20.未来と娘




 俺が後輩のさくらに今にも犯されそうになっている時、あの可愛すぎる転校生少女の相河ハヅキが現れた。

 そして、焦ったようにこう言った。


お父さん・・・・大丈夫!? まだちゃんと童貞!?」



「……は?」


 唖然とする俺とさくら。そして、相河さんが唖然としている俺たちを見て、ハッとした顔になった。『やってしまった』という表情で、自分の口を押える。


 それから相河さんは無理のある取り繕った笑顔を浮かべると、コホンと咳払いしてから俺を見た。


「実樹さんご無事ですか? まだ童貞でいらっしゃいますか?」


「いや、いやいやいやいやいやいや!」


 言い直しても遅いから!

 待って!? どういうこと!? え!? ……え?


「先輩!? お子さんが居たんですか!? まさか童貞じゃなかったんですか!?」


「んな訳あるか!! 居たとしてもこんなデカい子供いる訳ないだろ! 俺は童貞だよ!!」


 ……大声で何を言ってるんだ俺は。


「「はぁ……よかったぁ」」


 ほっと胸を撫でおろすさくらと相河さん。


「その反応すっごい複雑な気分になるんだけど」


「そうだ実樹さん! さっさとこのビッチから逃げましょう! そしてお母さん……じゃなくて、紅葉さんも助けなくては」


 そう言って相河さんはさくらを押しのけると、俺の手を引いた。


「何を―! ビッチじゃないですから! 確かに色んな男の子と遊ぶのは好きですが、わたしは立派な処女です」


 相河さんに突き飛ばされたさくらが起き上がって、怒った顔で言った。そしてベッドの上で仁王立ちになると、相河さんを見下ろして指を突き付けた。


「あなたが先輩の娘なのか何なのかは知りませんし、どうやってここに入り込んだかは分かりませんが、今からわたしと先輩はエッチするんです。おっぱい小さいくせに邪魔しないでください」


「む、胸の大きさに何の関係があるんですか!」


 相河さんは一瞬自分の胸元を見下ろした後、どうどうと揺れているさくらの双丘に視線を戻して、たじろいだ。


「あります。先輩だっておっぱいの大きい女の子の方がいいに決まってます!」


「お、女の価値は胸だけじゃ決まりません!」


 胸に手を置いて、相河さんがさくらを睨んだ。すると、さくらがふっと余裕のある笑みを浮かべる。


「わかってないですねー。男なんてしょせんおっぱいのことしか考えてないおっぱい大好き星人なんです。ほら先輩、おっぱい触らせてあげるのでその女の手を離してこっちに来て下さい、先輩なら好きなだけ触っていいですよー」


 さくらが蠱惑的に微笑んで俺を見た。おっぱいが揺れる。

 俺の視線と体がさくらの豊かなおっぱいに吸い寄せられる。あぁぁぁぁぁ、あらがえないぃぃ。


「――お父さんッ!!」


「ひぃっ」


 相河さんに怒鳴られて、背筋がピンと伸びる。怖い……。だからお父さんってなに……。


「実樹さん! もういいです。早くこっちに来てください」


 相河さんは軽蔑するような目で俺を見てから、首元の銀のネックレスを握ると、さくらを睨んだ。


「――《光よ》」


 相河さんがそう呟くと、カッとその場に眩い光が弾けた。


「っ――!?」


 目がくらんで、俺は思わず目を閉じる。さくらが呻く声も聞こえた。俺は誰かにグイッと手を引かれ、ベッドから降ろされる。そして、そのまま手を引かれるままに走るしかない。


「ちょっとー!! 何するんですか!!」


 さくらの怒ったような声が聞こえるが、それも次第に遠ざかって聞こえなくなる。次第に俺の視界も元に戻って、俺は相河さんに手を引かれて、誰も居ない薄暗いショッピングモールを走っていた。


 なんだこれ、何で誰も居ないんだ……?

 そして何やら遠くの方で、爆発音や物が壊れる音、地響きが鳴っているのが分かる。

明らかに異常だ。


「はぁ……、はぁ……とりあえずここまで来たら大丈夫かな。とりあえずおと――、実樹さんこれ着てください」


 あのベッドの端に置かれていた俺の服も持ってきてくれたのだろう。相河さんが俺にそれらの衣類を手渡す。

 俺まだ裸だったな。

 俺はいそいそと服を着て、相河さんに向き直る。


「えーっと……、何が何なのかよく分からんけど。ひとまず助けてくれたのかな、ありがとう」


「……まぁ、実樹さん的には助けない方がよかったのかもしれませんけどね」


 相河さんがゴミを見る目付きで俺を見た。まるで父親の浮気を目撃した時の娘のような顔……。


「ですが、これだけは言っておきます。いいですか実樹さん」


 至って真剣な顔で、相河さんが俺を見る。めっちゃ怖い。


「は、はい」


「女の価値は、胸だけでは決まらないので」


「は、はい」


「それじゃあ後のことは動きながら話しましょう。さくらさんに見つかると厄介です」


「あ、あぁ」


 相河さんがそう言って歩き始めたので、俺はその後に付いて行く。


「あの……、相河さんって何者……?」


 あの謎の空間に割り込んで来たのもそうだし、さっき使ったような魔法的なものもそうだし、何より俺のことお父さんと呼んだり、紅葉のことをお母さんと呼んでたり……。

 

 まぁ……ここまで来ると、何となく想像は付くんだけども。

 曲がりなりにも俺はこの約一週間、勇者やら悪魔やら天使やら、ファンタジー要素に触れて来たのだ。未来や過去に行くことも可能だろうという話も、リヒトから聞いた。本来ならあり得ないと断言できる可能性も、十分にあり得ると考えてしまう。

 

 もしや、彼女は未来から来た実の娘では……?


