5.透けブラと六芒星
謎仮面からの襲撃にあった翌日、俺は朝誰よりも早くから学校に来ていた。
秘策を実行するためだ。
その秘策とは、校門の前の地面に巨大な六芒星を描き、登校してしてくる生徒、先生のそれを見た反応を確かめることだ。
手がかりが、背中に六芒星の痣があることと、この高校に魔王がいるということしかない以上、この作戦はなかなか上等なんじゃないだろうか。
思いついた俺を褒めてやりたい。リヒトは褒めてくれた。嬉しくはなかった。
描いた六芒星は、ちゃんと消えないようにしてある。具体的に言えば、昨日の夜、リヒトの魔法で刻ませた。
学校の前でコソコソと怪しい動きをしている俺たちを警察が発見し、ちょっとした追いかけっこに発展したのは秘密である。最後、リヒトが俺を担いで逃げてくれなかったら捕獲されていた。
その時のことだが、俺は奇妙な人影を見かけたのだ。
コソコソと物陰から俺たちの方を覗くような影が。
あれは丁度、体力の限界に達した俺をリヒトが担ぎ上げる時だった。
「うーん……」
「なんだ主、まだ昨日のことを気にしているのか」
「いや、でもたしかに人影を見たんだよ。かなり怪しかった」
「大丈夫だ、特に妙な気配は感じなかったといっただろう? きっとただの通行人だったのだ。勇者のボクがいうことだ、信用できる」
自分で信用できるとかいうんじゃねぇよ。
でもまぁ、こいつがここまで断言するんだから、気にしなくていいか。
◯
俺は屋上から、双眼鏡を使って校門のあたりを観察する。隣ではリヒトが直接、その方向を眺めていた。
ファンタジー世界の勇者であるリヒトには、裸眼でもくっきりと校門の辺りが見えているらしかった。ぶっちゃけ双眼鏡を使ってる俺より細かく見えてるっぽい。
「なかなか人が来ないな、主」
「相当早い時間だからな。でもまぁ、そろそろ誰か来るんじゃねぇか?」
「なんだか
「お 前 が い う な!」
「痛い、頰を引っ張るのはやめてくれ主! あ、主っ、誰かやってきたぞ!」
やってきたのは朝練に来た運動の集団だった。手に持っているバッグの不思議な形を見るに、おそらくテニス部だ。
運動部ってこんな朝から練習してんのか……。すげぇな。
しかも俺のように一日だけではなく、きっと毎日来ているだろう。ほんと凄い。俺には真似できん。
彼らは少しに気になったように六芒星を見ていったが、普通に通り過ぎていく。怪しくはない。
背中なんて一人ではなかなか見づらい箇所だが、六芒星なんて稀有な痣が背中にあったら流石に自覚はしているだろう。気付いていないとしたら相当な間抜けだ。
『六芒星』。それはヘキサグラムや、星型六角形とも呼ばれている特別な形だ。ちょうど三角形と逆三角形を重ね合わせたような形をしている。
昨日ネットで調べたことだが、六芒星には様々な意味合いが込められているらしい。
なんでも上向きの正三角形が能動的原理を表し、下向きの正三角形が受動的原理を表しており、その二つの三角形は陰と陽、光と闇、創造と破壊、善と悪、火と水、男性性と女性性のように、相対するエネルギーの象徴している。
それ故、運命を引き寄せる為の占いや、願いを叶える為の祈りのマークなどによく用いられているらしい。
リヒトの話だと、ソレは割とハッキリとした形らしいし、絶対に反応は出るはずだ。
次に現れたのは教師だった。名前は知らないが、よく校内で見かける人だ。
「む、六芒星を消そうとしているようだな」
その先生は、校門の前に描かれた六芒星を生徒のイタズラかなにかと思ったのか、ゲシゲシと靴で擦って消そうとしていた。
もちろん消えない。消えないようにしたから(リヒトが)。
しばらくその先生は地面の六芒星と格闘していたが、全く消えないことを悟ると、ゼェゼェと肩で息をしながら校門を抜けて校舎の方へ向かった。
なんか、すみません。でもこれはもう一つの世界を救う為なんです(たぶん)。
その後もいろんな人が通り過ぎていったが、目立った反応をする者はいなかった。
「眠いぞ、主……ねむい」
隣でリヒトがあくびをする。俺だって眠いんだから我慢しろよ!
