14.秋風紅葉の苦悩
そんな紅葉は今、姿見の前で自分が持っている色んな服をあてがいながら、明日は一体何を着ていこうかと長らく考えてた。
紅葉には好きな人がいる。
昔からずっと縁のある幼馴染みの男の子で、紅葉が住んでいる『409』号室の隣、『408』号室で現在一人暮らし中のヤツだ。
名前は
自分でもどうしてあんなヤツのことを好きになってしまったのか分からない。でも、好きになってしまったものはしょうがないじゃないか。幼い頃から何だかんだと一緒にいて、気付いた時には好きになっていたのだ。
そのことを自覚したのはそんなに前のことではなく、ほんの数か月前だ。
紅葉の知らない間に、実樹はひとりの後輩の女の子と仲良くなっていた。紅葉の全く知らない子で、よく学校で実樹とその後輩の子が話しているのを見かけるようになったのだ。
実樹がその子と話しているのを見るだけで、紅葉は自分の胸の中にモヤモヤとした耐え難い感情が湧き上がるのを感じた。
認めたくはなかったが、日に日にその感情は勢いを増して、胸は痛くなって、自分があの『さくら』という名前らしい後輩に『嫉妬』していると認めざるを得なくなった。
――あぁ、私は実樹のことが好きなのか。
と、認めたくはなかったけど、認めるのは正直屈辱ではあったけど、それを認めないとどうにかなってしまいそうだった。
だけど、長年続いた『幼馴染』という関係に、今更変化を加える勇気は紅葉にはなくて、今まで通り友達のように接することしかできなかった。
〇
実樹に、正確には実樹の周りに変化が起き始めたのはその日からだ。
その日、学校から帰った紅葉は自分の部屋のベッドに寝転がって、スマホのメッセージアプリを使って、友人の
しかし、不意に隣の部屋から俄かに騒がしい会話が聞こえて来た。
紅葉の自室は、隣にある実樹の家の居間と壁一枚を挟んで隣り合うつくりになっていて、さらに工事ミスが原因か、ここの壁は少し他より薄いようで、よく実樹の生活音や声が聞こえてきたりするのだった。
その日、隣から聞こえて来たのは、実樹だけの声ではなく、もう一つ、とても綺麗で澄んだ声が聞こえて来たのだ。
壁を通しているため、声はくぐもって男か女の声かは判別がつかなかったが、もし女の子が実樹の家に遊びに来ていたらと思うと、紅葉は気が気ではなかった。しかも『父』だとか、『息子』だとか、そんなワードまで聞こえてくる。
紅葉は急いでベッドから飛び降りて部屋を出て、玄関の扉を抜けると、隣の部屋のインターホンを押した。
すると、少しの時間を置いてから実樹が出てきた。
「なんか用か?」
何かを誤魔化すような表情で実樹はそう言った。何か焦っているようにも見えた。怪しい。
「なんか用か? じゃないわよ。さっきからかなりうるさいんだけど、誰が遊びに来てるの?」
紅葉もまた動揺していたせいか、つい荒っぽい口調になってしまう。実樹に対して素直になれないことはいつものことだが、そんな自分が酷くもどかしかった。
「いっ、いや、来てない、誰も来てない」
明らかに焦った様子で、実樹が誤魔化すように言う。その時は絶対に女の子と二人きりで部屋にいたのだと思って、内心泣きそうになったが。
結果から言うと、実樹の家にいたのは女ではなかった。
実樹の部屋にいたのは、今までに見たこともないような物凄いイケメンで、おおよそ実樹の友達だとは思えなかった。
しかも紅葉が強引に実樹の家に乗り込んだ時、そのイケメンは無駄に様になっている
そしてさらにそのイケメンは、紅葉に向かってこう言ったのだ。
「――
次の瞬間、イケメンは実樹に蹴り飛ばされていた。
その後、イケメンは『勇者』だとか、実樹に向かって『父殿』だとか、意味深なことを言っていたが、結局謎は解決しないまま紅葉は実樹に家を追い出されしまった。
実樹が何かを隠していると、その時の紅葉は確信したのである。
その翌日、学校で紅葉は実樹を問い詰めるつもりだった。
昼休みまるごと実樹を独り占めして、ゆっくり話そうとした。
実樹と昼休みに会う約束を取り付けて、紅葉は屋上で待っていた。でも、昼休みになっても実樹は来なかった。イライラしたが、実樹はデリカシーは無くても簡単に約束を破るようなヤツではないので、何か事情があるのだろうとは思ったが、ジッとしていられなかった紅葉は教室にまで実樹を呼びに行くことにしたのだ。
だが教室に行っても実樹の姿はなく、もう一度屋上に戻ろうとしたところで保健室の近くを通りがかった紅葉は、保健室の中から実樹が飛び出して行くのを目撃したのである。
すぐに実樹の後を追おうとしたが、気になった紅葉は保健室の中を覗いたのだ。
するとそこでは、一人の少女がベッドで横になっていた。
その初めて見るような気がしない、とても可愛らしい少女と目が合って、紅葉は目が離せなくなった。少女は紅葉を見て驚いたような表情をしていた。
「お――、えっと、も、紅葉さん……」
何故かその少女は紅葉のことを知っているようであった。
「あなた……、私のことを知ってるの?」
「え、えっと、私今日転校してきたんですけど」
「あぁ、そう言えばそんな話聞いたわね」
隣のクラスに女の子の転校生が来たという話は、噂になってた。
「そ、それで実樹さんから……その」
「実樹から私のことを聞いたの?」
「え、えぇ、はい」
その少女は何か隠しているように思えたが、初対面でそこまで突っ込んだことは聞けなかった。
「あなた、名前は……?」
「私、……相河ハヅキと言います」
「ハヅキ、いい名前ね」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
