所詮は遊び

所詮は遊び 第1話

「ホントですか。えっ、すごーい!これって相当レアなんですよね?」


 サークルの先輩が持ってきた大きな箱のボードゲームを見て、工藤美穂くどうみほは歓声を上げてみる。本当はあんまり興味はなくて、ボードゲーム自体も面白いけれどわざわざ時間を潰してまで遊ぶものでもないような気がしている。


 けれどまあこれも目標のためだと割り切ることにしたのだ。


 それに先輩が持っているそれは絶対に難しい。箱の大きさがそれを証明している。割に合わないんだよね。それが美穂が常々ボードゲームに抱いている感想だったりする。


 理由を列挙するならばオンラインで遊べる時代にわざわざ会わないといけない。準備と片付けに時間がかかる。ルールを間違える可能性がある。その処理にも手間がかかる。全部スマートフォンであったりパソコンで遊べば障害にすらならないものだ。


 こうやって興味があるふりをしているのもコミュニケーションツールとしてとっても便利だから。


 初対面の人と簡単に盛り上がれるし、そのゲームのやり方で大体の人柄がわかる。それはこれからの人生に置いてきっと約立つことだと美穂は考えている。


 ボードゲームと呼ばれるものに初めて触れたのはおそらくトランプなのだろうけれど、初めて面白そうと思ったのは人狼ゲームだった。


 人狼ゲームについてはたくさんのゲームがあるし、ルールも挙げだすとキリはないのだけれど。簡単に説明すると人狼と村人に分かれる。これがランダムで秘匿状態で役割が与えられる。

 夜に人狼が誰かを殺す(ゲームから除外するってこと)、昼に誰が人狼かをみんなで推理してだれかひとりを投票で追放する。

 このサイクルを繰り返して人狼が村人より多くなったら人狼側の勝利。村人が人狼をすべて見つけ出せれば村人側の勝利。


 このゲームの面白いところは会話のみで、進行しなくてはならないところだ。

 

 そうやってゲームを進行して行くうちに高圧的な人、密かに勝利を狙う人、ただ純粋に言葉をしゃべるだけの人、誰かを操ろうとする人。いろいろな人柄がそこに現れてくる。


「ねえ。美穂。こっちきて犯人は踊るやろうよ」


 だからこうやって大学のボードゲームサークルに入りはしたものの、大事なのは卒業後の人間関係であり、今この瞬間を楽しむことではない。

 そう思っていると言うのに、やっぱりサークルというだけあって、ボードゲームが大好きだと胸を張って言える人はいるわけで。

 その筆頭とも言える野上千尋のがみちひろは今日も卓を囲んで楽しそうにこちらを呼んでいる。


「この間の埋め合わせ付き合ってくれるって言ってたじゃん」


「わかったー。今行く。先輩ごめんなさい。また今度遊んだ感想聞かせてくださいね」


 ここから話は長くなるだろうし、聞いていてもよくわからないのは想像に難くないので、タイミングよく声をかけてくれたと少しだけ感謝する。


 そうして店内を少し見渡す余裕ができる。今日は珍しくサークルメンバーでおでかけだった。そうはいっても特別な場所ではなくいつもどおりボードゲームを遊ぶ場所であることには変わりないのだけれど。


 ボードゲームカフェ『セカンドダイス』はこのサークルにとって情報収集源であり、ここの店長はまだボードゲームサークルがアナログゲーム研究会という名前だった頃の大先輩だという。


 世界中のボードゲームを集められたこのお店は、駅チカの雑居ビルの4階に位置している。初めて訪れたときからどうしてこんな分かり難いとこには。と思っている。

 そのお店の中でも特に印象的な六角形のテーブル。ボードゲームにはちょうどいいんだよ。とよく自慢されるやつ。を通り過ぎた先にある正方形のテーブルを2つ合わせてできた長方形のテーブルに美穂を呼んだ千尋が座っている。いつものメンツも一緒だ。


 千尋、河野春かわのはる笹木美鶴ささきみつる、そして美穂。この4人が今年の新入部員でなにを間違ったか男性はひとりもおらず、奇跡の世代だとか、時代は変わったことの証明とかよくわからない呼ばれ方をしている。


 まあ、それだけ珍しいってことだよね。と思うことにしているが正直特別扱いされるのは居心地がいいものではない。それはほかの3人も同じようで、よくその話題で盛り上がるし、そしてそれがあったからこそ仲良くやれているとも思う。


