無数の世界へようこそ 第3話
数日前まであった放置自転車がそこから一斉になくなってロープが張られていた。そのロープの向こう側には商店街のポスターが並べられている。駅のメインストリートは賑やかで人の往来も多いが、場所によっては人の流れがない場所もあった。
特に高架下の地上は暗く静かで、違法駐輪が横行したころからこの度場所の有効活用と商店街の活気付のために、新しい利用法として始まった試みが目の前のポスター達だ。ライトアップもされていて、治安向上を狙っているとのことだった。
そこにセカンドダイスのポスターも貼ってある。
『世界のボードゲーム遊べます!』そう書かれたポスターは小学生である店長の娘さんが手描きしたもので、セカンドダイスのマスコットキャラクターであるペンギンのペンちゃんが自分よりも大きなサイコロを抱えて投げるシーンが
しかし実際の店舗を紹介するポスターとしては手作り感が全面に押し出されていて、まあ、それが味だと言い貼れる程度には出来は良い気もする。
「へー。ボードゲームだって。やりに行こうぜ」
それが証拠のようにこうやって気にする人たちもちらほら見られた。高校生だろうか。制服姿の男子ふたり組が同じようにポスターの前で足を止めた。
「えーっ、難しそうじゃん」
難しくなんかない。トランプができればだれでもできる。いや、確かにすごい難しいのもあるけれど、そこからスタートする必要はないのだし、そこから勧めはしないので問題ない。
仕事柄、声を掛けそうになるがためらいを感じる。いきなり話しかけたら警戒されるだろう。自分だったらいきなり声掛けられてボードゲーム誘われたらボードゲーム自体に警戒してしまう。それは避けたかった。もっと、興味を持つタイミングでいいはずだ。そう思い、その高校生を尻目にお店へと足を進める。
セカンドダイスは駅から徒歩10分の場所にある。昔ながらの商店街が立ち並ぶその一画の雑居ビルに入っていた。地上6階建てのそのビルの4階にお店を構えている。フロアは1店舗分の広さしかなく、他のお店は同じ階には存在しない。地上4階はエレベーターでも行けるのだが、他のフロアの利用率も高く、中々エレベーターが降りてこないこともあり、階段で登るのが常だ。
一度そのことを店長に話したら、若いねぇとしみじみ言われてしまった。まだギリギリ30代である店長は確かに体格はよくその年にしてはお腹が出てしまっているし、階段を駆け上がるタイプには見えないが、その年でその発言はまずいんじゃないかなぁと思わないでもない。少しは運動したほうがいいですよとだけ返しておいたら、なんとも言えない表情をしていたのが印象に残っている。
その店長はオーナーも兼ねているらしく、脱サラをしてこの店を立ち上げたらしい。それでもひとりの力では何もできなかったとは言っていた。仲間がたくさんいたからだよ。その言葉はやけに重みがあったように思う。
あんなふうに歳を重ねることが出来るのだろうかと、大学で勉強をしていて思うことがある。自分の好きなことで生計を建てるのは大変だと思う、一方でうらやましくもある。
そんなことを考えている間にお店に着いた。いつもどおりエレベータのボタンは押さずに階段を登り始める。途中で笑い声が聞こえてきて今日も盛況なのが伝わってくる。階段を登りきると扉を開けてエレベーターホールに出る。
そのホールにガラス扉があって、OPENの文字がかわいく手描きで描かれている札がかけられている。その札を持っているのはこのお店の先程のポスターにも描かれていたペンちゃんだ。そこが『セカンドダイス』
「おはようございますー」
今は夕方の18時。平日はこの時間からの勤務が多い。大体は大学の講義終わりに出勤している。週3~4日。18時から閉店の22時まで。平日は1日4時間勤務だ。土日祝日は8時間勤務で働くこともあり、大学に通いながら生活費は自分で用意するという目標は今のところ問題なさそうだ。