顔をほころばせる少女。同年代のはずなのに、やけに無邪気なその笑顔をとても可愛いと思った。
「……それで、実樹は私のことなんて言ってたの? ハヅキ、実樹と仲良いの?」
とても気になった。
ハヅキが足を怪我しているのを見て、樹が慌てたように保健室を飛び出してきた経緯は何となく察したが、問題は実樹とハヅキの関係性である。
「……そう、ですね。仲が良くないと言えばウソになります。とても難しい説明になるのですが」
「どういうこと……?」
「いえ、実樹さんとは今日あったばかりなので、説明が難しいという話です」
とてもそれだけのようには思えなかったが、紅葉は何も言えない。
「実樹さんは、紅葉さんことを好いていますよ」
「え!?」
急にハヅキにそんなことを言われて、紅葉の鼓動が早くなる。顔が熱くなるのを感じた。
「う、うそ」
確かに紅葉は実樹のことが好きだが、実樹が紅葉に対してそんな素振りを見せたことはない。
「ウソじゃないです。紅葉さんを愛していると言っているのを、私この耳で聞いたことありますから」
「ッ――!」
ハヅキが言っていることが本当とは思えなかったが、つい実樹にそんな台詞を言われる場面を想像してしまい、紅葉の顔は一気に赤くなる。
「でも、早くに気持ちをちゃんと伝えないと、取り返しがつかなくなるかもしれません。早くした方がいいですよ。そうですね、今週の日曜日とか良いかもしれませんね」
意味深にそう言った怪しいハヅキの言葉を信じた訳じゃなかったが、彼女の言っていることが正しいのは事実だった。
早くしないと、もし実樹を誰かに……例えばあの後輩の少女に取られたりしたら紅葉は酷い後悔をするだろう。
そのまま紅葉の頭は実樹のことでいっぱいになって、ふらふらと保健室を出て、色々考え事をしている内に昼休みが終わっていた。
スマホには紅葉を探す実樹からのメッセージが来ていた。
これでは約束に遅れた実樹と何も変わらない。
悶々とした状態で授業を受けることになって、その後の休み時間。実樹が紅葉に会いに来た。
「ごめん紅葉、屋上に行けなくて」
「……」
「でも、えっと、言い訳になるんだけど……」
「なに? 私とは別の女の子と会う約束?」
違う。こんなことが言いたいんじゃないのに。
考える前に口から当たりの強い言葉を吐いてしまう自分を殴りたい気分だった。
本当はそんなこと気にしていないと、実樹のことが好きだと言いたいのに。
そんなことが頭の中でグルグルと回る。
「すみませんでした。なんでも言うこと聞くんで許してください」
実樹が頭を下げて謝る。
ふとその時、あのハヅキの少女が言っていたことが頭に浮かんだ。
「……今週の日曜日」
「は?」
「次の日曜日、色々買いたいものがあるんだけど、その時荷物持ちしてくれるんだったら許してあげる。分かったら、さっさとどっか行って」
あぁ、またこんなことを言って……。
素直になれない自分を呪いたい気分だったが、もうこれっきりにしよう。
次の日曜日こそ素直になって、実樹に好きだと伝えるのだと、紅葉はそう決心するのだった。
〇
そして、いよいよ明日は実樹との約束の日曜日である。
紅葉は姿見の前で、一番実樹の好みに合いそうな服を選びながら悶々とここ数日のこと考えていた。
実樹のことを考えていた。
ああ言ってしまった手前、日曜日まで実樹と顔を合わせるのも何だか気まずくて、ほとんど話していない。
しかし、実樹に聞きたいことは山ほどある。
あの日からどうやら実樹の部屋で一緒に暮らしているらしいあの謎のイケメンと、実樹の騒ぎがここの所うるさく、本当に意味が分からないが、一昨日あたりから小さな女の子の声も隣から聞こえてくるのである。
本当に謎だ。
しかも女の子の声が聞こえ始めたのが、紅葉の通う高校の生徒も加担した二人組での少女誘拐事件が起こったその日からである。
まさか想い人の幼馴染みが、犯罪――それも少女誘拐などと言う非道を行っているとは思えないが(そんなことをしない奴であることくらい分かっているつもりだが)、タイミングがタイミングである上に、謎も多い。
気になって隣の部屋の会話に耳を澄ませていると、『勇者』だとか『悪魔』だとか『魔王』だとか『未来』だとか『世界線』だとか、冗談としか思えないワードが大真面目な口調で聞こえてくるのだ。かと思えば、急に三人でくだらないことを叫びながら大騒ぎしているのだから訳が分からない。あまりのうるささについ壁を叩いたりしてしまったが……。
ともかく、明日になればそのことについて実樹に聞く機会もあるだろう。
そして何より、『告白』するのだ。
好きだと、紅葉が秘めている気持ちを伝えるのだ。
そのことを考えると、実樹たちが隠していることも割とどうでもよくなって、一気に体が熱くなる。
不安だ。本当に自分は告白なんてできるのだろうか。
普段からあんなに実樹のことを雑に扱っている自分が告白なんてしていいのか。それに、それを聞いた実樹は果たして自分のことを受け入れてくれるのか。
ぐるぐると思考が回って、落ち着かない。
その時、紅葉はあることを思いついた。
そうだ、親友の
彼女は頻繁に男子から告白されているようなので、きっと頼りになるだろう。
どうやら彼女は他に好きな人が居るらしく、その全ての告白を断っているようだが……。
「そういえば、百合の好きな人って誰なんだろ……」
紅葉はそう呟きながら、百合に電話をかけるのだった。
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