逃げろ!

「行って!」と暗闇に向かって怒鳴る。「行って!」

 見えざる襲撃者は自分の上にいる。

 身をよじっても抜け出せない。

 腕で頭をガードすると腕に何か鋭いものが刺さって爆発するような痛みが頭をかけめぐり、そのたびに叫ぶ。

 攻撃が見えない。

 武器も見えない。

 何も見えない。

「行くべきだ」、遠くで老いた男の声が聞こえる。「この暗さじゃあ誰も助けられんよ」

「でも……」とインチキ哲学者。

「少年、何を待っている。行くぞ!」

「逃げるわけにはいかないんだ」

「何を言っているんだ! 自分の身は自分で守るしかないんだぞ!」

 腕に開いた穴を感じる。皮膚にいくつも穴が開いて、血が吹き出しているのだ。痛くていたくていたい。腕を下げることはできない、なぜならそうすれば目がえぐられて喉を突き刺されて殺されるから――

「嫌だ!」

 そう吠えたのはインチキ哲学者だった。

 鎖の音が響き渡る。

 そして刺突が止まる。自分を抑え込んでいた襲撃者がよろめいた隙に這い出る。ところがインチキ哲学者はついてこなかった。

 今度は、見えざる襲撃者とインチキ哲学者がもみ合う声と音が聞こえる。

「なんて阿呆だ」と老いた男がつぶやく。

「逃げろ!」とインチキ哲学者が背後で言う。

「でも――」

「行けって」

 自分は手に引っ張られ、上っていった。

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