無数の世界へようこそ 第9話
「お求めの物は以上でよろしいですか」
矢吹さんがレジを入力してくれている。その慣れた手付きに彼の積み重ねてきたキャリアを感じる。
袋に詰めてもらっているのは店長に頼まれたボードゲームの拡張版だ。自分で探せると思ったのだけれど、思った以上に数が多すぎて結局見つけられず、矢吹さんに聞いたらああ。それならと、あっという間に見つけてきたので『全部のボードゲーム覚えてるんですか?』なんて失礼なことを聞いてしまったけれど、矢吹さんはまた笑っていた。
『君だってお店のボードゲームがどこになにがあるのかわかるだろう?』と返されてそういえばそうかもしれないと妙に納得してしまった。いや、でも種類多さが違うしな。同じ感覚なのが到底信じられない。
お店のロゴが入ったビニール袋を見て、そこで初めて常連さんの誰かが持っているのを見たことがあるのに気がつく。ああ、常連さんたちもここで買っているのかと、いろんなことが繋がっていく。もしかしなくても店長もここの常連なのかもしれない。
「ありがとうございます。またお待ちしてます。お店の買い物だけじゃなくて関口くんの買い物もね」
にこやかにそうあいさつする矢吹さんに思わず、はいっ。と元気よく返事をしてしまったが。次来たときには自分のも買わないと申し訳なくなっているあたり、矢吹さんは商売上手なのかもしれない。まあでも自分でボードゲームを買うなて発想あんまりなかった。
2、3個簡単なものを揃えておくと役立つかもしれない。長期休みの時に実家で遊ぶのも楽しいかも。疲れている親父のリフレッシュになってくれるなら、なんて期待したりもする。
まだまだ話したいこともあったけれど、店長からのお使いの最中だということを思い出して、お礼を言ってお店から出た。
また来よう。そう思ってる自分がいる。セカンドダイスに来るお客さんも同じ気持ちなのだろうか。そうだったいいなと思う。
セカンドダイスへの帰り道。新しい刺激を受けたからなのかたくさんのことが頭の中を巡る。
中でも忘れられないのが男の子の輝いた瞳だ。そしてその後の矢吹さんの言葉。
『もしかして怒られると思った?』
笑いながらそう切り出した矢吹さんはそのあとにお礼が言いたくて来たんだよ。ありがとう。と頭を下げてきて驚きが続いた。
『君のおかげで今のお客さんは買えたみたい。ほんとはこちらの仕事なんだけど。背中を押してくれてありがとう』
『い、いや。そんなつもりもなくて。ただ本当に面白かったので、素直に伝えただけです』
『太田さんはいつも面白い子を掴まえるなぁ。君は本当にボードゲームが好きなんだね』
その矢吹さんの顔は今日の店長にそっくりな笑い方をしていて、本当に嬉しいのが伝わってくる。自分と同じものを好きでいてくれる人を見つけたときの喜び。それがふたりの働く理由なのかもしれない。随分と当てずっぽうな考えだけどそうでなきゃこの笑顔は出せない気がした。
そして、自分がそうなのかもしれないとちょっとだけ思う。男の子の希望に満ちた瞳が頭から離れない。彼はちゃんと楽しめるだろうか。つまらないと感じたらどううしようと不安すら感じたりもする。ボードゲームをちゃんと好きになってくれたらいいなと、心のどこかで願ってもいる。
そうして挑戦したいと思っている自分に気がつく。なににって店長からお願いされてた例のお祭りのことだ。
もっとたくさんの人にボートゲームを知ってほしい。店長が言っていた意味が今ならわかる気がする。お祭りで行われるボードゲームカフェの出張店というのはどんなものになるのだろうか。
あの少年のように新しくボードゲームに触れる人を増やすことができるのだろうか。自然とそう考えてしまう。
まだ間に合うだろうか。いや、そんなことはあんまり関係ないはずだ。無理を言って参加してしまえばいい。
そう決めるとどんどん思考が加速していくのがわかる。例えば何が喜ばれるだろうかとか。
駅構内とは言え屋外なのだからコヨーテとか場所をあんまり使わないのもいいかもしれない。ノイとかラマとか簡単で盛り上がるのもいい。これは俺の魚だ。とかスティックスタックのような通行人の目を引くものも用意したほうがいいか。
でもやっぱりごきぶりポーカーは外せないよなと思う。駅の中で『これはごきぶりです』と宣言した時に周りがぎょっとするのが想像できて顔がにやけてしまったりもする。もしかしたら怒られるかもしれないけど、たかがゲームだ。あなたが嫌な気分になったのならこれはよくできたゲームなのです。と言ってあげればいい。
そんなことを考えているうちにセカンドダイスのあるビルへとたどり着いていた。いつものように階段を登り始める。
階段を登る足取りは最初の頃に比べて不安はあるもののずいぶんと軽やかだ。
ちょっとは成長したのかななんて思ったりして。でも、周りのみんながすごすぎて、そんな自信もすぐに消えていく。
階段を登った先にある扉でペンちゃんが迎えてくれた。最初に訪れたときと一緒だけど、ちょっとだけ身近に感じている自分がいる。
『智也くんなら大丈夫。もっとボードゲームを好きになれる』
ペンちゃんがそう言っている気がした。でも声は店長だったので、つい笑ってしまいそうになる。
そのペンちゃんがぶら下がっているドアノブに手をかける。
ちょっと前まで知らなかった世界がこの先で待っている。大学生活もバイトも、そして……ちらっと頭をよぎったチヒロの顔が頭から離れなかったりする。これは多分もっとボードゲームをしたいな、ということなのだ。きっとそうに違いない。
無数の世界が広がる不思議な空間。ここに来ることができてよかったなと思う。いや、これからもそう思えるようにしなくては、と小さく決意する。そのためにやらなくてはならないことはたくさんある。
まだまだ知らないボードゲームもたくさんある。覚えなくてはならないルールだってたくさんある。とりあえず目黒さんが馬鹿にできないくらいには覚えていきたいところだ。
無意識にドアノブを握る手に力が入った。そのまま一気に押し開けた。カランカランとドアが開いたことを告げるベルとともにみんなの声が一斉に聞こえる。
『セカンドダイスへようこそ』
お客さんと間違えてそう声を合わせるみんなに戦利品を高らかに掲げるのだ。このボードゲームもここに加わる新しい世界のひとつなのだから。
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