 それに美穂はそれがなかったらおそらく千尋を筆頭として、馬が合わないと思って避けていたに違いない。向こうからも、こちらからもだ。


「ほんと千尋ってこの手のゲーム好きだよね」


 だからこうやって突っかかる感じで接していることも妙なことではなく自然なことなのだ。多分だけど。


「そいう美穂だって好きじゃない。この手のゲーム」


 こうやって返してくれる安心感はあるものの、ボードゲーム自体好きなわけじゃない。と大見得を切って言えないのだから勘弁してくださいとも思う。


 この手のゲームというのは人狼ゲームを始め、正体隠匿系と呼ばれるものを指している。その名の通り自らの正体を隠し、他の人の正体を暴くことを目的としたゲーム。論理よりも心理を使ったゲームは千尋の得意分野だ。


 さっき名前の出た犯人は踊るというのもその手のゲームの一種だ。


 いつだったか千尋がUNOとババ抜きを足した感じのゲームと言っていたのが印象的だった。的をいているわけでもなく、外しているわけでもない。人によってはイメージつかみやすいのかなとも思う。


「じゃあ配るよー。第一発見者からねー」


 そういって千尋はひとり辺り4枚のカードを裏向きに配っていく。その手付きが慣れてきていて苦笑してしまう。ついこの前までワタワタしながら配っていた人とは思えない堂々っぷりだ。


 犯人は踊るというゲームはいくつかのカードに酔って構成されるカードゲームだ。カードはいくつかあって、犯人、探偵、いぬ、目撃者、第一発見者などなど。これらのカードを必要な枚数抜き出して、全員に配り切る。そうするとひとり辺りの手札は4枚になる。


 大事なのは犯人と探偵かなと思う。遊ぶ人数によって違いはあるが犯人カードを場に出した人が勝利。探偵は誰が犯人カードを持っているか当てたら勝利これは変わらない。ほんとに簡単に説明してしまうとそれだけのゲームだ。


 犯人カードは手元のカードが最後の1枚でなければ場に出せないというルールがあるので、犯人のカードを持っている人はそれを隠しながらゲームを進めていく。


 けれど、ことはそう単純ではなくて、ランダムにカードを違う人に渡したり、アリバイカードで犯人で有ることを偽ったり、犯人の共犯になることだってできる。


 犯人カードのカードがぐるぐるとみんなの手元を渡り歩くから犯人は踊るなんて名前なんだと思っている。


「きゃーぁ!死体よ!」


 わざとらしく叫んだのは春だ。どうやら第一発見者のカードが手元に配られたらしい。


 確かにルールには殺人事件に遭遇した第一発見者とあるけれど、そこまで演技しなくてもいいじゃない。


 ほら。周りの人たちも何事かとこちらを見ている。サークルの人たちが多いと言っても、他のお客さんだっているのだ。


「安心してくださいお嬢さん。私は探偵です。すぐに犯人を捕まえて見せましょう」


 さらにノリ続けるのは千尋だ。こうなると手がつけられない。どこまでもノリにノッてしまう。


「本当ですか探偵さん。私怖くって」


「もう。そのくらいにしておきなよ。智也さんも困ってるじゃない」


 美鶴が仲裁に入るのは珍しい。その視線の先にはセカンドダイスの店員さんがいた。確かに困った表情を浮かべて声をかけるかどうか迷っているようにも見える。店内で即興演劇が始まったのだ、他のお客さんの目が気になったのだろう。


 実は大学の構内で何度か見かけている彼は同い年だということも知っている。彼のほうは気づいていないみたいだけれど。そしてもうひとつ。千尋とやけに仲がいいことも美穂は知っている。他のふたりはどうなのだろう。話したことはない。


 まあ。良いと思うけどね。ボドゲ趣味同士の恋愛。ただし普通に生きるだけならの話だけど。


 ともかく美鶴の静止で落ち着いてきたメンツをよそに美穂は自分の手元を確認した。そうしてバレないように内心ドキドキする。あったよ。犯人のカード。


 感覚としては初手から犯人がどこにあるのか大方検討がつくようになるので悪くない状況だとは思っている。ただ、バレなければの話だ。


「あれ。どうしたの黙ったままで。美穂、犯人引いちゃった?」


 目ざとく千尋がそう指摘してきてドキッとする。


「そんな当てずっぽうは良くないよ。探偵さん」


 バレたのを隠すためだとしてもなんで一緒になってノッちゃうかな。これじゃ、仲良しグループみたいじゃない。


 負けるのは悔しい。それが美穂がボードゲーム対する感想の中で一番最初に懐いたことだ。だから負けないためには自分も偽りもする。

 だからボードゲームがコミュニケーションツールだとしても、そこを譲る気はないのだ。

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