所詮は遊び 第3話
駅を降りた辺りから今日は随分と人が多いなと疑問には思っていたのだけれど、その原因がわからずもやもやしているところに、『ねえ。今日の試験って試験範囲の発表だけだよね』と心配そうにしている学生を目にしたところで、
そう思うと不思議なもので、普段見ない人が多いのだと気付かされる。どこに隠れていたのだろうか。年次が進めば来る機会も減るのだとと聞いてはいたけれど、ここまでとは思わなかった。
どこかに将来性のある人はいないものかと、キョロキョロと辺りを見渡すけれど、そんなのが見た目でわかるなら苦労はしない。だいたい、試験前にだけ大学に来るような人が将来性があるのだろうかは疑問である。
やっぱり、ボードゲームは便利なツールだと思う。なによりも人柄が出るのがいい。人がかぶっている仮面に隙間ができる気がするのだ。
母と同じような過ちは犯さないと心に決めたのは随分と昔のことだ。端的に言ってしまえば父はクズだった。
趣味に生きていたのはまだいい。ろくに稼ぎもしないで、好きなことをやって生きていくと夢ばかり語っていたが、それなりに仕事もしていた。
貯金こそ少なかったが人並の暮らしをするくらいには頑張っていたと思う。たとえ夢を捨てきれなかったとしてもだ。
捨てなかっただけならそれでよかった。でも捨てた。夢をじゃない。母と、美穂をだ。
『ほんと。ろくな男じゃなかったね』
父が居なくなったあとしばらくしてから、ふと諦めたように母がそう呟いたのが、時々思い出されては耳のしばらく残り続ける。そんな思春期を送っていたら当然の様にそういうことを避けるようになっていた。
でも苦しい生活をしている母を楽にはしてあげたいのだ。そのための大学。そのための人脈。だからこの短い4年間という間になにかしらの結果を残さなくてはならないのだ。
それなのに。
どこかの有名大学に語感は近いが実態はかなり遠いところにある大学の名前が刻まれた石碑を横目にため息が出る。
思い返すまでもなく大学受験は大失敗だった。有名大学を狙いすぎたのだ。無理だと担任に苦言を呈さているのにも関わらず。いけます。チャンスを奪わないでください。そう
でも。軒並み不合格通知が届いて絶望しかけた。このままどこも受からなかったらバイトの掛け持ちをしながら予備校に通って、もう一度受験。そんな時間はないし、1年間を母に頼り続けるのは気が引ける。たとえ自分で生活費を稼いだところでその負担がなくなるわけではないのだ。
諦めかけていたときに届いたのはこの大学の合格通知だった。こんな大学受けた覚えがないと思ったのだが、なんてことはない。その語感が似ている大学と間違えて受験していたのだ。
あの頃は必死で、そんな余裕もなかったからなあ。とてもじゃないが誰にも言ったことがない。母にでもだ。だから知名度はさておいて、通うことに決めた。大学の名前も重要だが、要は入ってからのやる気次第だと思うことにした。
受かったからには成果を上げてないと、通っている意味がないもの。だからといって成果なんて簡単に目に見えるようになるはずもなく、人付き合いにばかり時間が取られる毎日。
そんな毎日に不安に思うことも多いけれど、やることはやっている気がする。この前だって勇気を振り絞って食事にも行った。
「あれ。美穂ちゃんじゃん。あの話考えてくれた?」
ちょうど思い出していた存在の軽薄そうな声にちょっとだけ驚いたが、思い出していたおかげですぐさま誰だか把握する。お金は持っていると言うアピールのもと、この前一度だけふたりっきりで食事をした先輩だ。名前は
振り返るとモデルみたいにスラッとしているけど、どこか不健康そうな体格と金髪が色落ちしたままのくすんだままのボサボサヘアー。どこか余裕のあるその風貌は遠くからでも目立つし、全体の印象はかっこいいに尽きる。そんな先輩は知り合いも多く辺りに挨拶を交わしながらこちらに近づいてくる。
わざわざ近づいてきてくれたんだと、少しだけドキドキする。わざわざ千尋たちと遊んでいたところを断って食事に行った甲斐はあったのかも。
「他のメンツも楽しみにしてるしさ」
そう続けて誘っているのは内輪のボードゲーム会だという。一応ボードゲームサークルに席を置いているこの先輩はボードゲーム自体にあまり興味はないらしい。だからなのか先日のセカンドダイスでのサークル会にも顔を出してはいない。
美穂と同じでコミュニケーションツールとしてのボードゲームを楽しむ人。そのため、ルールもあまり難しくなくみんなで、わいわいと騒げるものを選ぶことが多く、誘われている会もそんなに難しいゲームはやらないみたいだと聞いている。
「えー。もうちょっと考えさせてください。試験もあるしー」
本当に悩んでいるわけではない。あまりに簡単にホイホイ付いていくのもどうかと思っているだけだ。ちょっと焦らすくらいが丁度いいというのもあるが、もともとの性格が臆病なのだ。この前の食事だって散々悩んだ末にようやくOKをしたところだった。
だからと言って、続けざまに誘われてついていくのは怖い。いや、続けざまだから怖いのか。もうちょっと時間を置いてからならついていったかもしれない。
「そっか。来たからったらいつでも言って。毎月やってるからさ」
そう言って鎌田先輩は去っていった。離れた直後から違う人に囲まれ始めているのを見ると人気はあるのかもしれない。
やっぱり鎌田先輩と一回ボードゲームしたいかも。そう思っていてもう一度機会が出来たらついていこうと決めた。
それよりも今は試験に集中しなきゃ。
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