うーん、やっぱりそう簡単にはいかないか。自分の体に痣と同じマークが突然学校の前に現れたら何かしらアクションがあると思ったんだけどなぁ……。
いや、まだ登校時間は三十分以上ある。とりあえずギリギリまで粘ってみよう。
と、そう思った時だった。
「主っ! なんか怪しいヤツがいるぞ!」
俺も気付いていた。俺が覗く双眼鏡のその先で、立ち止まってジッと六芒星を見つめている生徒がいたのだ。
あれは……、花咲さんか?
同じクラスの花咲さんだ。
仕草や雰囲気はお淑やかなのに、明るい性格で、誰とでも分け隔てなく接する。
その上、小柄で、容姿も可愛らしく、眺めていると庇護欲が掻き立てられる。
そんな女の子だ。まさに男子の理想。
故に男子のファンがとても多い。告白するものも多い。だが、その尽くが断られている。断る際のセリフはいつも『ごめんなさい、私好きな人がいるから』。
断るための方便だと多くの男が思っている。理由は『だって、彼女の本命が分からないんだもんんんん!!! ほんと誰なんだよぉぉおおおおお!!!』ということらしい。
俺と同じ小学校、中学校出身で、紅葉とかなり仲が良い。だから俺も彼女と知り合って長く、それなりに会話する機会がある。
そんな彼女が妙に真面目な顔になって、ぎゅっと片手で胸元を抑えて、六芒星を見つめている。
『何かある』のは間違いなかった。
実際に彼女がそこ立ち止まっていたのは十数秒ほどだったが、それは間違いない。
「主、いくぞ」
「おい待て待て待て!」
屋上から飛び降りようとしたリヒトの脚を払って転ばせる。
「あ、主……、苦しいぞ……っ!?」
そして押し倒すように屋上の硬い地面にリヒトを押し付けた。
「アホかお前は! 今何しようとした」
「ここから降りて、あの
「――アホか!」
◯
「昨日はちょっと涼しくなったと思ったのにな……」
昨日遠慮していた分なのか、今日の太陽は最近の中で一番主張が強かった。つまり暑い。
まぁ仕方ないのかもしれない。
今は六月の半ば。もう春の気配はかけらもない。
じっとりと吹き出る汗に嫌気して、俺はシャツをつまんでパタパタと空気を入れるように動かす。
現在は昼休み。俺は学食で調達した惣菜パンを片手に、壁に背中を預けながら(俺の席は壁際にある)彼女のことを観察していた。
彼女とはそう、今朝、六芒星に他とは違う反応を示していた花咲さんのことである。
ちなみに隣の席の天使、相河さんは、クラスメイトの女子に誘われてどこかに行ったので今はいない。
さて、どうすっかなぁ……。
俺はシミュレーションする。さりげなく花咲さんの背中を確認する。その方法を。
『ねぇねぇ花咲さん、ちょっと背中見せてくれないかな。あぁ、いや服の上からじゃなくて、中身だよ』
――変態である。紛れもない変態である。全然さりげなくねぇよ。
しかし今朝それを決行しようとした
全力で引き止めた。
そして俺の家に追い返した。その際に「俺がなんとかするから」と言ってしまった。
どうにかするしかない。あのバカが痺れを切らす前に。
そのうち、俺はとんでもないことに気がついた。
ここのところ暑い気候が続いている。そう、暑いのだ。ジトジトする気候なのだ。
六月のくせに今年は全然雨が降らないのが、主な原因だと思う。
そして暑いとどうなる? 服が薄着になる訳だ。この俺のように。
つまり――背中が透けるのだ。
“透けブラ”を見て閃いた。電撃のような何かが俺の脳内を駆け抜けた。やましい気持ちは一切ないと予め断っておこう(ほんとだよ?)。これは世界を救うためである。
俺の瞳が自然と細くなる。く……っ、やはり遠いな。色付き透けブラならともかく、背中の痣を視認するレベルとなると相当近くまで寄らなくてはならない。それこそ怪しまれるレベルまで。
「どこ見てんだよ、実樹」
「うおわっ、っとっと、ぉっ!」
突然声をかけられて、俺は大切なお昼を取り落としそうになる。
見ると、ニヤニヤした笑みを浮かべる悪友の
チッ、ばれたか? 俺が透けブラ――じゃなかった、透け背中を狙っていることが。言いふらされたら面倒なことに……。
雄飛はニヤニヤ笑いをたたえたまま、俺の首に腕を回してくる。
暑苦しい……っ。この暑い時期に密着するのはやめてほしい。
その時、チラッと花咲さんが俺の方を見た。
ドキッとする。まさか……見ていることがバレたか?
