15.幼馴染みとデート
日曜日の朝、俺は紅葉との待ち合わせ場所に向かって歩いていた。場所は最寄り駅にある銅像前。
確かにそこから歩けば、目的地のショッピングモールは近いが、住んでいる場所が隣同士なんだから一緒に行けばいいと思うのだが、昨日の夜に紅葉から待ち合わせ場所を指定するメールが来たのだ。
今度こそ遅れる訳には行かないので、俺はかなり早く家を出た。今日もまたセリスが怪しいと言って俺について来ようとしたが、どうにか断った。リヒトに任せて来たけど大丈夫だろうか……。
リヒトは「任せてくれ主。父殿と母殿の逢瀬は邪魔させぬぞ」とか何とか言ってたけど……。
リヒトが言っている俺と紅葉が将来結婚するという話を思い出して、顔が熱くなった。いや、気にするな。そんなこと気にするな俺。
今まで通り紅葉の買い物に付き合って荷物持ちをするだけだろう。
別のことを考えようとして、俺は昨日の夜のことを思い返した。
昨夜、俺が風呂に入っていた時にリヒトとセリスが乱入してきたあの後のことだ。
リヒトが、俺の背中に特有の
だが、実際に俺の背中――より正確に言えば、かなり首筋に近い所にあったその痣は、『三角形』の形をしていた。
まさか自分の背中にそんな目立つ痣があることなんて知らなかった。少なくとも、昔からあったものじゃない。
『六芒星じゃなくて三角形……、何か魔王の予言と関係あるのだろうか。セリス、分かるか?』
『……分からない。予言師に見せてみれば何か分かるかもしれないけど』
リヒトとセリスの反応はそんな感じだった。
リヒトが大騒ぎした時は、マジで俺が件の魔王の正体だったのかと思って焦ったが、結局そうじゃなかった。人騒がせな痣である。
だが、リヒトに写真を撮ってもらって確認したところ、偶然できたようには思えない綺麗な三角形の痣だった。
一体何のだろう、これは……。
俺は思わず自分の首筋辺りをさする。
そんなことを考えるうちに、待ち合わせ場所までやってきた。
待ち合せに指定された時間より三十分ほど早かったが、既に銅像の前には紅葉が居た。
遠目に紅葉のことを確認して、その雰囲気がいつもと違う事を感じる。
なんだ……? 何だこの違和感……。ふと、その紅葉の姿があの可愛すぎる転校生相河ハヅキのものと重なる。
いつもより……、かわいい?
紅葉に歩いて近付くにつれ、緊張が高まっていくのがわかった。
紅葉もまた俺の存在に気付いて、ほんのり顔を赤らめながらそっと視線を下げた。いつもとは雰囲気の違う装いとメイク。いつもは自然に下ろしている長い黒髪を、今日はお洒落なリボンでシンプルに一つ結びにしていた。
なんだ……っ? かわいい……っ!?
顔が熱くなるのを感じながら、俺は紅葉の側までやって来る。ふわりと女の子らしい匂いが鼻孔をくすぐった。いつもの紅葉とは、少し違う匂い。緊張が増す。
「や、やけに早いな今日は……」
「……うん」
紅葉は殊勝な態度で、こくんと頷いた。
なんだ!? 違うだろ。いつものお前なら、ここは「遅い! なんで私より早く来てないのよ!」と怒って肩でも叩いてくるところだろ?
紅葉の機嫌を取りながら、どうやってリヒト達についての話を信じてもらうか、色々計画立てて考えていたことが全部ふっとんだ。
俺は、改めて紅葉の装いを確認する。
彼女の艶やかな黒髪に似合う落ち着いた赤色のリボンで、長い髪を一つにまとめ。いつもの最低限なメイクではなく、男の俺でも気合が入っていると分かる自然なメイク。少しゆったりとしたフリル袖の女の子らしい純白のトップスに、淡い紺色のショートパンツを合わせている。紅葉のスラリと伸びた白い脚が惜しみなくさらけ出されており、思わず目を奪われる。足には涼し気な黒いサンダルを履いていた。サンダルと言っても俺が持っているようなダサいものじゃなくて、少し底が上がったオサレなやつだ。そして、少し濃いめのクリーム色をした手提げのバックを持っている。
こいつこんな服もってたっけ……?
