7.百合




 夕刻。幼い子供たちがわーきゃーと騒いでいるのを眺めながら、花咲さんはブランコに乗って小さく揺れていた。

 俺とリヒトは、彼女と向かい合うようにブランコ地帯を囲む柵に腰掛けていた。


 ちなみにここは、昨夜俺とリヒトが『花咲さんと仲良くなろう大作戦』の予行練習をした場所だ。

 部屋でやると隣の紅葉が(既に怒ってるけど、さらに)怒るので、仕方なかった。

 公園の側を何度も警官が往復パトールしているのが気になって仕方なかった。なんかずっと見られてるような感じだったんだよな。

 完全に目をつけられていた。俺とリヒトは不審者扱いされていた。


 花咲さんは優しげな瞳で、騒いでいる子供たちを目で追っている。


「懐かしいねー、小さい時よくここで遊んだな」

 

「あー、そうだっけ?」


「そうだよ。私と紅葉もみじと河合くんが初めてあったのもここ。みんなに混ざれないでいる私に、声かけてくれたの」


 そう語る花咲さんは、とても幸せそうだ。


 ……全く覚えてない。そんなことあっただろうか。なんか申し訳なくなる。


「だから、だからね……、私、その時からずっと……」


 花咲さんがぎゅっと胸元を押さえつけるように握る。

 


「――紅葉ちゃん……、紅葉のことが好きなの。どうしようも……ないくらい」



 顔を真っ赤にして、溢れ出る気持ち押さえつけるように両手で胸を押さえて、絞り出すように彼女は告げた。


「…………」


 その言葉を聞いた俺は思う。



 そっちかぁ……、と。


 

 全ての謎が解けた。なぜ彼女が数多の男子たちの告白を断り続けたのか、どうして彼女の本命が特定できなかったのか。

 花咲さん――、この花咲はなさき百合ゆりという一人の女の子は、昔からずっとある少女のことが好きだったのだ。いやマジかよ。かなり驚いたんだが。

 だがそんな内心はおくびにも出さず、俺は落ち着いて対応する。

 

「そうか……」


「うん……、そうなの。でもね、私、この気持ちを表に出していいのか、ずっと……不安で。――だからね、私、河合くんに相談したかったの。でも、中々切り出せなくて」


 もしかして俺の方をたまにチラ見してたのはそれが理由か。


「俺に相談したかったのは、俺が紅葉と幼馴染だから?」


「それもあるんだけど、河合くんなら……、私の気持ちを理解してくれると思ったから」


「なんでまた」


 花咲さんとそんな会話を交わす俺の隣では、話に入れないリヒトがぽけーと夕空を見上げていた。

「うぉっ、なんだあの黒い鳥は……、いっぱいいるぞっ」

 うんそれはカラスだね。分かったからちょっと静かにしててね。お願いだから。


 しかし花咲さんは、うるさいリヒトを特に機にする様子もなく、俺を見つめて言った。


「だって河合くん、男の子と仲いい……でしょ?」


 「ね?」と、染めた頰をそのままに、花咲さんが首を傾けた。


 いや……、「ね?」と言われても困るんですが……。


 花咲さんが赤い両頬に手を当てて、クネクネと恥ずかしそうに体を揺らしながら言う。


「だって、だって河合くんっ。男の子とのスキンシップ多いでしょ? 特に雄飛くんとは特別っぽいし。でもね、私知っちゃったの。本命はリヒトくんなんだよね。一昨日は学校の近くで抱き合ってたし、昨日はこの公園でなんか仲よさそうにイチャイチャしてたし、あ、リヒトくんの名前はその時偶然聞いちゃったんだけど、私そんなの見ちゃって、それで今日そのリヒトくんと偶然会って、すごくびっくりして、こう言われたの。『財布を拾ったお礼に、何かさせてもらえませんか?』って。私、本当はあんなこと言うつもりじゃなかったのに。昨日、河合くんとリヒトくんのこと覗き――じゃなかった、見かけたあとだったから熱くなっちゃって、勢いが抑えられなくなって……、それでももう全部話しちゃおうって思ったの。そしたらすごくいいタイミングで河合くんが現れるから……」



「…………」



 えー、どうしたらいいんだこれ……。

 ていうか、花咲さんってこんな子だったんだな。知り合ってからは長いが、初めて知った。

 色々な意味で衝撃的すぎて、どう反応するべきか分からなかった。

 とりあえず分かったのは、一昨日と昨日に俺が感じた妙な視線は、彼女のものだったということだ。


「――だからねっ、私みたいに同性の子に興味がある河合くんなら、きっと理解してくれると思ってっ!」



「…………あー、うん、なるほど」



 花咲さんの熱に押されて、俺はつい頷いてしまった。

 隣のリヒトは「ねっ?」と花咲さんに前のめりで問われて「ぼ、ボクは、主のことは、大好きだぞ……?」と答えていた。オイオイオイやめろおまえ!!


