27.エピローグ的なやつ
「うん、喜んで――」
紅葉が俺の告白の返事として、笑顔でそう言った。
「――って言うと思った?」
笑顔で……、そう言った。
「……え」
なんか、紅葉の笑顔が怖い。
「確かに私はあんたのことが好きよ。そこだけは認めてあげるわ」
紅葉は少し顔を赤くしたまま、そう言った。
「でも私、未来から来たって言うあの娘が言ってたこととか、あんたあのさくらって後輩にデレデレしてたこと、忘れてないから」
「い、いや、でも、さくらのことは不可抗力に近いし、え、そ、それに、ハヅキが言ってたことも所詮未来の話で……、お、俺が好きなのはお前で……、」
俺の額からダラダラと嫌な汗が流れる。
「その不可抗力って誤魔化し方も気に入らない。あと実樹、あんた本当に私のこと好きなの? その場のノリで言ったりしてない?」
「そ、それは! 本当だって! ほ、ほら、昨日色々あっただろ? その中で、俺が本当に好きなのは紅葉だって気付いて……」
「ふーん、ま、いいわ。でも今あんたと付き合うのは無理。色々あって疲れちゃったし、今日はもう帰るわね」
そう言うと紅葉は立ち上がって、部屋から出て行った。
「…………マジですか」
一人部屋に取り残された俺は、茫然とそう呟いた。
思った以上にショックが大きい。完全に勝利を確信していたせいで、余計に傷が深い。
俺が打ちひしがれていると、頭上から呆れきったようなため息が聞こえた。
「……なさけな。……どうしてあそこで押し倒さないのか。本当にそれでもチンコついてるのか、押し倒せばどう考えてもヤれたのに、これだから童貞は」
顔を上げるとそこにいたのは、見下したように俺を見るセリスだった。隣にはリヒトもいた。
「主、フラれてしまったな……」
リヒトが憐れむように俺を見て言った。
「お、お前ら! 帰ってくるの早くね!? てかどうやって入って来た!?」
「いや、アモデウスとの話がすぐに終わったのでな。どうやって入って来たかと言われれば、母殿と主が何やら取り込んでいる様子だったので、窓から入ったぞ」
リヒトが空け放しになっている窓を指差した。ここ、四階なんですけど……? いや、こいつらに今更常識を求めても無意味か……。
「しかし本当に情けない。見ててイライラする。この童貞が……、男なら男らしくもっと強引に迫って見せろ」
「……」
何も言い返せない。なんて情けないんだ俺は。このままではダメだ。
俺は決心して立ち上がり、拳を握りしめた。
「あぁ、分かったよセリス。男らしくやってやる」
「ほー、童貞が奮起したところで、結局ヘタれるだけだと思うが」
「いーやそんなことはない。今から紅葉の所へ行って、今度こそ決めてやる」
「ほんとか?」
「あぁ、マジだ」
「おっぱい揉みに行くのか」
「揉んでやる」
「押し倒すのか」
「押し倒してやる」
「セックスするのか」
「あぁ! 今日、俺は童貞を卒業する!!」
高らかに俺がそう宣言した瞬間、ドンッ! と盛大に壁が叩かれる音が鳴った。音がした方の壁を見て、俺は口を開けたまま固まる。
さっきアモデウスが突き刺さって空いた大穴から、顔を真っ赤にした紅葉が俺のことを睨んでいた。穴の向こうは、紅葉の部屋のようだった。
「……えーっと、紅葉さん……、こ、これはですね、言葉の綾と言うか……なんというか……」
……いや、普通気付くだろ俺。
俺は穴に向かって、静かに土下座のポーズを取る。
「すみません、調子に乗ってました」
「この……ッ、バカぁッ!!!」
紅葉が手元にあった目覚まし時計をぶん投げ、穴を通って飛来したそれが俺の脳天にクリーンヒットした。コントロール抜群。世界を狙えるスローイングだった。
俺はその場にダウンして、余りの痛さに頭を押さえてうずくまる。
「あ、主ぃ! 大丈夫か!?」
「はっ」
リヒトの俺を心配する声と、セリスのバカにしたような笑い声が聞こえた。
この極悪天使、もう楽しんで俺をいじめてないか……?