ハッキリ言って滅茶苦茶かわいかった。本人もいつもと違う格好である自覚はあるのか、俺に見られて恥ずかしそうに身を捩っているのも合わせて、かわいい。
「どう……かな、今日の私」
ほんのりと頬を朱に染めた紅葉が、上目遣いで俺を見る。
「……か、かわいい、と思う」
その言葉を絞り出すのが精一杯だった。
本当はもっと褒めたかったが童貞なのでこれが限界である。
「そっ、か……、えへへ」
思わずこぼれたように、紅葉が笑みを浮かべた。そんな彼女の笑顔を見て、心臓がバクバクと激しく震え出す。
やばい……、このままだとやばい。
そう思って、俺は紅葉に背を向ける。
「い、行くなら早く行こうぜ」
「うん、そうね」
紅葉が横に並ぶ気配を感じて、俺は目的地のショッピングモールに向かって歩き出す。
その時だ。視界の端に、あの転校生の少女、相河ハヅキの影が映った。
ハッとその方向を見て、相河さんと視線があったような気がしたが、気付いた時には彼女の姿は消えていた。
……気のせいか?
いや、でも彼女を見間違えるはずが……。
「ねえ実樹、どこ見てるの」
紅葉が少し怒ったような声で、俺の手を引きながらそう言った。その俺をにらむような顔は、いつもの紅葉のそれだった。
そう思って、少し緊張がやわらぐ。
「い、いやごめん。知り合いが見えたような気がしたから……」
「……今日は私と出かけるんだから、私だけ見てて」
小さく拗ねたようにそう言って、紅葉は気恥ずかしくなったように視線を逸らすと、俺の手を握ったまま先導するように道を進み始める。
紅葉の手はやわらかく、緊張のあまり手汗をかかないか心配だった。
〇
「……じれったい。何なの、あの童貞と処女、見ててイライラする。裸に
「セリス、そんな無粋な真似はするものでないぞ。いいではないか、主も母殿も初々しいぞ」
実樹と紅葉がショッピングモールでぎこちないデートを行っている最中、少し離れた位置で怪しい動きをしている異色の二人組がいた。
特異のイケメン勇者リヒトと、幻想的な可愛いさを持つ幼女天使セリスである。
リヒトもセリスもこの世界の衣服に身を包み、セリスはしっかりと翼も隠しているが、その二人の異様さは隠しきれていない。どうしても人目を引く。
多くの通行人が、物陰に隠れているリヒトやセリスに注目しながら通り過ぎていく。
「ね、ねぇ、実樹は……この服とこの服ならどっちが私に似合うと思う……?』
「ど、どっちも割といいと思うけど」
かなり離れた位置にいるリヒトとセリスだが、この世界の人間とはかけ離れた身体機能を持っている二人に、実樹と紅葉の会話を聞き取るのはそう難しい事ではなかった。
そんな二人が何故、実樹と紅葉のデートを覗いているのかというと、セリスがごねたからである。
あの実樹があんなにモテるのはおかしい。きっと何かがあると言って、遠くから実樹のことを観察しようとした所に、セリスを一人にさせてはおけないとリヒトが着いて来た感じである。
昨夜、実樹の首筋付近に見つかった怪しい痣のこともあり、リヒト自身も気にならないと言えば嘘だった。もし実樹が悪魔に襲われるようなら、すぐに助けられる位置に居た方がいい。実際、実樹は一度悪魔に襲われている。
それに、純粋に来世の父と母のデートが気になったというのもある。
実樹たちの様子を見ながら、リヒトの隣にいるセリスが舌打ちをする。
「……特にあの
「む、それは仕方ないぞセリス。主も緊張しているのだ。母殿、今日は一段とかわいいからな。ふーむ気合が入っているぞ」
「それなら……、襲ってしまえばいい。あの処女もあんなに気合入れてるんだから、もう合意。そこらへんの物陰にでも連れ込んでヤってしまえ」
セリスが実樹をジィーっとにらむ。
すると、ゾクッと何かを感じたらしい実樹が、キョロキョロと辺りを探るように視線を巡らせた。
その時、リヒトが「むっ?」と実樹たちがいる方とは別の所を見て、怪訝そうに唸った。
「あれは……ユリ殿と……、誰だ?」
リヒトの視線の先に居たのは、髪型をツーサイドアップにしている可憐な容姿の少女――花咲百合だった。
