6.花咲さんと仲良くなろう大作戦
俺は授業後のHRが終わるや否や、席から立ち上がって、そそくさと教室を飛び出た。いかにも「用事があるから早く帰らなきゃっ」って感じで。
用事があるのは間違いじゃない。
『花咲さんと仲良くなろう大作戦』を決行しないといけない。そのためにはまずリヒトとの合流だ。
俺は昇降口にいち早く辿り着いて、靴を突っかけるようにしながら履いて校門を飛び出す。
ダダダッと俺以外の誰かが走る音が聞こえた。前方から。
――ゴウンッッ!!――
そしてぶつかった。
「づぁ!?」
「フゴォっ?!」
その声で分かる。リヒトだ。
おでことおでこで衝撃的(物理)な再会を果たした俺たちは、痛みに悶え、喘ぐ。
「いっ、てぇェェ……」
「だ、大丈夫か!?
「めちゃくちゃい痛い……」
しゃがみこんで額を抑える俺を、おでこを赤くしたリヒトが覗き込む。真っ白な肌をしているので、リヒトの額の赤みは相当目立っていた。
「てかっ! なんでお前が走って来るんだよ! 隠れてろって言ってただろ!」
「す、すまない主……、ちょっと色々あってな」
「何があったんだよ」
「あとで全部話そう。今はちゃんと撒いた……はずだから大丈夫だ。今は作戦に集中するぞ」
撒いた……? 誰かから逃げてたってことか?
まぁこの様子を見るに、大ごとでなさそうだから気にしなくていいか。
リヒトの言う通り、今は作戦だ。
俺とリヒトはギリギリ校門を観察できる物陰に隠れて、花咲さんが出て来るのを待つ。
「リヒトお前、ちゃんとやれるか? なんかすっげぇ心配なんだけど」
「案ずるな主、予習は完璧だ」
「いや、たしかにそうだったけど……」
昨夜、俺とリヒトは『花咲さんと仲良くなろう大作戦』の予行練習をしていた。
…………俺が花咲さん役で
しかしこいつの演技は中々だった。普段のボケているとしか思えない言動の面影は跡形もなく、俺が言った通りの完璧な役を演じ切ってみせた。
だが問題は、リヒトがアドリブに弱いということだ。
言われたことは完璧にこなすが、予想外のことになると普段のリヒトが出てくる。
だからなるべく多くのシチュエーションを予想して練習したのだが……、不安だ。
まぁヤバそうだったら俺がその場に割り込むつもりだが。知り合いであるリヒトを偶然見つけた、という体で。
そんなこんなしているうちに花咲さんがやって来た。
すぐさまリヒトが飛び出そうとしたが、それを予測してしていた俺はリヒトの襟を引っ掴んで止める。首が絞まったリヒトは「ぐぇっ」とカエルみたいに鳴いた。
「まだ早い、一人になるまで待とう」
このイケメンを多くの人目につけると間違いなく大騒ぎになる。
「……主、なんだかボクの扱いが雑になっている気がするが……」
「気にするな、ほら、あとをつけるぞ」
「うぅ、ボクは気にするぞ……」
◯
「じゃあねーっ」
「うん、また明日ね」
花咲さんが一緒に帰っていた友達と別れる。ようやく一人になってくれた。周りに人もいない。絶好のチャンスだ。
「よし主、行ってくるぞ」
「頑張れよ」
そうしてリヒトは、自然な足取りで物陰から出て行き、花咲さんよりも少し速いくらいのペースで進んでいく。
やがて花咲さんのすぐ隣を通り過ぎて、ポトリと後ろポケットから財布を落とした。
どこぞの騎士みたいな派手な格好は脱がして、俺の服を着せているので、リヒトの今の装いは、紺のポロシャツにジーンズというどこにでも居そうな若者の格好だった。
だというのに、アイツが着るだけでその服がどこかの高級ブランド品に見えてくるから不思議だ。
普通の服を着るとますますかっこいいなアイツ。
「あの、お財布落としましたよ?」
花咲さんは落ちた財布を見ると迷いなく拾い上げて、背後からリヒトに声をかける。振り返るリヒト。
「え? あぁ、すみません。気付きませんでした」
リヒトはとても自然な爽やか笑いを浮かべて、財布を受け取る。
「お前誰だよ」と突っ込みたくなる。実際に昨夜は突っ込んだ。
「ありがとうございます。本当に助かりました、あなたがすぐに拾ってくれて」
少し照れたような微笑みで、リヒトは頭に手を当てた。
演技と知っている俺でも勘違いしそうになるほどさりげない。
そんなリヒトを見上げて、花咲さんはポカンと口を開けていた。
仕方ないことだろう。男の俺でも、リヒトを最初に見たときは衝撃を受けた。
アイツはただのイケメンではないのだ。なんというか容姿が完璧なだけではなく、まとう雰囲気そのものがイケメンなのだ。
それにはあの花咲さんであっても、例外なく見惚れてしまっている様子。
ぼーっとリヒトを見つめたまま、固まってしまっている。
まるで誘蛾灯に吸い寄せられる虫のように、彼女はふらりとリヒトに一歩近寄った。
「あ、あの……、一つお聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでも聞いてください。財布を拾ってもらったお礼もしたいですし」
「あの……っ! 私――――」
「――――せーんぱいっ!」
「うわぁおおああッ!!?!?」
ドンっと誰がが俺の背中に飛び乗ってきた。
俺の首に手を回して、耳元で彼女がささやく。
「先輩も覗き見なんて趣味が悪いですねーっ、あれって先輩と同じクラスの人ですよね……?」
ゾワゾワッとむず痒いものが身体を駆け巡る。
「どーゆー関係なんですか? あっ、もしかして好き……とか?」
クスクスと笑って、からかうような口調で、後輩のさくらが言った、耳元で。俺はさくらを背負うような形になっていた。体が密着している。女の子のやわらかさを感じる。
「ち、違うって! ていうかくっつくな! 近いんだよ!」
「ふふっ、ごめんなさーい。あんまりにも面白そうな場面だったから、つい」
パッとさくらは俺から離れて、今度は俺の正面に回る。
後ろに手を組んで、上目遣いで、覗き込むように俺を見つめる。
クリーム色の、少しウェーブのかかった髪の毛、素の素材を引き立てる自然なメイクと、さりげなく着崩した制服。スカートの丈も、ギリギリ注意を受けない程度の短さに調節されていた。
明らかに狙ってやっている。これで告白してきた男をアッサリ振るのだから、ある意味花咲さんよりタチが悪い。聞けばさくらは色んな男子にちょっかいをかけて仲良くしていながら、一切本気になる気配を見せないらしい。本当にタチの悪い少女である。
「……えーと、怒りました?」
「まぁ怒るよ、いきなりはやめてくれ。心臓とか色々身体に悪いから」
特にボディタッチとかな。さくらは慣れているとしても、俺に免疫はない。
「すみません。まぁ隙があったらまたやるんですけどね」
「お前はほんとに……」
ここでハッキリ拒絶できない俺も悪いのだろうが……。
――って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
リヒトと花咲さんはどうなった?