感情の読み取りづらい無表情気味のセリスの頬が僅かに緩んでいるのを見て、俺はそう思った。
〇
翌日、俺は何事もなかったように学校に登校する。
教室に入ると、まず花咲さんと目が合った。花咲さんはいつものように微笑んで、俺に挨拶をする。
きっと花咲さんも裏では色々悩んだりしているだろう。けど、少なくとも表面上はいつもの彼女だ。というか、いつもより笑顔がさっぱりしているように思えた。憑き物が落ちたような、そんな笑顔に見えたのは、きっと勘違いじゃないだろう。
俺はそんな花咲さんにいつものように挨拶を返して、自分の席に座る。
隣の席には、未来から来た俺の娘、ハヅキが居た。ハヅキは頬杖を付きながら俺を見て、ふふっと笑う。
「どうやらあの後もお母さんとはうまくいかなかったみたいだね」
ハヅキは周りに聞こえないよう抑えた声で、俺の額に出来ているタンコブを見ながらそう言った。
「あぁ……、もう無理かもしれない……」
昨日のあれで完全に嫌われた可能性もある。もう駄目だ。おしまいだぁ……。
俺が完全に意気消沈して項垂れていると、聞きなれた声が少し離れた位置から聞こえて来た。
「せんぱーーい!!」
顔を上げてその方向を見ると、小悪魔後輩のさくらがいた。さくらは開きっぱなしになっている教室の戸のところで、ブンブンと俺に向かって手を振っている。
「先輩! 今日授業が終わったらわたしの家に来てくださいね! 一緒にエッチしましょう! わたしまだあきらめてないのでー!」
「ぶっ!?」
俺は思わず吹き出す。そして、教室の中が一気に騒がしくなった。俺に視線が集中しているのが分かる。
「お前アホか!? こんなとこで何言ってんの!?」
俺が席から立ち上がって、さくらに向かってそう叫んだ。その時、ちょうどさくらの背後を通りかかった人物が目に留まる。幼馴染の紅葉だ。
紅葉は立ち止まって、さくらをチラリと見てから、俺のことを見る。
「あ、紅葉、ちょっと」
「ふんっ」
俺が紅葉を呼び止めようとすると、紅葉はそっぽを向いて過ぎ去ってしまった。
「あぁ……」
俺が視線を落として項垂れていると、隣のハヅキがそんな俺を楽しげに眺めていた。
どうしてこいつがこんなに楽しそうなのかが分からない。俺はハヅキに言う。
「お前分かってんのか? 俺と紅葉が上手くいかなかったら、お前が生まれない可能性もあるんだぞ?」
「そうかもしれないねー。でも大丈夫だよ、私には分かる、だってこれでもお父さんとお母さんの娘だから」
そう言って、ハヅキは得意げに笑う。その笑顔は、本当に可愛い。
こんなことを言われてしまえば、俺は娘を信じるしかない。
「……わかったよ」
俺は頷いて、さくらを追い払った後、クラスメイトたちからの痛い視線を受けながら先生がやってくるのを待った。
ほどなくして、先生が教室に入って来る。先生は教壇に立つと、俺たちをグルリと見渡すようにしてから、こう言った。
「今から転校生を紹介する」
デジャビュ。つい最近もこんなことがあった気がする。
ザワッと教室に騒めきが走った。
そうして騒がしくなった生徒たちを落ちつけてから、先生は「入ってきていいぞ」と戸の向こうの廊下に向けてそう言った。
そうして戸をガラリと開けて入って来た人物を見て、俺は頭を抱える。もう色々と突っ込みたいことだらけだが、俺はグッと堪える。
入って来たのは
美少年である。美少女じゃない。だからそれは決して俺の幻覚でないと言い切れた。幻覚を見るならとびきりかわいい女の子、いわゆる美少女が出てくるはずだから。
第一、コイツの顔を見間違える訳がない。この嫉妬すら怒らないレベルでイケメン過ぎる勇者のことを。
勇者リヒトは壇上に立つと、仁王立ちで、腕を組んで、嬉しそうな笑顔で俺を見た。
「まだまだこれからもよろしくな、
――とまぁ、異世界からやってきた勇者との出会いから始まった騒動の顛末といえば、そんな感じである。
了
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回予告()!
異世界の勇者リヒトが俺の前に現れてからはや一か月、ウチの学校に転校してきたリヒトが大勢の女の子に囲まれて俺に助けを求めたり、リヒトの転校初日に発足したリヒト大好きファンクラブをセリスが壊滅させかけたりと色々あったが、勇者や天使や悪魔や後輩や娘がいる生活に嫌でも慣れてきたしまった頃合い。
この生活に慣れていいのか……だとか、紅葉との関係がまだギクシャクしたままなんだけど……とか、そんな感じで悩む俺がある日帰宅すると、そこには小悪魔後輩さくらにそっくりの少女が立っていた。さくらによく似ているが、さくらではないその少女は言う。
「お父さん、まだお母さんとエッチしてないんだって? わたしが生まれなかったらどうするの!!?」
「!?」
未来からやってきたハヅキとは別の二人目の娘、ツバキ。どうやら俺とさくらの娘であるらしいツバキは、聞いていた予言の通りに『六芒星』の痣を持っていた。しかも魔王の前世である彼女には、特別なチカラが備わっていて……?
リヒトとセリスが痣を消すためツバキを追いかけ回し、それから逃げるツバキが俺とさくらをくっつけようと無茶苦茶やり始めたり、それを止めようとするハヅキとツバキが俺を挟んで大喧嘩を始めたりともう騒がしいったらありゃしない。さくらとアモデウスはこの状況を楽しんでるだけだし、幼馴染の紅葉との仲はますます険悪になるし、俺の平和だった日常をコイツらどうしてくれんの?
さらに騒がしさが加速する実樹の日常! 振り回され続ける童貞の行きつく先とは――――!?
すみません。ウソです。続きは無いです。ひとまずこの作品はこれで完結となります。
拙作を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
ウチの学校に魔王がいるらしい(勇者談) 青井かいか @aoshitake
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