13.痣




 さくらとセリスと一緒にショッピングモールに出かけた日の夜、花咲さんからメールが来た。

 紅葉もみじのことを恋愛対象として一途に好きな花咲百合という女の子からの相談メールである。あの日から、定期的に彼女からはそんな内容のメールが送られてくる。

 今日、花咲さんは紅葉と一緒にお出かけに行ったらしく、その時の紅葉の様子がおかしかったという件についてだ。何だか時折考え込むようにぼうっとしていたらしい。

『もしかして紅葉好きな人とかいるんじゃないかなぁ!? どうしよう(泣)』と花咲さんは不安な様子だった。

とりあえず俺はハッキリとしたことは言えなかったが、紅葉に好きな人ができたならまず最初に花咲さんに相談するだろうから大丈夫じゃないかなぁ、的なことを返信しておいた。

しかし、こんなにも紅葉のことを想っている花崎さんを置いて、俺が明日紅葉と二人で出かけるというのは、なんだか罪悪感がある。まぁ、明日は紅葉のご機嫌を取りながら荷物持ちをして、可能なら事情を説明して魔王探しの手伝いを頼むくらいのことしかないんだけども。


そのあと、俺は簡単な飯を作って、リヒトとセリスの三人で魔王探し作戦の相談をしながら食事を取り、リヒトに皿洗いを任せてから浴室に向かった。


俺は体を洗ったあと、湯船に深く浸かりながら、今日のさくらの事について考えていた。


 さくらは一体どういうつもりなのか。急に俺のことを休日に遊びに誘ったり、別れ際にあんなことを言ったり。

 今までにもさくらが俺をからかうようなことは多くあったが、あそこまで突っ込んだ事をされた覚えはない。


――先輩、好きですよ


 耳元でさくらに囁かれた甘い声が脳内にフラッシュバックして、居ても立っても居られなくなった俺は思わず叫んだ。


「――ああああああああああああ゛!!」


 何なの!? 何なのあの小悪魔後輩は! 平気な顔してあんなことを言っておきながら冗談の一言で済ませるなんてもはや小悪魔を越えて悪魔である。


 その瞬間、浴室の扉が勢いよく開いて全裸のリヒトが飛び込んで来た。


「――大丈夫かあるじ!? よもや悪魔共の奇襲か!?」


「うおおおわああああ!!? なに入って来てんのお前!? 馬鹿なの!? アホなの!?」


「だが主が今しがた大きな声で悲鳴を」


「あぁそれは悪かったよ! だとしても何でお前は服を脱いでんだよ!?」


「いや、主が裸体だというのにボクが服を着て入るのは失礼かと」


 大真面目な顔でリヒトがそう言った。


「んな服を脱ぐ暇があったらそのまま入って来い! ホントにピンチだったらどうすんだ!」


しかしこいつマジでいい体してんな。体付きまでイケメンとかどうなってんの。

あと、チンコでけぇ……。


「む、どこを見ているのだ主。僕の股間に何か付いているか?」


 自分の身体を確認するように視線を下げるリヒト。しかしその瞬間、翼を生やした全裸の幼女が浴室に飛び込んできて、そのままの勢いでリヒトの背中に突進をかます


「リヒト――! お風呂ならボクと一緒に」


「ふごっが!?」


 背中にダイレクトアタックを受けたリヒトは、浴槽の縁に額を強打して情けない悲鳴を上げた。そうしてそのままひっくり返ってタイルの床の上にダウンする。

 そんなリヒトに馬乗りになって、変態幼女ことセリスがリヒトの股間に狙いを定めた。


「リヒトの……、おっきぃ……、んっ……、はぁ……っ、はぁ……っ」


 うっとりととろけるような表情で、セリスがよだれを垂らしていた。おおよそセリスのような見た目の女の子がしていい顔じゃない。セリスの白魚のような指がリヒトの股間に襲い掛かる。


「……いただき、ます、……じゅる」


「わぁああああ!!! 待て待て待てこんなとこで何する気だアホ!!」


 慌てて俺は制止をかける。


「何って……食事だけど。童貞は黙ってて」


「童貞は関係ないだろうが!!」


「童貞じゃないなら、ボクたちの営みを見ても動揺しないはず」


「平気な顔して嘘つくな!!」


「それとも……、ボクの裸体を見て興奮しているの。このロリコン……、リヒトよりチンコ小さいくせに」


 天使のように愛らしい顔をしているセリスが、汚物を見るような表情で俺を見た。


「お前が勝手に裸で入って来たんだろうが! 俺はロリコンじゃねえ。お前の裸なんか見てもなんとも思わねえよ。あとチンコの大きさに言及する必要あった!?」


「ある、チンコが小さい奴は全員ロリコン」


「お前全国のチンコ小さいやつに謝って来い!?」


「チンコ小さい奴に謝る必要はない、むしろそんな粗末なもの見せたことを謝って欲しい、ほらミツキ謝って。チンコ小さくてごめんなさいは?」


「お前もう黙っとけ!? そろそろマジで殴るぞ!?」


「やれるようならやってみろ」


 ふっとバカにしたように鼻で笑うセリス。こいつは異世界から来たデタラメな力を持つ『天使』なのだ。勝てる訳がない。


「く――っ! ていうか早くリヒト連れて出て行け!」


「……ま、待て主、ボクを見捨てるのか」


 頭を打って目を回していたリヒトが、意識を取り戻して俺を見る。


「……チッ、この童貞がうるさいからあっちでヤろうね♡ リヒト♡ もうボク我慢できない」


 セリスがリヒトの足首を掴んでズルズル引きずりながら浴室を出て行こうとする。

 しかし、リヒトは俺が入っている浴槽のへりに手を掛けて、抵抗していた。


「あ、主ぃ……! 助けてくれ! 後生だ! あるじぃ……!」


 しまいには、リヒトは恐るべきスピードで俺の手を掴んでくる。リヒトが勇者だから出せる速さだった。こんな所で本気を出すな。


「おまっ!? 何してんの!?」


「リヒト……、その童貞の手を離して……っ」


 セリスがリヒトの足を引っ張りながらそう言った。


「せ、セリス……、一回落ち着いて話し合うのはどうだろうか」


「ダメ、いつもそうやってはぐらかす。……ミツキ、リヒトを離せ、さもないとチンコもぎ取る」


 セリスが俺をにらみ付ける。マジの目をしていた。怖い。


「な、なんてことを言うのだセリス! 主の陰茎をもぎ取らせはしないぞ!? 主の大事な陰茎がないと来世のボクがこの世界で生まれることができなくなる」


「じゃあお前が俺の手を離せ!?」


 そのままリヒトを綱代わりにした俺とセリスの綱引きが始まったが、勝敗は一瞬で決した。幼女らしい見た目からは考えられないほど凄まじい力で、セリスは俺ごとリヒトを引っ張り上げた。うわようじょつよい。

 結果、俺は水しぶきを上げながら無理やり浴槽から引っ張り出される形になり、浴室と繋がっている脱衣場にダイブするように転がり落ちる。脱衣場の床の上に、俺とリヒトは並んで倒れ込んだ。腰打ったいってえ。


「……っ」


 その際、俺の背中側でのびていたリヒトが、ハッと何かに気付いたように、今までにないほど深刻な声を上げた。



「主!? その背中のあざは何だ!?」




 …………え? 痣?


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