無数の世界へようこそ 第7話
「僕も智也くんはボードゲームむいてると思うよ」
店長がおかしそうに笑いをこらえながらチヒロと同じことを口にしているのはチヒロから言われたことが腑に落ちなくて日曜日の開店前に店長にポロリとその話をしてしまったからだ。
「どうしてそう思うんですか」
「うーん。これは持論なんだけどね。智也くんて真面目でしょ。それでいて負けず嫌い」
これまたチヒロと同じことを言っている。ほんとうにそうなのだろうか。自分ではそんな風に思ったことはない。
「ボードゲームってルール守るって大事なことなんだよ。コンピューターゲームと違って間違ったことやってもこれはだめです。なんてゲームの方から教えてくれないからね。その中で勝利を目指さなくて行けない。ちょっと魔が差すなんてこともあるだろう。そのルールの中で負けず嫌いだから常に勝つ手段を考える。勝つのを諦めたゲームっていうのもわからなくはないんだけどね。考えるのをやめると周りもつまらなくなっちゃうから。ああ。もちろんそれだけじゃないボードゲームはたくさんあるけど。どこまでいってもゲームだからね。なんのために作られているのかは大事なことだし、それを理解できるっていうのは大切なことだと思うよ。無数の世界にそれぞれルールがあって、その世界に飛び込むことが楽しい。ボードゲームってそういうものだしね」
こうやってボードゲームのことになると熱心に話し始めるのは店長の特徴のひとつだとは思っていたけれど今日はいつも以上だった。何か思うところがあるのかもしれない、突っつくのは藪蛇で話が長くなるのでしないけれど。
そんなことよりそれを聞いても智也は自分では納得できないでいた。確かにそもそも自分が真面目だんて思ったことはなくて、どちらかと言えば不真面目だと思っていたくらいだ。でも負けず嫌いはあるかもしれないなと思う。ボードゲームでも勝てないともう一回と言いたくなることはよくあった。なにより次にどうすればもっといい結果を導けるのかが気になって仕方がないのだ。
「まっ。向いてる向いてないで言ったら難しいことは置いといてもこうやってこの場所で働き続けているだけで十分向いてると思うけどね」
そうなのだろうかといくら智也が悩んでも、ふたりの人から言われてしまったのだから周りから見たらそう見えているのだろう。
そういえば環境に合わなくてバイトをすぐに辞めてしまう人も多いと最初に入ったときに告げられた気もする。面接のときだったか、単に釘を刺されたのだろうとばかり思っていてけれど店長としては事実を口にしていただけかもしれない。
「ボードゲームに興味持てない人は持てないからね。少なくともそんな人達をたくさん見てきた身からすれば楽しそうにゲームをしてる智也くんは十分すぎるくらい向いているって言えるなじゃないかな」
「そう……なんですかね」
「そんなことよりチヒロちゃんと大学まで同じだなんて、そろそろ本気で意識し始めちゃったんじゃない。ふたりでスピリット・アイランドまでしちゃって。青春だねぇ」
今はそういうこと簡単に口にするとセクハラで訴えられますよ。と冗談のつもりで言ったつもりだったのだけど、店長は神妙な表情に切り替わってしまって、地雷でも踏んだしまったのかと不安になる。
「そうなんだよね。やりにくい時代になったもんだ」
なにか思い当たることがあるみたいで、そこから会話が止まってしまった。妙な沈黙がふたりの間を流れるがそれでもそろそろ開店時間だ。そうも言ってられない。
「もう待っている人いるみたいだし開けよっか」
こちらから声をかけようかと思っていたところで店長が先に動いた。その店長の声はもう普段どおりだった。表情も笑顔だし気にし過ぎなのかもしれない。
日曜日のセカンドダイスはありがたいことに予約でほぼ満席。お店の前で待っている人もいち早く遊びたい人たちだろう。その人たちを向かいれるように入り口の扉を開いた。
開店待ちをしている人のほとんど予約者だから、カウンターに並んでもらって順番に説明して席へと案内していく、説明も慣れたものでスラスラと出てくるあたり、働いている実感も湧いてくる。
その列が途切れれば一旦区切りだ。ドリンクの注文が入ればそれを提供しボードゲームの質問があれば案内もする。もっとも智也にわかるボードゲームに関する質問は少なく、店長に回すことがほとんどだ。
「これは手札から選んで捨てて大丈夫ですよ」
どんな質問でもあっさりと答えている店長を見ていると流石だなと思う。他のスタッフも智也よりは当然のようにボードゲームに詳しい。
これだけ無数のボードゲームのルールをどうやって把握してるんですか。なんて質問したこともある。
でもみんな首をかしげるだけで、わかりやすい回答が返ってきたことはない。みんな自然体でやっているのだという。
そのスタッフもある程度の質問までは対応できるが、それを言うと店長は別格だ。新作が出るとできるだけ遊んでいるようだし、ボードゲームの話題でインターネットラジオまでやっていたりするらしい。
お店にその界隈では有名な人も多数訪れているとか言われたこともあるのだが、ピンと来たりはしなかった。智也からみたらボードゲームへ対する熱が大きく見えるのは誰に対しても同じだからかもしれない。やっぱり熱の込め方が違う気がして智也は引け目に思えてしまう。
「ねえ。智也くん。ちょっと、お使い頼まれてくれないかな」
店長の声がセカンドダイス内に響いたのはそんなときだった。
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