22.チンコはもういい
チンコをもぎ取ろうとしてくる恐怖の天使、セリスから俺はショッピングモール内を全力で逃げ回っていた。
俺一人だったならば考える間もなくセリスに捕まっていただろうが、勇者のリヒトと悪魔のアモデウスが必死にセリスを引き留めてくれているため、どうにか捕まらずに済んでいる。
「セリスぅ! 落ち着いてくれ! 男のチンコをもぎ取ることがどれほど恐ろしいことかセリスは分かっていないぞ!」
「天使ちゃん待って! それは駄目だヨ! 一番やっちゃいけなイよ! チンコは男の子にとって大事なの! むしろ男の本体ダヨ!」
「ミツキのチンコ取れば全部終わるんだから、こんな安上がりなことはない……」
怖い怖い怖い怖い怖い、あの天使狂ってやがる。
「ミツキお前、世界と自分のチンコどっちが大事なの」
「チンコだよ!!」
俺はそう叫んで、セリスの視界から逃れるために角を曲がった。その拍子、向かいからやって来た一人の少女とぶつかりそうになった。
「あっ! お父さん!」
その少女は未来からやって来た俺の娘(?)のハヅキで、彼女は俺に言う。
「お母さんは見つかった!?」
「いやまだ見つかっていない。見つかっていないけど……」
「なに?」
「それ、なにがあった」
ハヅキが引きずるようにして服の襟の後ろ辺りを引っ掴んでいるさくらを、俺は指さした。
さくらの様子がおかしい。彼女の表情が嬉々として俺を襲おうとしてきた時や、いつもの明るい様子とはまた違った、意識が朦朧としているというか、恍惚としているというか、とろけているというか、ぼんやりと視線がおぼつかない感じになっている。
「あ、しぇんぱぁい……」
さくらが俺の事に気付いて、ふにゃふにゃした声で言う。
「わ、わたひ、むちゃくちゃに、されちゃぃましたぁ……」
マジでなにがあったの。
「あぁ、えっとこれはね、お母さんを探している途中でさくらさんと会って、ちょっと言い争いになって、時間もなかったし、めんどくさかったから」
「から?」
「おっぱいを全力で揉みしだいてやったの」
グッと拳を握りしめて、ハヅキがドヤ顔で言う。
「ふっふっふっ、巨乳なんてしょせんはこんなもんだよお父さん。ちょろい。あとまたどこかに行かれても困るから連れて来たの」
「えぇ……」
俺がちょっと引いて、「私は巨乳に勝った……」とか言って薄く笑っているハヅキと、完全にヘヴン状態のさくらを交互に見ていると、背後から勢いよく天使と勇者と悪魔が突撃してきた。
「がっ!?」
俺は背中をセリスにタックルされて、バタンと目の前に倒れる。思わずハヅキを押し倒しそうになったが、軽やかに躱された。
「遂に捕まえた。童貞如きが手間をかけさせるな」
「わぁぁぁっ!! 待て待てセリス!」
「待っテ天使ちゃん! 落ち着いテ! 落ち着いテ!」
俺のズボンに狙いを定めて襲い掛かろうとしてくるセリスを、リヒトとアモデウスが押さえつける。
俺の上に天使と勇者と悪魔が乗っていた。くっそ重い。
「あ、リヒトさん」
思わず声に出たという感じで、リヒトを見たハヅキがそう呟いた。
「む? ボクのことを知っているのか? というかどうやってこの結界の中に……、はっ! もしや君が未来から来た主の娘殿だな!」
「……? ミツキの娘?」
リヒトがハヅキを見てそう言って、セリスが少し驚いたように言った。
ハヅキが慌てたように俺に言う。
「ちょっとお父さん! もしかしてリヒトさんに私のこと話したの!?」
「え、ダメなの」
「あっちゃぁ……」
ハヅキが顔を覆う様に手を当てる。何故か俺に視線が集まる。
え? 俺が悪いの? 俺?