その可能性に思い当たって、ようやく分かった。

 相河さんを初めて見た時に感じた既視感。彼女が俺と紅葉の娘だったからだとしたら。

 天使のように可愛すぎると感じていたのも、それなのに下着を見たり、押し倒したりしてしまっても、全然冷静でいられたのは、彼女が実の娘で、それを無意識の内に感じ取っていたからだとしたら。

 

 そして、何より。何よりである。彼女の名前だ。

 相河あいかわハヅキ、という名前。

 対して俺の名前が河合かわい実樹。紅葉の紅葉という名前。


 ……実は苗字は相河じゃなくて河合で。ハヅキって名前には、紅葉の『葉』と実樹の『樹』という漢字が使われているような気がしてならないんだが。


「い、いえ、べ、別に私はどこにでもいる普通の女子高生ですけど」


 相河さんが俺から視線を逸らして白々しくそう言った。


「もしかして、未来から来た俺の娘?」


「そっ!? そそそそ、そ、そんな訳ないじゃないですか! 私はお父さんの子供なんかじゃないよ!?」


「もう隠す気ないよな、それ」


 俺がそう言うと、相河さんは神妙な顔つきで、


「……どうやらもう隠しきれないようだね、お父さん」


「隠す気あった?」


 観念したように顔を伏せた相河が、顔を上げ、にやりと笑って俺を見る。


「そう! 実はなんと! 私は未来から来た実樹お父さん紅葉お母さんの娘でしたぁ! 相河ハヅキは仮の姿! 本当の名前は河合葉津樹はづきでしたぁ!」


「えぇ……」


 まさか息子の前世(勇者)に引き続き、娘まで現れるとは……。


「じゃあリヒト、あいつは……」


「あぁ、リヒトさんの生まれ変わり――、光実こうみは私の弟だね」


 光実っていうのか……。もしかしなくても今の俺、とんでもないネタバレを喰らってるんじゃ。ていうかリヒトのことを知っている感じだけど、あいつ俺の娘が生まれるまでこの世界に居ついてるの? どうなってるんだ未来。


「それで相河さん……じゃなくて、ハヅキは何のためにここに」


「うん、ちょっと未来でお父さんとお母さんが喧嘩しててやばいからその過去を変えに来たの」


「うん、そんな軽いノリでタイムリープしちゃっていいの?」


「お父さんに隠し子がいることが分かって、お母さんがブチ切れてやばいんだよ。もう家庭崩壊寸前」


「そんな未来の話は聞きたくなかった……」


 思ったより重かった。俺は頭を抱える。何やってんだ未来の俺。

ただ世界を救いにこの世界にやって来たリヒトと比較して、規模的には小さい話である。いや、ある意味家庭せかいを救いに来たのか……。


「とりあえずそんな感じで、ここしばらくお父さんとお母さんのことを見張ってたんだけど。あらかじめ聞いてた話と、ちょっと違うんだよね」


「何がだ?」


「お父さんに関しては、聞いてた通りだったんだよ。さくらさんにさらわれて、襲われるっていう。ちゃんと忠告したのに襲われそうになってたから、私が助けたの。まぁギリギリだったけど」


「忠告……?」


 そんなのされた覚えがないんだけども。


「したじゃん、もう。年下の女の子と関わるのは気を付けた方がいい、って」


 そういえば、セリスが襲来した次の日の全校集会中に、そう言われたような……。


「って、そんなので分かるか!」


「ただ、問題はお母さんの方。異変が起こった時、お母さんが百合さんにどこかに連れて行かれるのが見えたの」


 百合さん……、花咲さんのことか。紅葉のことを好きだと言っていた、花咲さん。


「ちょっとやばそうな感じだった。ひとまず、お母さんを助けないと」


「紅葉が危ないってことか?」


「うん、十分気を付けてたんだけど、《流れ》が変わっちゃったのかもしれない。急がないと」


「まぁ……未だに納得しきれないし、気になる部分だらけだけど、ゆっくり話している場合じゃないみたいだな」


「そういうことだね、だからお母さんを探したいの。お父さんも手伝って」


「……わかった。じゃあ手分けするか、何かあれば携帯に連絡する」


「さっすが理解が早いねお父さん! それじゃあ私はこっちを探すから! くれぐれも気を付けてね」


 そう言って、ハヅキが道を曲がっていく。

 

 そうして、俺はハヅキとは違う道に歩みを進めた。



 俺が気を失って目が覚めてから、ハヅキと別れるまでの話をリヒトに言って聞かせた。


「ふむ……」


 俺の話を聞いたリヒトが、走りながら顎に手をやって深刻そうな顔をした。そして呟く。


「主は、胸の大きな女子おなごが好みなのだな……」


「そこはどうでもいい!」


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