8.天使襲来
「主っ、主ぃっ、元気を出してくれ!」
花咲さんが帰宅したあと、俺とリヒトはそのまま公園に居座った。もう日は落ちて、あたりは暗い。子供たちもみんな帰っていった。
遂に力尽きた俺はベンチの上に仰向けに寝転がって、点々と星が見える空を見上げていた。
「空が、綺麗だ……」
「主っ、しっかりしてくれっ!」
ゆっさゆっさと俺を揺するリヒト。
「主! 早く起きるんだ。このままここに居たら、またあの青服のケイサツなる人物に追いかけれてしまうぞ」
確かに六芒星のマークを校門前に書いた時や、昨夜この公園で『花咲さんと仲良くなろう大作戦』の練習をしている時に、この辺りを巡回している警察に何度か睨まれた。
これは一、二か月ほど前に悪友の雄飛から聞いた話なのだが、どうにもこの二か月の間ほど、この辺りには痴女が出るらしい。
痴女が、ウチの高校の男子生徒を襲い、食い荒らしているという話だ。しかも童貞の男子が中心に狙われているらしい。訳の分からない噂だが、実際にヤられている男子からの証言があるので、本当の話なのだろう。
だが、その痴女の詳しい情報までは、襲われた男子も覚えておらず、全貌は謎に包まれているとのこと。雄飛はその痴女に一度襲われてみたいなどと言っていたが、どんな女かも分からないのによくそんなことが言えるなと、俺は思った。
そのせいで、この辺りの特に夜には、警察の巡回が多くなっているらしい。
「思ったんだけどさ……」
「ど、どうした主」
「俺がお前に協力する義理なんて、一つもないよな」
「主!?」
そう、そうなんだよ。どうして俺がこいつのためにあそこまで頑張っていたのか。頑張る意味なんて一つもないじゃないか。
正直な話、こいつが勇者で裏の世界の危機だとか、こいつの来世が俺の息子だとか言われたところで、だからどうしたという話だ。
「そうだよ、大体お前がやって来たせいで色々面倒なことになったんだけど!?」
「ぐっ、そ、それは、仕方ないのだ! ボクは勇者で、世界を救う義務がある!」
「じゃあ何で俺がそれを手伝ってるんだ!」
「それは主が優しいからだ。うん、主は本当にできた人間だなぁ」
「調子いいこといって乗せようとするんじゃない」
「ば、ばれたか……、さすが主だ」
素直に感心しているリヒト。
「はぁ……。なんかすげぇ疲れた……」
なんだこの脱力感は……。せめて、花咲さんが件の魔王だったら、全部が終わってたのに。
ヴー、ヴーとその時、スマホが震えた。こんな時間に誰だ……?
ポケットから取り出して、誰からのメールか確認する。
花咲さんだった。そこには二枚の写真が添付されていた。
どちらも紅葉の写真だった。
『河合くんならどっちの紅葉が可愛いと思う!?』
長い黒髪を後ろで一つにまとめた紅葉と、恥ずかしげにツインテールにしている紅葉が写っていた。
なんか生き生きしてるな、花咲さん……。
これはこれでよかったんだろうか。
「えー、やっぱり俺はシンプルに一つにまとめた紅葉の方が――」
俺が返信しようとしていると、
「なんだ主、だれと連絡を取っているのだ?」
「だ か ら! 間に割り込んでくんな!」
すると、その時、ピクリとリヒトの肩が震える。
ハッとリヒトは天を見上げて叫んだ。
「……む!? マズイぞ主っ! 見つかった!」
「はぁ?」
――ヒュッ――
風を切り裂くような音が鳴った。
――ドガァァァァァアアアアンッッ!!!――
俺のすぐ側の地面が大爆発したのはその時だった。
爆風に吹き飛ばされながら俺は叫んだ。
「なぁぁぁぁああああ!!? 今度は何なんだよぉぉぉおおっ!!!」
泣き叫んだと言った方が正確かもしれない。
◯
爆発の後に残った砂煙。モクモクと立ち込めるその中から、やがて人影が現れる。
吹き飛ばされた俺は、リヒトのサポートを受けてなんとか着地に成功していた。