 「やっぱり!」と、とても嬉しそうに頰を染める花咲さん。


 なんか話がどんどん拗れていっている気が……。


「あ、あのね、二人で一緒に暮らしてて、夜……とかっ、どんなことしてるか、聞いていい?」


「え? いや、ボクは主に世話になってる身なので、休眠を取るときは主に寝台を譲り、ボクは床で……」


「そのあと! そのあとは……?」


「そのあとはだな、主が眠りについたあとも、ヤツラの動きがないか神経を張り巡らせて――」


「あーッ!! 一旦お前は黙ってろ!」


 俺はリヒトの口を無理矢理塞ぐ。フゴフゴ言ってるリヒトを睨みつけて黙らせる。


 ていうか花咲さん……、なんで俺たちが一緒に住んでることまで知ってんだよ。まさか昨日俺らが帰宅するまで、ずっとどこかで見てたんじゃ……。


 怖いっ! なんか怖いんだけど!


 暴れるリヒトを抑えつけようと格闘していると、花咲さんが口元を手で覆って吹き出した。「ぶふッ、ちょ、ちょっと二人とも、こんなところで大胆だよぉ……!」とか言って悶えてる。興奮しすぎて鼻血を出しそうな感じだ。


 あぁ、花咲さんのイメージがどんどん崩れていく……。


「えー、花咲さん、一つ聞きたいんだけどさ」


「な、なに? 紅葉のこと? だったらなんでも話せるよ!」


「違う。そうじゃなくて、えーと、昨日の朝さ、校門の前に六芒……変なマークが現れて、ちょっとした騒ぎになってただろ?」


「あ、うん、六芒星だね。そうそう、いきなりあのマークが現れたから、私びっくりしちゃって」


 ドクンと心臓が跳ねる。この反応、やっぱり当たりだったのか……?

 俺に抑えられてもがいていたリヒトも大人しくなって、花咲さんの話に耳をすませた。


 すると、花咲さんはおもむろに自分の服に手をかけた。

 まさかここで脱ぐのか!?


 花咲さんは制服の胸元あたりの部分を引っ張って、もう片方の手を胸の中に突っ込む。

 しばらくゴソゴソと動かしたあと、ついに花咲さんは取り出した。一つのネックレスを。


「……えっと、それは」


「これね? 最近つけ始めたばかりなんだ」


 それは六芒星の形を模した透明の石がついたネックレスだった。


「なんかね、六芒星には願いを叶えるチカラがあって、恋を成就させるならこれしかないっ! って店員さんに勧められて、つい買っちゃったの」


 「えへへ」と花咲さんは照れたように笑う。

 

「……それだけ? 例えばそれが昔から馴染みのある形だから買ったとかじゃなくて?」


「うん、六芒星なんて言葉知ったのもこれを買った時だから、他にはなにもない……かな。この形、何か河合くんにとって特別なの?」


「……あーうん、そんな感じ……かもしれない」


「だったらこれを買ったお店教えようか?」


「い、いや、大丈夫……、です。はい」


「そう……、残念。あっ、でも興味があったら私に聞いてね? んーと、それですっかり忘れてたけど、河合くんにお願いしたいことがあるの。聞いてくれる?」


「はい、どうぞ」


「これからね? 時々でいいから、紅葉のことについて私の相談に乗って欲しいの。なんか不思議なの。河合くんになら何でも話せそう。いい……かな?」


 不安そうな表情で俺を見つめる花咲さん。


「もちろんいいよ! 何でも相談してくれ!」


「ほんとっ!? ありがとう河合くんっ、やっぱり河合くんっていい人だねっ」


「ははは……」


 もう色々とヤケクソだった。


 その後、相談という形で、花咲さんから紅葉のことについて色々聞かされた。

 彼女の話を聞いていると、本当に花咲さんが紅葉のことが好きなんだと分かった。時に熱狂的に花咲さんは、自分が紅葉のことが好きだという事、紅葉の良い所や可愛い所について語り続けた。

 きっと、長年彼女の胸の内に秘められていた気持ちが今、俺という存在ができたことで、爆発しているのだろう。

 まぁ、俺も紅葉と幼馴染として長年付き合ってきただけあって、彼女の話には頷ける部分も多かった。紅葉は少し融通が利かなかったり、一度怒ると強情になったりするきらいがあるが、基本的には良いやつなのだ。

 が、やはり、大半の時間に花咲さんに圧倒されたまま、紅葉への愛に溢れたトークを聞かされた。


 ここまで紅葉のことを愛している花咲さんなら、応援してあげたいと思った。


そして、完全に日が落ちたあたりで、「じゃあ、そろそろ帰るね、河合くん今日はありがとう」と花咲さんは言い、家に帰って行ったのだった。



「ごめんね……、河合くん」


 別れ際、そんな風に小さく呟いた百合の言葉は、実樹には届かなかった。

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