俺は慌てて視線を逸らした。そんな俺の様子を見て、ますます面白がるような笑みを漏らして、雄飛が耳元で囁いた。
「なんだお前、花咲さんのことが好きなのか?」
「あ、そっちか」
「お? なんだ図星か? ん?」
「暑苦しいんだよお前は……っ! あと顔が近い!」
グイグイと雄飛を押しやって、彼から距離を取る。
「まぁまぁ恥ずかしがるなって、花咲さんに惚れる気持ちはわかる。可愛いもんな」
う、うぜぇ。まず人の話を聞いてくれ。
「でも意外だな、お前の本命は
秋風というのは紅葉の苗字だ。
それを聞いた俺は言いようのない複雑な感情に襲われる。
昨日のことで、彼女の少し気まずくなってしまったことが原因じゃない。リヒトが紅葉のことを俺の未来の妻と言っていたことが気になって仕方ないのだ。
「…………」
黙りこくった俺に、雄飛は妙な勘違いをしたようで、
「まぁ安心しろ、秋風には黙っておいてやるから」
まぁできれば黙っていてほしいけど。てか俺花咲さんのこと狙ってるわけじゃないからな!?
「いや、違うんだってば、これには深い事情がある」
割とマジで面倒な事情が。
「どんな事情だよ」
「え、えー、と、世界……を救う……ための?」
「は? 何言ってんだお前」
ごもっともな意見だ。
「でも勇気あるなお前、花咲さんに恋する男はそれが叶わぬ恋と知りながら恋しなければならないんだぞ」
アイドルに恋する男みたいになってんだな。
しかしながら、俺が花咲さんに恋をしているしていないの事実はよそに置いておくとして、何にせよ彼女と近づきたいのは本当だ。
そうすれば透けブラ――じゃなくて、背中の痣を確認できる可能性が上がる。
ふと、俺は何気なく雄飛のシャツをめくった。
腰に裾を入れてなかった上、それ一枚だけしか着ていなかったので、直ぐに素肌が現れる。
うーん、六芒星はない……か。
「なにやってんだ……実樹お前」
本当に『なにやってんだ』というような目で俺を見る雄飛。
男ならこれだけで済むんだけどなぁ……。
一応、こいつにも意見を求めてみるか。俺は摘んでいた雄飛のシャツを離して口を開く。
「なぁ雄飛、一つ聞いていいか?」
「おう、なんでも聞いてみろ」
「女の子の素肌をじっくり観察するためには、どうすればいいと思う?」
「そりゃぁお前、混浴……はちょっと厳しいかもしらんが、プールに行けばそんなもん見放題だろ」
「その手があったか!! さすが雄飛だ!」
プール! そうか、プールに行けば自然に見れるんじゃねぇか。
興奮して、思わず雄飛の手を握ってしまった。
突然大声を出した俺に、教室にいた皆の視線が集まったが、興奮していた俺はそんなこと気にしなかった。
◯
プール。確かにプールというのは革新的なアイデアだ。
だが冷静に考えると、三つほど問題点が発覚した。
一つ目が、今はいくら暑いと言っても六月の半ば。プール開きには少し早い。実際に調べたところ、この辺りでこの時期にプールを開いているところはなかった。
まぁでも少し経てば、入れるようになる。
これはあまり大きな問題とは言えない。
本当に問題なのは、次の二つ。
女の子の背中を全体的に視認するには、それこそビキニのような大胆な水着を着てもらわないといけない。
そして何より、俺が件の花咲さんをプールに誘わなければならないということだ。
これはかなりハードルが高い。
「うーむ、割と現実的なアイデアだとは思うんだが……」
どこか近場でプールをやっているところはないかとパソコンで検索していた俺は、画面を眺めながら唸る。
「どうした主、今度は何を調べるのだ?」
