塔の外:何も言う必要はないのだ。

 真の愛は終わることがない、と思っていた。

 彼への愛はウソじゃないと証したかった。現在の感情が混乱しているだけで、すべての思い出は偽物ではないと証明できるかのように考えていた。どうにか時間が辻褄を合わせてくれる、と。


「考える時間をもらえる?」と自分は訊いた。

「もちろん」と彼は微笑んだ。


 こちらの気持ちが変わるだろうという期待を込めて彼が微笑んだのだと思うと、自分の胸は張り裂けそうだった。その期待は泡沫のような可能性だった。


「一ヶ月後にまた会って、そのときに気持を伝えていい?」

「もちろん。じゃあ十四時に駅でどうだろう」、と彼は言った。「いつもみたいに」

「いつもみたいに」、と自分もうなずいた。


 けれど時間は物事を悪化させた。

 日に日に安心と解放感が増した。たぶん、彼と彼の優しさに向き合わなくてもよくなかったから。彼の気持ちに応えられない事実に向き合わなくてもよくなったから。

 彼に関する記憶のかけらを、少しずつ頭の中から削り落としていた。


 最終選考が三月九日の十四時に指定されたとき、自分はさらに安心した。その日その時間は、我々の取り決めた日時と同じだった。


 彼と向き合わないで、面接に行くだけでいい。自分がかつて愛し二年の間いっしょにいた人を無碍に無碍に待たせて、ため息をつかせて、背を向けて家に帰り、無言の拒否をつきつけている間に、自分は一生のうちで一時間程度しか顔を合わせることがない面接官の前で自分を取り繕うことに勤しむことだってできる。

 何も言う必要はないのだ。

 彼に何も言わなくていい。

 言葉なしで終わらせられる……。

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