俺はさくらを押しのけるようにして、覗きを再開する。
「むぅ……、わたしよりそっちの方が気になりますか……」
さくらは不満そうに呟いて、俺の隣にやってくる。彼女も覗きに参加するようだ。
「わっ、先輩先輩っ、なんですかあのイケメン。ちょっとカッコよすぎません!?」
「……ん? ――え?」
なんだアレは。どうしてああなった。この短い間に何があったんだ……?
俺は混乱する。明らかに予想とはかけ離れた光景がそこにあったからだ。
「ひゃー、あの女の人、グイグイ行きますねー。まぁあんな美少年なんて滅多にいないですし、気持ちは分かりますけど」
なんとあの花咲さんが、リヒトの手を握って、熱のこもった視線で彼を見つめていた。遠くからではハッキリとしないが、心なし息も荒れて興奮しているような気さえしてくる。
「――お願いします!」
ここまで強い口調で言葉を発する花咲さんは、初めて見た。
「え、いや、ボクはだな、その……決してそういうつもりでは……」
昨日の想定になかった展開のせいか、リヒトもすっかりボロが出て、素が出ている。タジタジだった。
何が起こってる?
確かに俺は、リヒトと花咲さんを仲良くさせようと意図していたが、ここまで急に発展するなんて……。
いくらリヒトが超イケメンだと言ってもしても、どこか不自然だ。
ここは俺が飛び込むしかない。目を離したあの一瞬に何があったかは謎だが、リヒト一人に任せては置けない。
「あ、ちょっと先輩っ。あんまりああいう場面に邪魔はしない方が……」
さくらの制止も無視して、俺は二人の元に近寄っていく。
「どうなっても知りませんよー」
「あっ、主ぃっ!」
俺を見つけたリヒトが情けない声を出す。イケメンも台無し……と言うわけでなく、これはこれでありな気がする。もちろん女子目線で見た場合だが。
「あっ、河合くん。河合くんの方から来てくれるなんてっ」
俺を見た花咲さんがパッと目を輝かせる。その頰は紅潮している。
なぜ俺にそんな目を向けるんだ。
違和感が膨れ上がる。
タッと俺の前に立った花咲さんは、ガシッと俺の両手を取って握りしめた。
「えぇぇ!??」
「河合くんっ。私ね、ずっと前から河合くんにお願いしたいことがあったの」
「お、俺ですかっ?」
「うん、そうなの」
ま、待てっ、そういう心の準備はしてないんだけども!? まさか花咲さんの本命って……っ。
グイグイと顔を近づけてくる花咲さんに押されて、俺はあっさりと壁際に追い込まれる。
ちょ、顔が近い……っ!
顔が熱くなって、俺は視線を逸らす。逸らしたその視線が、物陰からこちらを見ているさくらとぶつかった。
「…………」
「…………」
さくらは気まずそうな顔でどうするべきか迷うように視線を巡らせた後「じゃあまた会いましょう」とでも言うように、ニコッといい笑顔で手を振って、その場を去って行った。
おいぃっ、こう言う場面に一番慣れてそうなくせに!
「私ね、リヒトくんと河合くんのお陰で決心がついたの」
「ぼ、ボクの名前まで把握済みなのか!?」
リヒトが隣で悲鳴に近い驚きの声を上げる。
俺とリヒトのお陰だって……? 俺は冷静さを取り戻す。少なくとも告白の雰囲気ではない。
「ごめん花咲さん、一旦落ち着かせてくれ。何の話をしているのか、整理させてもらってもいい?」
「あっ、そうだよね。ごめん、私、自分の都合だけしか考えてなくて……」
恥じらうように身を引いて、花咲さんは胸元をぎゅぅっと手で押さえ込んだ。
「あのね、私……」
頰を赤らめた花咲さんが、震える唇でなにかを口にしようとする。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「わ、私、ね……――、」
「――」
「あ、やっぱり長くなりそうだから、公園に行って話してもいい?」
「ど、どうぞ」
緊張の糸が予想外の切り方をされて、ずっこけそうになった。
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