異世界の勇者様はパソコンに興味津々です。
「それにしても凄いな、『いんたーねっと』というものは。この小さな薄い板に此の世界中の情報が詰まっているのだろ?」
正確には違うが、説明が面倒くさいのでそういうことにしている。
「あぁ、うるさいっ! 邪魔をするんじゃないっ、お前のために色々調べてんだぞっ。猫かお前は!」
祖父母の家に住むペットの猫を思い出す。祖父母に飼われている猫はこうしてパソコンをいじっていると構って欲しくてキーボードに座り込む。本とか読んでても顔の上に乗ってくる。
まぁそんなところがかわいいんだけど。
「お前は可愛くないんだよ……!」
俺の横から割り込むように画面を覗き込むリヒトをグイグイと外に押しやる。
「ちょ、ちょっとくらいいいではないか……っ、
「抵抗すんな!」
ドンッ! とその時、壁が鳴った。
「ひィッ!」
「は、母殿、怖いぞ……」
「だからあいつを母殿って呼ぶのはやめろよ……いや、これはホントマジで」
一気に大人しくなる俺とリヒト。お隣の紅葉さんがお怒りだった。
リヒトはその場に正座し、俺は紅葉の部屋がある方の壁から限界まで遠ざかる。
リヒトは正座のまま、壁に向かって深々と頭を下げて「騒がしくして済まなかった! 母殿!」と謝っていた。うるさい。
「いいからお前は黙ってろ……ッ」
抑えた声でそう言って、俺はリヒトの顔面を床に押し付けた。
「あ、主、こ、このゆか、硬いぞ……」
「床が硬いのは当たり前だバカ」
それにしてもこいつは本当にイケメンだな。
どんな体勢、どんな仕草をしていてもイケメンなのだ。嫉妬すら湧かない。
別に俺は女じゃないが、もしこんな奴が外で歩いていたら視線を奪われるだろう。男女関係なく、きっとそうなる。
「もしこんな奴に声かけられなら、女の子は舞い上がるよな」
もし俺が外を歩いている時、こいつレベル、例えば相河さんのような美少女に声をかけられたら舞い上がる。それは絶対である。
そこで俺は一つの作戦を思い付いた。
「おいリヒト」
「どうした主」
「お前、演技は得意か……?」
得意かとは聞いてみたものの、全く期待はできない。が、やってもらうしかない。
これも世界を救うためだ。
……ていうかなんで、俺が仕切ってるんだろうな。
◯
名付けて『花咲さんと仲良くなろう大作戦』と内容は次のようだ。
まず学校の帰り道、花咲さんと美少年リヒトをすれ違わせる。
その間際、リヒトは財布を落とすわけだ。あの花咲さんなら間違いなく拾う。
そこからはリヒトに頑張ってもらうしかないが、会話を繋いで仲良くなる訳だ。あの異次元の美少年なら、そう難しいことではない……はずだ、と思う。
しかし一つの懸念が、花咲さんが本当に揺らいでくれるのか、ということだ。
数々の男たちをノータイムで振り続けてきたらしい花咲さんは、決して一筋縄ではいかないだろう。
正直なところ、こんな風に彼女の心を弄ぶようなことをするのは、胸が痛む。
だけれどもう割り切るしかない。いちいちそんなことを考えていては、何もできない。
リヒトと花咲さんが仲良くなった後は簡単だ。彼女はリヒトのことが気になるはずだ、多分、きっと、そう信じよう。
それからは俺とリヒトが知り合いだと明かせば、それをキッカケに俺も彼女と仲良くなれる。
そしてタイミングを見計らってプールに誘う。もちろんリヒトを餌にして。
……自分で言っててかなり無理があるような作戦な気がしないでもないが、ほかにやりようがないので仕方ない。
やるしかない。
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