「あの魔族ってやつか?」
「いや、魔族ではない。むしろ――」
「――見つけたよリヒト。ホントに君は恥ずかしがり屋なんだから」
砂煙が晴れて、一人の少女の姿が現れた。いや、少女というよりもそれは……、
――――天使。
淡いエメラルドグリーンの髪に、ホンモノのエメラルドのように透き通った翡翠色の瞳。
小柄な体型なのに、圧倒的な存在感を放っている。それは、その背中についている一対の翼が原因だろうか。
それとも人離れした愛らしさが原因だろうか。
問答無用で抱きしめたくなるような可愛さを持つ天使。
だが何故だろう。今の俺にそんな気は一切起こらなかった。
その天使は、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、一歩ずつこちらに近づいてくる。異様な雰囲気を放ちながら。
隣でリヒトが動揺しているのが分かった。あの魔族とやらが現れた時も、最後まで堂々としていたリヒトが。
「お、おい、どうした、大丈夫かっ」
「あ、ぁぁ、マズイ、マズイぞ主……」
「だから何がマズイんだよ……っ、ぉぉおお!?」
気付けば俺の目の前に、天使が立っていた。
まだまだ距離はあったはずなのに。いつの間にここまで……!
その天使は、その愛らしい容姿に似合った無邪気な笑みをにっこり浮かべながら、ジッと俺を見上げる。
「君かぁ……っ、リヒトと一緒に住んでるニンゲンってのは。――――邪魔者」
天使と視線が重なる。それがキッカケだった。
「――は?」
視界が、まるでテレビのチャンネルを変える時のように切り替わった。
気づくと俺は登った記憶もない滑り台の上にいた。
「あ、主ぃ、助けてくれーっ!」
少し離れた位置で、リヒトの悲鳴が聞こえる。
なんて情けない声だ。
滑り台の上からその光景を俺は見下ろす。色々と衝撃的だった。
まず、リヒトが天使に押し倒されていた。
天使はリヒトの腹に跨って、彼の動きを封じると、一切の躊躇なく、するすると自らの衣服を脱ぎ捨てていった。慣れた手つきだった。
「待て! 待ってくれ! セリス! 屋外でそんなことをするべきではない!」
「関係ないよ。ボクはずっと我慢してたんだ。だから問題ないよ。むしろ見てもらった方がいい、ボクがリヒトのものでリヒトはボクのものだってことを。さぁリヒト、ボクと一つになろう」
全裸になった天使――セリスという名前らしいが、彼女ははぁはぁと荒い気遣いでリヒトの服を脱がそうとする。
何をしようとしているかは明白だった。
流石に止めないとマズイと思って、俺はスーと滑り台を滑り降りる。
あぁ、この感覚、懐かしい……っ。
どうやら敵ではなさそうなので、俺に緊張感はなかった。さっきからリヒトの悲痛な声は聞こえてくるけど。
しかしちょうど滑り降りた時、半裸のリヒトがセリスの拘束から抜け出したようで、こちらに駆けてくる。
「主ぃーーっ!」
「あぁっ、そんなに恥ずかしがらないでよリヒトーっ」
背後には全裸の天使。見た目的には十二歳くらいの女の子である。確かにリヒトの言う通り『マズイ』のは間違いなかった。
その時、視界の端で俺は新たな刺客がやって来たことを捉えた。
あの青っぽい服、見覚えがあるぞ……!
「おいお前ら! そこで何してる!」
「やべぇ
俺が叫んだ声にリヒトがいち早く反応して、全裸のセリスを抱きかかえる。
「きゃっ、リヒトったら大胆……っ。あぁぁぁん、んっ、あっ、無茶苦茶にしてぇ……」
セリスがなんか言ってるけど無視する。
そしてリヒトは、俺の指示に従って半裸のまま公道に飛び出す。
家に逃げ帰るまでの間、誰ともすれ違わなかったのは奇跡としか言いようがなかった。
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