無数の世界へようこそ 第8話

「ここで合ってるよな」


 思わず智也の口からそう言葉が漏れるくらいにはその雑居ビルは入りにくいものを感じさせた。セカンドダイスも最初訪れたときは大概そう感じたものだが、ここも同じくらいだろうか。看板は大きく掲げられているしここで間違いなさそうなのに。


 一階は別のお店みたいなので二階へ向かうため外階段を上がっていく。飾り気のない階段はかんかんと高い音を立てる。その反響音が不気味さをひねり出していて、入りにくい雰囲気はセカンドダイスよりも数段上だと言うことに気づく。


 ドアの前まで来るとOPENと書かれた看板がかかっていてガラス扉の向こうに見慣れたものが並んでいるのが確認できて、そこでようやっと智也は肩をなでおろす。


「いらっしゃいませー」


 ドアを開けると店員さんの声が響いた。ぐるりと店内を見渡すと、セカンドダイスよりも多くのボードゲームが棚に収まっているのが見ただけでわかる。こんな近くにボードゲームを売っているお店があるなんてつい先程まで知らなかった。


 店長に頼まれたお使いはボードゲームの拡張版と呼ばれるものの買い出しだった。ボードゲームを拡張するための追加コンテンツみたいなもので人気であればあるほどその拡張版も多くなっていくらしい。


 なんだか今のお客さんたち飲み込みが早くて物足りなくなりそうだから買ってきてくれない?


 そうお願いしてくる店長は満面の笑みを浮かべていて、お客さんが楽しでくれているのが本当に嬉しいんだなとヒシヒシと伝わってきた。


 このゲーム自体は時間かかりそうだし、せっかくだからゆっくり見てくるといいよ。

 人手も足りそうだし。

 そう続ける店長はこれまでに見たこともないほどご機嫌だった。


 ここに来るまではそんな言葉に甘えずにさっさと帰った方がいいと思っていた。なにより仕事中にゆっくり店内をなんて気が引ける。そう思っていたのだけど。


 店内に広がる空間にいっぱいのボードゲームがそれを忘れさせる。見たことあるものも見たことのないものもたくさんあって、夢中になっていくのが自分でもわかる。


 前言撤回。店長の言葉に甘えてじっくりと見させてもらうことにする。


 きっちり棚に並べられたそれは倉庫のような印象も受けるがスタッフのおすすめコーナーとか週間ランキングとか、目をみはるものも多く存在する。そしてそのあたりのものなんかはセカンドダイスでもよく目にするもので、みんなしっかりチェックしているものだなんて妙に感心してしまったりもする。


 スタッフおすすめのところにたくさんのごきぶりポーカーが並べられているのを見ると。そう、そうだよ分かってらっしゃる。このゲーム面白いもんなと、顔がにやけてしまいそうになるのをこらえなければならなくなる。ここでにやけだしたら単にやばいやつだ。


 ふと隣で同じ様にごきぶりポーカーをじっと眺めている男の子が立っているのに気がついた。智也と比べても若くみえるので高校生くらいだろうか。幼さもにじみ出ているので一年生とかその辺だろう。


 購入する踏ん切りがつかないのか。まあよく考えてみればそうだ。箱にはごきぶりがにやりと笑みを浮かべてこちらを見ているだけ、簡単な説明を読んでもほとんど理解できないゲームを買うほうがすごい。


 最近は人気ユーチューバーが動画とかもアップしているのでそれを参考にしたりするんだよとお客さんの誰かが言っていたのを聞いたこともあったけれど、全部のボードゲームがそうやって動画で見れるわけでもない。


 だからこうやって悩んでしまうのも仕方のないことだけど、せっかく興味を持っているのにやらないのも、もったいない。そう思ったら口が勝手に動いた。


「面白いよ。そのゲーム」


 驚いたのか、急に箱からこちらに視線を移したその瞳からは不安が見てとれた。


 いきなり声をかけているが怪しまれるのもわかるし、焦りすぎて言葉少なくなってしまったのもより不自然さを演出しているのもわかってはいる。けれど思っていた以上に不審者感が出てしまって慌ててしまう。


「あっ、いや。やったことあるだけなんだけど、手軽に心理戦できて、みんなでわいわいできるので盛り上がりすぎて、お店の人に注意されたこともあるくらいで」


 気まずい空気をどうにかしたくて、矢継ぎ早に話を進めるけれどより一層空気を悪くしてしまった気もして、不安がこみ上げてる。


「そうですか」


 男の子はごきぶりポーカーの箱を手に取り箱の裏に書かれている説明文を一生懸命読み始めた。


 一応は信用してくれたみたいでホッとする。


「これ。どうやって遊ぶんですか?」


「あ、ああ。これはね。相手にカードを差し出すんだけどその時にここに書かれてる動物を言いながら出すんだ。でもそれは嘘でもいい」


 いつもの店での案内そのままで身振り手振りを踏まえながら説明をしていった。だんだん言葉に熱がこもっていくのを感じる。目の前の男の子の目が徐々に輝いていくのが分かったからだ。


「ありがとうございます!」


 一通り説明し終わった所で決心したのか。

 丁寧にお辞儀をして男の子はその箱を持ったままレジへと向うのを見送った。


 そこでようやく熱が冷めてきて智也は我に返る。ここはセカンドダイスじゃないんだ。接客まがいなことをしてしまったけど、お店の人に怒られるかもしれない。


 案の定、こちらに気づいたお店の人が近づいてくる。素直に謝れば許してくれるだろうか。いや、悪いことはしてないつもりだし謝る必要もなのか。でもそうしたらなんでこっちに近づいてくるのだ。


「君、太田おおたさんのところの子だよね」


 身構えている智也に話しかけてくるその人は笑顔で今はそれが逆に恐怖につながる。太田さんはたしか店長のことだ。ちらりとお店の人の首からかけられている名札を確認してしまう。矢吹やぶきと書かれている。


「そ、そうです。あ、あのごめんなさい」


 思わず頭を下げてしまった。しかし、しばらくしても何も声をかけられないのでちらりと様子を伺う。すると矢吹さんはどうやら笑いをこらえているみたいだった。

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