19.悪魔VS天使
「「「――キャハハッ! ―――ハハハッ――キャハハハッ! アハハハ――ハハッ!」」」
薄暗いショッピングモール内の至る所にアモデウスの姿が現れ、高々に笑い、何重にもなったその声が、長々と響き渡る。
「「「ふふっ、フフフっ! ―――キャハハッ! どれがホンモノか分かるぅ!? 天使ちゃんっ! キャハハハッ!」」」
数十ものアモデウスが一斉に喋り、それぞれが好き勝手に羽を広げて宙を飛び始めた。っぐるりと顔を巡らせてそれらを見るセリスは、苛立ったように顔を歪める。
「まとめて潰す。――《従え》」
セリスの静かな言霊に呼応するように、周辺のショップ内にある棚やら、商品やらが一斉に浮かび上がり、セリスの周りを取り巻くように集まり始める。
セリスはその小さな指先を
ショッピングモール内の各場所で、物が叩きつけられる音と、派手な破壊音が何重にも渡って響き渡り、あらゆる物体を叩きつけられたアモデウスの分身が次々と消えて行く。
セリスは指先を振るいながら、高い位置で静止してその様子を観察して、ある一体のアモデウスに狙いを定めると、片手を差し向け、唱えた。
「――《弾けろ》」
バチッと電撃が駆け巡ったような音が鳴り、衝撃が爆発する。狙われたアモデウスは宙返りをしてその衝撃を躱した――が、完全には避け切れず、衝撃がかすった頬が裂け、血がしたたり落ちる。
「キャハッ、キャハハッ! よく分かったね! ワタシが本物だよォ!」
アモデウスは両手を広げ喜ぶように笑うと、セリスに向けて手を叩き、パチンと渇いた音を響かせた。
「――ババーン!!」
セリスの真上の天井が突如崩壊し、大量の瓦礫がセリスを狙って叩き下ろされた。セリスは絶え間なく落ちてくる瓦礫を、踊るように宙を舞って躱していく。
「く――っ!」
セリスの小さな体が宙を舞い――天井スレスレの所で旋回した彼女は、真下で宙に浮いているアモデウスを睨みつけて、唱える。
「――《堕ちろ》」
瞬間、ケラケラと甲高い大声で笑うアモデウスの小さな体が、ガクンと急に高度を下げ、そのまま凄まじい勢いで落下していく。
「キャハハハハッ! つよイ――っ! 天使ちゃんつヨいよぉ! つよいっ、ツヨイなぁ! キャハハッ!」
嬉々に染まった顔を崩さないままアモデウスは、十数メートル程落ちて石床に叩きつけられる。ドゴンと鈍い破壊音が響いて、ヒビが広がり、硬い石床に穴が空いた。
「チッ……。めんどうなヤツ」
セリスがひび割れた穴を宙から見下ろし、苛立たし気にそう呟いた刹那、背後にアモデウスが現れ、彼女の鋭い尻尾の先端がセリスの首を狙う。
「――《触れるな》」
しかし、セリスがそう呟くとアモデウスの身体が一瞬硬直する。その間隙に、セリスは翼を広げて中空で前転でもするように一回転すると、回転の勢いそのままにアモデウスの脳天に
骨が軋むような音と共に、再びアモデウスは垂直落下する。――が、床に落ちる前に、セリスが翼をはためかせ落下先に回り込むと、銀色の光を纏った貫手を、アモデウスの腹部に突き上げる。
そのセリスの手は、易々とアモデウスの身体を貫通し、風穴を空けた。大量の血飛沫が宙に散って、アモデウスの身体から力が抜け落ちる。
「カ、は……。え、遠慮ないネぇ……っ、それでも天使ちゃんって、天使?」
「ふん……言ってろ」
セリスが冷めた目でアモデウスを見る――、が、そこにアモデウスの姿は無い。
「っ!?」
――幻術か。
セリスがそう判断した時には、アモデウスの姿は既に遥か遠くにあった。
「キャハっ! キャハハハハっ! ごめんネぇ! 天使ちゃんばかりにかまってられないや! 勇者とも遊んデあげなイトぉ!! フフフフっ、キャハハハッ!」
くねくねと不規則な軌道でショッピングモール内を飛翔しながら、アモデウスが高笑う。
「あの
そんなアモデウスを追う様に、セリスは一対の白翼を力強く空中に叩きつけ、飛んだ。
〇
「主……っ! 母殿……っ! 無事でいてくれ……っ」
リヒトはその端正な顔立ちを焦燥に歪め、ショッピングモール内を駆けていた。
まさか、こんなタイミングで悪魔がしかけてくるとは思いもしなかった。
悪魔側も《流れ》を無闇に刺激するのは本意ではないと決めつけ、警戒を怠ったリヒトの責任だ。
これでもし実樹や紅葉に何かあれば、リヒトは勇者として世界に顔向けが出来なくなる。
「主……っ! あるじぃ!!」
リヒトはそう叫んで、コーナーを攻めながら角を曲がった。一度は消えた実樹の気配が復活して、この方向からその気配を強く感じたのだ。
その時、ダダダッとリヒト以外の誰かが走る音が聞こえた。前方から。
――ゴウンッッ!!――
そしてぶつかった。
「フゴォっ?!」
「づぁ!?」
〇
薄暗いショッピングモール内、俺が全力で走りながら角を曲がると、頭の硬い誰かとぶつかった。
「いっ、て゛ぇェェぇぇぇぇ!!!!」
あぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!
俺が額を押さえながらゴロゴロと床の上を転がっていると、真っ白な額を赤くしているリヒトが俺のことを覗き込んだ。
「あ、主!! 無事だったのか!」
「ぶ、無事じゃねえ……っ」
頭が割れるように痛かった。リヒトの頭硬すぎだろ。しかし、ぼやっとしている場合ではない。
俺はズキズキ痛む額を押さえながらどうにか立ち上がる。するとリヒトが抱き着いてきた。
「主ぃ……っ! あるじぃぃぃ、無事でよかったぞぉぉぉ!」
「あつくるっしいんだよお前は!! あと泣くな! 鼻水つけるんじゃねえ!!!」
俺はそんなリヒトを押しのけると、歩みを進める。早く紅葉のことを探さないと。
「主! 待ってくれ!」
リヒトが俺に並ぶようにやって来て、俺に疑問の目を向ける。
「主、一体どうしていたのだ。気配が急に消えたから心配したぞ」
「あぁ……、たぶんあの空間の中に居たからだな……」
さくらと一緒に閉じ込められた、あのベッドしかない謎空間。悪魔のアモデウスが作ったとか言っていたが……。
さくらと二人きりだったあの時間のことを思い出して、顔が熱くなる。ブンブンと顔を振って、邪念を消した。今はそれどころじゃない。
「あの空間……? なにがあったのだ、主」
「そうだな、お前にも話しておかないと」
仮にもこいつは勇者なのだ。頼りになってくれなくては困る。しかし、何と説明したものか。
「なんつーか、だな……」
俺はリヒトと一緒に、並んで走りながら口を開く。
「……未来の娘に助けられた、っぽい」
「…………む?」
リヒトが頭上に疑問符を躍らせて、首を傾げる。
まぁ、そういう反応になるよね。
俺は数分前、いよいよさくらに犯されそうになった時のことを、思い返した。
そして、気を失ってから目が覚めた後の出来事を、リヒトに話して聞かせようと口を開いた。
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