23.百合と悪魔堕ち
「ねぇ、百合……っ、私……っ、んっ」
ショッピングモールの誰も居ない一角、薄く紅いベールで包まれた空間に、紅葉の喘ぎ声が響く。紅葉の脚の間に膝をこすりつけるようにしながら、百合は紅葉の上に馬乗りになって、必死に歯を喰いしばっている紅葉のことを愛おしそうに見つめた。
「紅葉は、どんな顔でもかわいいね……」
熱っぽい息と共にそう零して、百合は丁寧に紅葉の衣類を脱がしにかかった。まず純白のトップスを脱がして、露わになった薄桃色のブラジャーに手を掛ける。
「下着も……気合入ってる……ね」
百合は一瞬その陶然とした表情に影を落としてから、紅葉のブラをゆっくりズラした。形の良い紅葉の胸に手を触れて、壊れ者でも扱う様にやさしく撫で、揉む。
百合が指先でその先端に触れると、紅葉の口から甘い矯正がこぼれた。
「ね、ぇ……っ、百合、お願い、やめて……、こんなの、私……」
その瞳に大粒の涙を溜めて、懇願するように百合のことを見つめた。そんな視線を受け、百合は痛ましい表情を浮かべ、紅葉の口を自分の唇で塞ぐ。
めいっぱい紅葉の唇を堪能するように舐めてから、百合が紅葉に言った。
「ごめんね紅葉、もう私戻れないの。こんな私、嫌ってくれていいよ、それでも私は紅葉が欲しいんだぁ。……だって、好きだから、大好き、だから」
「百合……」
紅葉もまた、痛ましい顔で百合を見つめ返す。
全然、気付かなかった。百合が自分のことをこんな風に思っていたこと。
自分の想いに気付いてくれない実樹に紅葉はずっとやきもきしていたのだが、それと全く同じ思いを、紅葉は百合にもさせてしまっていたのだ。
そんな百合は、昨夜、紅葉の実樹のことが好きだという相談をどんな風に聞いていたのだろう。
ズキンと心が痛む。
だけど、それでも、百合のこんな行動は間違っている。止めなくちゃならない。止めなければダメだと分かっているのに……。
笑顔の百合が紅葉の胸に吸い付くように唇を当てる。紅葉の体が否応にもピクンと跳ねる。身体の芯が熱を持って、疼きが増した。どうすることもできない。百合の力は一人の小柄な少女のものとは思えないほど力強く、紅葉一人での抵抗はほとんど無意味だった。
百合はじらすように、愛おしむようにゆっくりと紅葉の胸を愛撫した後、今度は紅葉が下に履いているショートパンツに手を伸ばした。
――どう、しよう……。助けて……、このままじゃ私も、百合も……っ。ねぇ、お願い、実樹……っ!
紅葉が心の中でそう叫んだ。その時――、上から「アホかあああぁぁぁっ!!?」という絶叫と共に何かが勢いよく降って来て、紅葉と百合を囲んでいるドーム状のベールに衝突する。
ベールをクッションにして墜落したその人物はズルズルと滑り落ちるようにして、ショッピングモールの床に叩きつけられる。
透明なベール越しにその人影を見た紅葉は、ハッと目を見開いた。
落ちるときに腰を打ったようで、痛い痛いと叫びながら床の上を転がっているその情けない人物は、その見慣れた少年は、紅葉の想い人――
しばらくして、実樹は痛打した腰を押さえながら立ち上がる。
実樹は直径三メートルほどの赤いドームの周りをグルグルと回りながら、バンバンと叩いたり、焦ったように紅葉のことを呼びかけたりしていた。だが、実樹の視線は決して紅葉の方に向けられている訳ではなく、その様子を見るに、外にいる実樹から内側の様子は見えていないようであった。
そんなドームの内側では、驚いたように、百合と紅葉が実樹のことを見ていた。
ドームの内側からは外が透けるように見えているので、百合と紅葉は一方的に実樹の様子を見ている形になる。
「実樹……! ねえ実樹! なにしてるの!?」
紅葉が必死に呼びかけるも、実樹が気付く様子はない。
「無駄だよ紅葉、外からじゃこっちには干渉できない。ここは私が作ったそういう場所なの」
百合が横目で実樹のことを見ながら、紅葉の頬に手を当てて、そう言った。
「ちょっとびっくりしたけど、ちょうどいいよね。せっかくだから河合くんには見ててもらおっか」
紅葉は実樹の方を静かに見据える。その瞳には静かに滾る深い炎のような激情が覗いた。
クスリと嘲るように実樹を見てから、百合は紅葉を見つめ、唇を奪う。
「紅葉はもう、私のものだもんね。河合くんには、渡さない……絶対、……絶対」
何かに憑かれたように「絶対」と繰り返しながら、百合は紅葉に手をかける。
その時だ。
百合と紅葉を取り囲んでいるその空間に、光の亀裂が走った。ピシッと音を立てながら、眩い光が差し込み、赤いベール越しにしか見えていなかった外の景色が鮮明に映る。
「紅葉、大丈夫か!?」
慌てたように銀のネックレスを首にかけた実樹がその亀裂の隙間から入り込んで来て、上半身がはだけている紅葉を見た。
実樹の視線が紅葉の胸に吸い寄せられて、その場にいる三人の間に一瞬の沈黙が落ちる。
「どこ見てんのよ変態! 馬鹿っ!!」
「ひぃっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴った紅葉に、実樹がビビって目を逸らし慌ててドームの外に逃げていく。
「逃げないで助けなさい!?」
予想外の行動を取った
「紅葉! こっちだ!」
逃げたと思った実樹が今度は背後から入り込んで、百合に押さえつけられるように仰向けになっていた紅葉の手を取った。
実樹は馬乗りになっている百合のことを押し退けるように、強引に紅葉のことを立たせようとする。
だがそんな実樹に、さっきまで紅葉に向けていた陶然とした笑みを消して、真顔になった百合が手をかざす。
「邪魔――しないで」
瞬間、ドンと実樹に叩きつけるように衝撃波が駆け抜けた。
「っ――!」
実樹の顔が苦悶に歪んで、床上を滑るようにして吹き飛ばされていく。
「実樹!」
「ごめんね紅葉、ちょっとここで大人しくしててね」
百合は虚ろな瞳で紅葉を見て、そう笑いかけると、立ち上がってドームに空けられた穴から外に出る。
「ねえ、お願い百合! こんなこと……! 百合はこんなことしない……! ねぇ、百合……っ」
紅葉が痛切な声で、百合にそう呼びかけた。
百合はそんな紅葉のことを悲しそうに見て、悪魔のような尻尾をユラユラと揺らしながら言う。
「私はこんなことしちゃうの、ごめんね紅葉」
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