所詮は遊び 第2話

「ねえ。ちょっとそれずるくない?」


 こうやってボードゲームで遊んでいる時に春が千尋に文句を言っているのはいつものことだ。


 今回の犯人は踊るのような駆け引き色が強いものだと特に。


 正直のところ春はゲームが強くない。考え方は悪くないのだけれど、それが真っ直ぐすぎて千尋なんかには考えていることが全部読まれてしまっている。


 今だってそうだ。美穂が探偵カードで春が犯人だと指定した時、したり顔で私は犯人じゃないよー、と言った直後、自分の番にアリバイカードを場に置いた。


 春はそのことに対して文句を言っているのだ。


 アリバイカードを持っている状況で犯人だと問い詰められても、アリバイがあるので、犯人ではないと言える。


 そのあとで、笑顔でアリバイカードを置いたのだから、春から見れば千尋が犯人カードを持っていながら敗北を避けたと思っているのだろう。


 でも、犯人カードはずっとここにあるんだよね。だから当然千尋が犯人カードを持っているはずもない。


 そのことを知っているのは美穂と千尋だけのはずだ。


 ふと正面に座っている千尋と視線が交わる。他のふたりに気づかれないようにニヤリと笑みを見せつけられた。


 ドキッとしてしまったのは、おそらく千尋が犯人カードを持っているのが美穂だと確信しているからだ。


 ただ、バレているからと言って、それがそのまま勝敗につながるわけではないのがこのゲームの面白いところではあるが、その自信満々な顔が不安を掻き立てる。


 勝利条件はいろいろあるのだけれど、主には探偵カードで犯人カードを持っている人を当てる。もしくはいぬカードで犯人カードを当てる。

 そして、犯人カードを場に出すだ。ただ単に出せるものではない、手元のカードが最後の1枚だった場合のみ犯人カードを出すことができる。


 だから美穂は持っていることを悟られないようにじっと息を潜めている。


 そしてその勝利を掴むためのカードの枚数は当然のことながら決まっている。春が不用意に探偵カードを使ってくれたが故に勝ち目が出てきた。


 ゲームごとに使用するカードはランダムに選ばられるので、いぬカードがあるのかが不明。探偵カードは最低1枚。あるとしてももう1枚だ。春から時計回りで始めたこのゲーム。春と千尋の手元のカード枚数は1枚。美穂と美鶴は2枚だ。

 

 一番いいのは探偵カードが1枚しかなく、このまま勝利を迎えられること。しかし、そんなに都合がいいようにこのゲームはできていない。


「じゃあね。情報操作しますー」


 美鶴が宣言しながら場にカードを出した。懸念していた展開のひとつだ。情報操作は自分が持っているカードを左隣の人に渡さなくてはならない。


 美鶴は千尋の左に座っているのだ。千尋が持っている最後の1枚が犯人であると読んだのだとしたらそこにある、カードを奪って最後は自分が犯人で上がる。きれいな勝利だ。


「えっ」


 思わず声を上げる美鶴を横目で見て、にやけてしまいそうになる。それはそうだ、美穂の手元のにはまだ犯人カードは残っている。春に渡したのは一般人というなにも起きないカード。そして、美鶴から回ってきたのも一般人。


 美鶴としては勝てる手段がなくなったので犯人カードでの勝利を狙いに行ったのだろうけれど、失敗に終わったわけだ。


「じゃあ、出すねー」


 しれっと、一般人のカードを場に出すが何も起きない。次は春だがこれも一般人のカード。当然だ。先ほど美穂が渡したカード以外持っていないのだ。


「あー。誰か犯人あててー。このままだと負けちゃう」


 春が最後のカードを出して何もできなくなったことを嘆く。


 そして千尋の番。どうしてだろうか。ほぼ勝ちは確定していると思うのだけれど、不安でいっぱいになる。それは千尋という存在の怖さを知っているからか。


「はい。これで共犯者。あとは犯人さんよろしくね」


 千尋はたくらみカードを場に出した。そのカードは犯人が勝利した場合、一緒に勝利するというもの。つまりはこのまま美穂が勝利するのに乗っかるというのだ。


 バレバレなのか。千尋がこちらを見ながら犯人さんと言っているのにも気づいている。そして美鶴が持っているのは千尋が渡したカードなのでもちろんそれは現状を打破できるカードのはずがなくて。


「あー。勝てないー」


 そう言って出されたのは取り引きのカード。これは誰かとカードを1枚交換するもであるが、もう美鶴の手元にカードがないので、交換することはない。


「はい。私が犯人でしたー」


 美穂はそう宣言するものの、しっくりとこないのは全部、千尋の手のひらの上だったから。


 ほんとに。そう疑いたくもあるけれど、途中からコントロールされていた感じはある。


「なんで、春は共犯者にならなかったの?」


 くやしがる春に美鶴がそう問いかける。確かに千尋が出したたくらみカードはもともとは春が持っていたはずだ。先にそれを出していればとも思ったけれど、それは違う。出したくても出せなかったのだ。


「探偵持ってたんだもの。仕方ないよね」


 千尋がにやりと笑う。探偵カードを使った時点でそれに気がついていたのだろうか。


 たくらみを最初に出していた場合、次に出すのは探偵カードだ。そうなれば犯人側に回ってしまった以上、当てないということをしなくてはならない。


 どちらにせよ犯人カードを推測しなくてはならないので、犯人カードがどこにあるのか自信があったのなら当てに行ったほうが早くて確実だと思ったのだろう。実に春らしい思考だと思う。


 でも千尋はそれを見抜いていた。


「絶対、千尋が犯人だと思ったんだけどなぁ」


 春が後悔を口にし、美鶴がそれにうなずく。


「美穂って隠すの上手だよねー。私もゼッタイ千尋だと思ったもん」


 何気ない美鶴の一言に、ちょっとだけ心が揺れ動く。なんてことはないゲームの話だ。


「ほんと、最初から千尋と結託してたんじゃないのー?」


「そんなはずないじゃん」


 春が冗談交じりにそんなことを言っていたのに対して、食い気味で返事を返してしまってから。しまったと思う。ムキになりすぎだ。


「そんなことしてないよ。ズルは嫌いだもの」


 はっきりとそう口にする千尋に、美穂はすべてを見抜かれているようで、何も言えなかった。

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