いてあったよ。連続で並べればいいみたい」

「このハテナって何ができるの?」

「資源ならなんでもってやつじゃなかったっけ?」


 みんな好き勝手言っているようでなんとなく自分がやりたいことを察してもらうために必死だ。

 こうやって裏で行われる心理戦みたいなものもゲームの一部だとは思っているし、美穂みほとしてはこの辺のコミュニケーションの仕方で人間性を見ているので大事なフェイズだと思っていたりもする。

 

「おー。リトルタウンビルダーズ?いいねワカプレ。初心者にはいいゲームだよ」


 そう思っていたところに大きな声が入ってきてゲームが止まった。セカンドダイスでよくみる大きなおじさん。名前は確か目黒めぐろとか言った。覚えたくて覚えたわけではない。いつもお店にいる時に目立っているのだ。

 まず声が大きい。他の人のテーブルにズカズカと入り込んでは感想を述べる。いやでも名前を覚えてしまうのだ。

 多分店長とおんなじか少し上の年齢だと思うのだけど、貫禄で言ったら断然目黒さんの方が上に見える。

 なんだってここにわざわざやってくるのだろうか。明らかに空気感が違うのは見れば分かるだろう。自分で言うのもなだけれどこちらは女子大生。向こうは中年オヤジだ。同じ場所で遊んでいたって、そこには壁がある。


 それに相変わらず上から降りてくる声はいつ聞いたって萎縮してしまう。なにも美穂だけではなくほかの3人についても同じだ。各自反応は違うがひたすらに目を合わせないようにするのだけは一緒。

 春はちゃんと不機嫌な顔になるし、美鶴はなんとも言えない愛想笑いをする。千尋は顔を俯いて表情を見えないようにしているみたいだけれど、他人には見られたくない微妙な表情をしているに違いない。美穂と言えば話しかけてほしくないので完全に無視だ。気にするのも馬鹿らしい。


「おー。その手はまずいんじゃないの。その隣にワーカー置かれたらいいところ全部持っていかれちゃうし。その次のコンボに繋がらなくなっちまう」


 千尋が置いたワーカーコマを指さしながら体をより一層ぐいっとテーブルに押し付けている。触れたくないのか春が体を不自然なほどに曲げる。


「狙っているの石材屋からの工場へのコンボだろ。金鉱は取られてしまってるけど、場所はいい。利用できる。でもそこに置いたら木材が足りなくなって次の手番の前に工場が取られてしまう。そうなったらコイン足りなくなっておじゃんだね。早いところ、巻き戻してもらって置き直したほういい。悪いことは言わない。それがゲームへの礼儀だ」


 早口のそれはなにを言いたいのかなんにも伝わってこない。彼にはなにか別のものが見えていてそれを指摘しているのだろうか。

 それにしたって言い方というものはたくさんあると言うのに、そんなに捲し上げられたらどうしていいかわからなくて固まっていまう。それは全員そうだ。特に千尋は自分のプレイを批判されたのだ。珍しく、しょげているのか顔を伏せて震えている。


 もしかして怒っているのか。そのままその怒りを爆発させて、やり返してしまえばいい。そう思って少し待った。しかし一向に千尋は動こうとはしない。


「ほら。どうしたんだよ。そっちの方が効率がいいのは分かるだろう。ゲームもそう設計されている。それが至高なゲームへの一手なんだ。ほら動かすよ」


 目黒さん強く言われてしょげたままの千尋を見ていられなくなってきて、感情が高ぶるのがわかる。

 千尋あんたってやつはそんなキャラだったっけ。ガツンと言い返してやればいいんだ。そんなしおらしく、俯いている姿にだんだんと腹も立ってくる。

 横目で目黒さんを見る。腕も太いし、けむくじゃらだしずんぐりむっくりしていて物語に出てくるドワーフみたいなその姿に気圧される。

 そんな見た目でさ、あーだこーだ言い始めたらこっちは受け止められないよ。言ってしまおうか、怖いけれどこのまま千尋がふさぎ込んでいたらこっちだって興ざめなんだ。あー。もうどうにでもなれだ。


 バンッと机を手のひらで大きく叩いて威嚇しながら席を立った。


「あの。いい加減にしてもらえませんか。私達は私達なりに楽しんでるんです。それを後ろからあーだこーだ。確かにそれが正しいのかもしれないですけど、こっちからしてみたらわけのわからない呪文を唱えられているみたいで気味が悪いんですよ。知識を引け散らかして、モテない自分を肯定したいのかなんなのか知らないですけど。ゲームへの礼儀とか知らないですけど、先に私達への礼儀を見せてもらってもいいですか?」


 セカンドダイスの中がシーンと静まり返る。千尋が驚いた顔をしてこちらを見上げている。


 あんたが言い返さないからいけないんでしょ。この静まり返った空気をどうしてくれるっていうの。みんなこっちを注目しちゃって、次の言葉なんて出てきやしない。おまけに目黒さんはその大きな体をプルプルと震わせ出している。いつ噴火するともしれないそれを直視し続けることが出来なくて思わず視線をテーブルに落とす。


 より一層重くなっていった空気を変えたのは店長のコホンという咳払いひとつだった。


「目黒さん。まあ、あんたが悪い。ボードゲームは楽しむもんだ。それも周りじゃなくて、やっている本人たちがだ。あんたが外野からどうこう言っちゃいけない。そんなことはあんただってわかっているだろう」


 店長の言葉にプルプルとしていたのが止まり、俯いていた顔をあげる。


「そんな。俺はただホントの楽しみ方を教えてやりたいだけで」


「それが傲慢だっていうんだよ。みなよ。プレイヤーがこんなに沈んでいる卓がほんとに楽しみんでいるように見えるっていうのか。とりあえず外にでも行って頭を冷やしてくるといい」


 店長の反論を許さないその態度に目黒さんは大人しく店を出ていった。


「ごめんね。迷惑かけちゃったみたいだし、なにかドリンクサービスするから好きなの頼んでね」


 そう優しく店長が話しかけてくれはしたものの、ここから楽しく遊ぶなてできそうになかった。

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