無数の世界へようこそ 第4話

 店内は平日の夕方と言う感じを前面に押し出していた。会社帰りの常連さんがスーツのままやってきたり、高校生や大学生が放課後に遊びに来たりしている。ほぼ、満席の様相。珍しくない光景だけれど、ここまで盛り上がり続けるのはまれだ。


 これもすべて店長のがんばりと人柄によるものだと、バイトを始めたころに先輩バイトが言っていたのをぼんやりと思い出す。


 そもそも平日の夜なんかはお客さんに来てもらうためにイベントなんかをすることが多くある。ボートゲームと一言に言っても種類は様々。やりたいゲームはあるけれど、やってくれる相手がいないなんて時もあるし、そもそも平日から集客は難しいからだ。


 だから店長は曜日ごとにテーマを決めていて、それぞれの曜日にそれぞれの好みのお客さんが来てくれるように工夫しているのだと言っていた。今日は重たいボードゲームの日だ。


 重たいと言っても物理的に重たいわけではない。人によって感覚は若干違うこともあるけれど、一言で言ってしまえば自分が打てる手の多さ。つまりは考えることの多さが重さに繋がる。


 ボードゲームとは何をするのかをルールによって定められている選択肢の中から選ぶことが多い。その選択肢が多ければ多いほどの重たいゲームと言うわけだ。


 そうなると重いゲームは上級者向けであることが多い。難しいと避ける人も多いが、ファンも多い。


 重くても良く出来てるゲームはそれだけ奥深く繰り返し遊べることに繋がるのだと店長が言っていた。同時にこれに関しては人それぞれの感覚の問題もあるから、ゲームの選定なんかは慎重にならなくてはならないとも言っていたのが印象的だった。


 確かになぁと思う。

 

 例えばこないだのごきぶりポーカーなんかは軽いゲームと言ってもいいのだろうが、それでも考えることはたくさんあるし人によっては重いという印象を抱かないとも限らない。


「おっ。ここ座っていいのかな」


 そう声を掛けてきたのはのは常連の目黒めぐろさんだ。ネームプレートを付けることはしないのはほとんどの人が彼の事を知っているからだ。ガタイもよくて彼の態度も大きいので少しだけ圧を感じてしまう。


 今日は彼みたいな常連の熟練者が多く、これまで遊んだことのあるボードゲームの種類も経験も豊富な人たちばかりだ。それゆえに少しだけ近寄りがたい雰囲気を出していて、初心者からすると話しかけてはいけない様な気がしてきてしまう。


 もちろん気さくな人もたくさんいるしボードゲームのいろはを教えてくれようとしてくれる。その中で、気が合う人を探すのがやっぱり大切で、一緒に遊ぶ人と気が合うかが一番大事なのかもしれないとチヒロと遊んでからそう思うようになった。


 それでも、だれだれが作ったこのゲームは傑作で、あのゲームはここがダメで、このゲームはこれがすごくてなんて一度に言われても全くもって頭に入ってこない。それこそ、大学の講義を受けている時より難解だったりする。


 それに対してちゃんと付いていくどころか自分の意見を言っている店長を見ていると本当にボードゲームが好きなんだと言う事が伝わってきて少しだけ、心が沈んでいくのを感じる。


「今日はなにやるんだっけ。アグリコラ?オルレアン?ガイアプロジェクトとかでもいいね」


 目黒さんは我が物顔でその場を仕切ろうとする。それに対して取り巻きが数人それに熱心に反応しているのを見てため息をつきそうになっておっと、と堪える。危ない危ない。お客様の前で大きくため息を吐くところだった。


 しかし今日は始めからやると決まったボードゲームがあるのを知っていての発言なのだから店長も困った表情を浮かべている。これ以上、この場が停滞するのも困る。どれ助け舟を出すしかないか。