授業料や家賃、光熱費までは流石に無理そうなので両親からの仕送りに頼っているが、いつかは返そうと思っている。親父の頭また薄くなっていたのも心配の種のひとつだ。その原因がすべて自分にあるなんて思っているわけではないが、少しはその原因を減らせればと思う。
地元の中小企業で中間管理職である親父の給料は平均に近いはずだが、色々と苦労が絶えないのだろう。ため息をついている姿しか思い浮かべることができない。地元を出て都内の大学に行くことも特に反対をしなかったが、その話をしたときもため息が出ていたので、本音では反対したかったのかも知れない。
しかし地元で就職できるところなんて限られている。就職先の幅を広げるために都会の大学へ。それは半分くらいは本音だった。もう半分はおそらくぼんやりとした都会への憧れだろうとは思う。実際来てみた所で劇的な変化はなかったわけだけど。
制服代わりのエプロンを身に着け、控室からお店に出ると店長が鼻歌混じりにカップを洗っていた。
「おっ。智也くん、今日もよろしくね」
そう笑顔の店長は機嫌がいつもより良さそうに見える。
「やけに上機嫌ですね。何かあったんですか?」
「えっ。わかっちゃうかぁ。いやねさっきまで
小室さんは最近常連さんになった女性で店長のお気に入りだ。彼女も既婚者のはずだが、そんな調子で大丈夫かと思わないでもない。ガイスターはふたり用のボードゲームで良いお化けと悪いお化けの駒を進めながらいくつかある勝利条件を目指す簡単な心理戦が楽しめるゲームだ。
「店長さんにはかないません。お化け全部お見通しなんですかぁ。なんて言われちゃってさぁ」
あんた、妻帯者もちだろうと突っ込みたくなるのをこらえなければならないくらい、わかりやすく鼻の下が伸びている。
小室さんも小室さんだ。店長がお調子者なことをわかってやっている様に見えた。上手いこと店長を調子よくさせて何かを狙っているような。
「また来てくれるって言うし、ボードゲームをもっと知って貰てたらいいねぇ」
店長は純粋なのかもしれない。単純に好奇心のあるお客様のことを気に入っているだけなのかも……。
「しかし、今日も美人さんだったねぇ」
……多分だけど。
「あっ!智也さん。この前は遊んで頂いてありがと
うございました」
元気な声で呼びかけられて少しだけ驚いく。チヒロが近寄ってくる。また来ていたのか、と思わないでもない。
「ハルが弱すぎてつまらなかったですよね」
チヒロが申し訳なさそうな顔をする。
結局、先日のごきぶりポーカーはミツルがハルの出したごきぶりを当ててしまって、決着がついた。
チヒロは不満そうにふたりに文句を言っていた。正直チヒロが強すぎただけでハルが特に弱かったわけじゃ……いや、でもあれはハルがうかつ過ぎたか。あそこで本当にごきぶりを出すべきじゃなかったとは思う。しかし、つまらなかったということにはならない。
「いや、楽しかったですよ。また相手してください」
そう伝えると少しだけチヒロの表情が明るくなったような気がした。いや、気のせいだきっと。自惚れてはならない。
「私も楽しかったです。また遊びましょうね」
笑顔のチヒロを見ていると本当に勘違いしてしまいそうになる。日常会話だ。社交辞令だ。意識しすぎてはいけない。
「チヒロー。次何するー?」
ハルの声がしてチヒロが呼ばれる。
「えー、今行くー。ちょっとまって」
振り返りながら返事をするチヒロを少しだけ見すぎていたのか。
「智也さん?どうかしました?」
なんて聞かれてしまって少しだけ慌てる。
「うんん。なんでもないです。あっ、待ってますよ」
そうテーブルに戻るのを促してしまう。
「あっ、そうですね。すみません智也さんまた」
そう言ってテーブルに戻るチヒロをしばらく眺めてしまう。
「コホン」
わざとらしく咳払いをする店長に思わず背筋が伸びる。
「ほら、智也くんも仕事するよ仕事」
そう促されてしまった。先ほどまでの店長も同じような感じだったのにと思わないでもない。まあ、店長に逆らうなてことはしないけれど。
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