「ていうか! 今はそれどころじゃなくて!」
俺は叫ぶ。こんなしょうもないことやってないで、早く紅葉のことを探さないといけない。何かあってからでは遅いのだから。
「まぁ、そう。それどころじゃない。早くミツキのチンコを切り取らないと」
「チンコはもういい!」
〇
「つまり貴様は、ユリ殿を悪魔堕ちさせたのだな」
「ウン、そうだヨ! さくらと一緒にミツキのことを捕まえて、どうやってさくらとエッチしてもらおうかナって話してた時、ちょうど“良さそう”な子がいたから、“堕とし”ちゃっタ」
リヒトの質問に答えて、テヘッと舌を出してアモデウスが言う。
「ユリはミツキと、ミツキと一緒にいたオンナのことジッと見てたから、気になったんだよネ。ワタシたちもミツキのこと観察しテたからー」
俺はアモデウスからその話を聞いて、額に手を当てた。頭痛がする。かなり厄介なことになっている予感がした。
現在、俺たちはぐるりと円形になって、急遽情報の交換を行っていた。
この場にいるのは俺、リヒト、セリス、アモデウス、ハヅキ、さくら。
セリスはリヒトに説得されて(納得はいってなさそうだったが)俺のチンコを狙うのをやめて、アモデウスは目論みが失敗したという事で大人しくなり、ハヅキは「あ、私にはおかまいなく」と言って、紅葉を助けるために会議に加わっていた。
「ユリはね、ミツキと一緒にいたモミジって子が好きで好きでタマらなくてね、その欲を使ったノ。ユリはもう立派な悪魔だヨ! キャハハハっ」
一切悪びれる様子なくそう言ってのけたアモデウスに、俺は強い苛立ちを覚えたが、今このアモデウスとかいう幼女悪魔をどうにかしても何の解決にもならない。
「それで、結局花咲さんは紅葉をどこにやったんだ」
俺がアモデウスにそう聞くと、
「ううん、知らなイ。ミツキを捕まえる作戦を始めるまでは一緒にいタけど、そのあのことは知らなイよ。もうモミジのことをメチャクチャにしチャってるかもネー」
「くっ……、おいさくら! お前は何か知らないのか」
俺はさっきまでふにゃふにゃしていたさくらに視線を飛ばす。
「うーん、申し訳ないですけど知らないです。先輩と思いっきりエッチするために紅葉先輩は邪魔だったので、百合先輩にはなるべく離れた所に連れて行くように言ったんですけど、その後のことは……」
「じゃあ、もしかして誰も紅葉がどこにいるのか分からないのか」
なんてことだ。じゃあ今すぐ手分けして探さないと。
と、俺がそう提案しようとした時、
「ねえ、アレじゃないの」
ショッピングモールによくある下のフロアの様子が見える透明な壁の近くにいたセリスが、下フロアを見下ろすようにしながらそう言った。
俺はすぐセリスの側に駆け寄って、下を見下ろすがどこにも怪しい所はない。
「どこだよ」
「真下」
セリスが言う様に、本当にここからギリギリ見えるような真下辺りに明らかに怪しい物体があった。
赤黒いベール上のようなもので形成されたドーム状の物体である。あからさまに怪しい。
「あー、間違いないネ。あの中にユリとモミジがいる」
同じようにソレを見たアモデウスが言った。
「じゃあ早く助けに行かないと!」
急いで下のフロアに降りるためのエスカレーターに向かおうとしたが、そんな俺をセリスが引き留める。
「待てミツキ。相手は悪魔堕ちした人間。そう単純な話じゃない」
「どういうことだよ」
「別に、そのユリって女がどうなってもいいなら、話は簡単。お前が助けたいモミジ
「……そうなのか?」
俺がリヒトにそう問うと、リヒトは難しい顔で頷いた。
「そうだな。悪魔堕ちした人間を元に戻すのは、かなり厄介だ。相手の心に根付いてしまった『欲』そのものをどうにかしなければならない。物理的な手段ではどうにもならない。ユリ殿を助けるために、ボクたちにできることはない」
そう言うリヒトは悔しそうだった。彼の拳は己の無力を悔いるように強く握りしめられていた。
「な、ならどうすんだよ」
花咲さんを見捨てるなんてできる訳がない。
あんなに紅葉のことが好きで、そのことを楽しそうに俺に話してくれた花咲さん。彼女の笑顔が脳裏によぎる。
「もし、ユリ殿を救うことができるとすれば、それは彼女と親交のある主しかいないだろう。ユリ殿と対話し、彼女がおぼれた『欲』そのものを壊すのだ」
「そういうこと。ヘタレ童貞にそんなことができるか? 死ぬかもしれない。悪魔堕ちした人間を下手に刺激できないから、ボクたちは手助けもできない。助けるとしたら、ユリを殺すしかない」
セリスが俺を見据えてそう言った。言葉の内容は小馬鹿にした風だが、彼女の口調はいつもと違って真面目だった。
俺はそんなセリスの目を見返して、言う。
「……やってやるよ。ここで俺が全部の責任を負って、ケリをつけてやる。俺がやる。絶対に花咲さんは殺させない」
花咲さんが悪魔堕ちしてしまったのは、間違いなく俺にも責任がある。なら、俺が清算するのが道理というものだ。
「そうか、なら早く行け」
セリスが幼女とは思えないほどのパワーで俺を持ち上げて、下のフロアに落そうとする。
「わぁあああっ、アホなの!? バカなの!? 助ける前に死ぬわぁ!」
「これくらいじゃ人間は死なない」
「下手したら死ぬっつうの!!」
「待ってセリスちゃん!」
強引すぎるセリスを、ハヅキが慌てて引き留めた。流石俺の娘……っ!
「お父さん、これ。たぶんあのドームを壊すのに必要になるから」
そう言ってハヅキが自分の首にかかっていた銀のネックレスを、俺の首にかける。
「じゃ、がんばってねお父さん。お母さんと百合さんを助けて」
「頼んだぞ主」
ハヅキとリヒトが励ますように俺に言った。
それを見ていたセリスが頷く。
「よし、行け」
そうして俺は突き落とされた。
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