先日、実樹と一緒に魔王の前世の証となる『六芒星の痣』を持つ者を探した時、関わった少女だ。結局、百合が『六芒星の痣』を持っているということはなかったが、彼女はリヒトがこの世界に来て関わった数少ない人物の一人である。だから中々に印象に強い少女だ。
百合がまさに今実樹と一緒にいる紅葉に、好意を持っていると告白していたこともよく覚えている。
そんなユリの隣には、どこかで見たことあるようなツインテールの可愛らしい少女が居た。その二人の少女は、リヒト達と同じように実樹と紅葉に注目しているようであった。
一体どこで見たのだろうと、リヒトは記憶を探る。
そして、思い出した。
リヒトがユリと出会った時、ユリと仲良くなろうと作戦を仕掛けて、逆にユリに迫られてしまっていたあの夕刻。物陰で実樹と一緒にリヒトのことを観察していた少女だ。
「サクラ……?」
そのツインテールの少女に気付いて、セリスがそんな呟きを漏らした。
〇
紅葉と一緒にモールを回るのは、楽しかった。
紅葉の装いはいつもと違ったものの、基本的にはいつも紅葉と出かけた時と変わりなく、一緒に色々見て回っている内に緊張も解けていた。それでも紅葉の態度はいつもよりいくらかやわらかいように思えた。
そんな感じで時間が経ち、とあるブティックにて彼女から服の意見を求められている時だった。
ゾクッと首筋に異様な視線を感じて、俺は振り返り――思わず噴き出した。
「――ぶっ!?」
視線の先に居たのは、物陰に隠れているけど明らかにその存在感を隠しきれていないリヒトとセリスがいた。周りの人たちめっちゃ集まってるし、めっちゃ見られてるし、目立つにもほどがある。
何してんだアイツら……!
しかし、リヒトとセリスが見ている対象は俺たちでなかった。何やら怪訝そうな顔つきで全く別の方向を見ていて、一体何を見ているのだろうと俺がそっちに視線を向けようとした瞬間――――
「――ねえ実樹、ちょっといい?」
紅葉は俺の手を引いて、顔を間近にまで寄せてきた。その時の紅葉の表情は複雑そうで、顔が赤く、何かを決心したようでもあった。
「な、なんだ? 紅葉」
グイッと紅葉に迫られて、俺は思わずたじろぐ。そのまま強引に紅葉に手を引かれ、俺は手直にあった試着室に連れ込まれた。
とても狭い密室に、紅葉と二人で密着する形になる。紅葉がシャッとカーテンを引いて、外と隔絶された空間になる。薄暗くなる。近い。
体のあちこちが触れ合って、紅葉のやわらかい肌を直に感じる。真下に紅葉の顔があった。
紅葉の顔は耳まで真っ赤で、潤んだ瞳が俺を見上げるように見つめていた。紅葉の荒くなった熱い息遣いが、ハッキリと感じ取れた。
紅葉は痛いほど俺の手を握りしめて、倒れるように寄り掛かって来た。俺はそれに押されて、トンと背中に鏡が当たる。
「ねぇ、実樹……」
紅葉は泣きそうな顔で俺を見つめながら、振り絞るようにそう言った。
「は、はい……」
ドクドクドクドクと今までにない速度で心臓が早鐘を打っていた。体が熱い。何なんだ? 昨日に引き続いて何なのだこれは。ていうかマジで近い。体やわらかい。良い匂い。やばいやばいヤバイ。
いきなりすぎるこの状況に、思考が上手くまとまらない。こいつってこんなことするような奴だったか?
「私、ね……。実樹に言いたいことが、あるんだけど……」
「お、お、おお、おう……。なに……」
紅葉の顔がさらに近くなる。もう今にも唇と唇が触れ合いそうだった。
「あ、あのね、真剣に聞いて欲しいんだけど」
「う、うん」
「私、実樹のことが……――――」
そう、紅葉が言いかけた時だった。
ガンッ! と何かが落ちたような鈍い音が響き渡って、照明が消えた。一瞬にしてその空間が暗闇になる。――そして、辺りに漂う甘ったるい香り。
そのにおいを嗅いだ瞬間、脳みそが急に重くなった感覚があった。意識が朦朧とする。視界が霞んでいく。
な、な――起――た…―…? まさか――、悪魔――……?
薄れゆく意識の隅で、紅葉が気を失って倒れるのが分かった。
助けないと。紅葉を助けないと。もし悪魔だと――したら……巻き込んだのは俺が――……っ――い……。
「――ふふ、せーんぱい」
最後に見えたのは、見覚えのある小悪魔のような、
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