「店長。今日は何を用意すればいいんでしたっけ」


 そう言ってボードゲームが並べられた棚へ向かう。目黒さんがこちらを少しにらんでいるような気がするが気のせいだろうきっと。


「今日は新作だよ、スピリットアイランドを持ってきてくれ」


 店長が喜びながらそのボードゲームを見せてくれたのを思い出しながらどんなパッケージだったのかを必死に考える。なんとなく、スピリットだけに精霊が並んでいたような気がするんだけど、青かったっけ。しっかりと思い出せない。


 ちょっとだけ時間はかかったけれど、青を基調とした精霊たちが並んでいる箱を見つけて店長が間を繋いでくれていた卓へと持っていく。するとにやにやとしている目黒さんが目に入ってきて背筋に悪寒が走る。すごく嫌な予感がするとはまさにこのことなのだと思った。


「ねえ。智也君っていったっけ。今日は智也君がインストしてくれよ。話題の新作だし当然ルールも把握できてるんだろう。ボドゲカフェの店員さんなんだから当然だよな」


 智也は予想外の言葉に一瞬固まる。インストとは簡単に言えばそのボードゲームの説明をすることだ。初めてのゲームでルールも分からないままみんなでルールブックを眺めながら遊ぶのと、始めにルールを把握している人にインストしてもらってどのように遊ぶかを想像してから遊ぶのではまったく違う結果になる。


 しかし、最新作のゲームのルールを把握しているはずもなく特に重ゲーと呼ばれる類に物はルールも複雑なことが多く把握するのは難しい。


 当然智也がスピリットアイランドのルールを理解しているはずはなく、それを目黒さんは見逃さなかった。


「おや。その感じだと知らないみたいじゃないか。それでよくここで働けてるよね。ねえ。店長」


 目黒さんの取り巻きから失笑が聞こえてくる。まったくいい性格をしている。自分が中心の会話のペースを乱されて少しイラっとしたのだろうけれど、それにしてもこの仕打ちはひどすぎるのではないのか。


 店長に助けを求める様に視線を流すけれど、店長は視線を逸らした。えっ、そんなことされたら見損なってしまうよ店長。そう叫びたい気持ちをぐっとこらえた。


「い、いいですよ。わかりました。インストやります」


 誰も助けてくれないのだから自分で何とかするしかない。自分に大丈夫だと言い聞かせる。やったことはないけれど店長が楽しそうに説明してくれていたのは覚えている。あとはルールブックに書かれている通りに説明すればいいだけのはずだ。ほかのボードゲームのインストならいくつかやったことがあるし大丈夫だと信じよう。


 しかし箱を勝てた瞬間頭の中が空っぽになるのが分かった。あまりにもコンポーネントが多すぎるのだ。コンポーネントとはボードゲームを構成するパーツ類を指す。ボードだっりコマだったりカードだったり。先日やったごきぶりポーカーはカードだけのゲームだ。


 しかし、今回はあまりもそれが大量にあった。まず準備が分からない。何をどこに置いていいのかも全く分からない。これでは始めることすらできないのではないのか。


「どうしたの。やってくれるんじゃないの。インスト」


 相変わらずにやにやしている目黒さんの顔をまともに見ることが出来ない。どうすることもできなくて少しの時間だけど考え込んでしまう。


「と、智也君ちょっと頼まれごとをしてくれないかな」


 流石に見かねた店長がが横から入ってきてスピリットアイランドの箱を奪われた。


「ほかの卓の様子を見てきてくれないか。困っている人がいたら助けてあげて」


 店長がそう耳打ちしてくる。今日の他のお客さんも常連さんばかりで好きなように遊んでいるので困るなんてことはなさそうなものだが、助けてくれようとしているのだろうと思い素直に従うことにした。


「智也君。次までに覚えておいてね」


 その目黒さんの声が、耳にこびりついて離れてくれない。その後も平常心、平常心と自分に言い聞かせながら仕事を続けたが、どうしたって考えることは先ほどの目黒さんとのやり取りだ。


 あんなに強く言わなくてもいいじゃないか。そう思う反面、目黒さんの言い分も分からなくもないと思ってしまう自分もいる。やっぱりこの仕事向いてないんだな。そう思いながらもどうしていいか分からないままその日は仕事を続けた。

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