じゅうぶん差し出したからだ。
「なに?」と彼は心底疑問をもって訊く。「腹をすかせて死にたいの?」
彼はピザのスライスのようにそれを渡そうとしてくる。しかしそれはピザのスライスではない。人の前腕だ。
「試してみなよ。悪くないよ」
空腹で目覚めた。胃袋は食べ物を求めて叫んでいた。
しかしここにあるのは人肉だけだ。
最悪の朝だ。
彼は肉の一部を食いちぎる。よく噛んで飲み込み、それを繰り返す。まるでチキンレッグでも食うかのように。でも彼は、死人の前腕を食っているのだ。
「じゃあ教えてよ。外の人々は何を食べるのさ」
「人以外のもの」
彼は眉をしかめる。「たとえば?」
「たとえばスパゲティとか、寿司とか、ハンバーガーとか……」、しかし彼は困惑の表情を深めるので、あきらめる。「とにかく――我々は人を食べたりしない」
「へえ」、と彼はまた肉をひとかけ食べる。「なかなか信じられないね」
自分は鼻で笑う。
下からかすかな音が近づいてくるのが聞こえる。
助けを求めるように、インチキ哲学者を見る。
彼は肩をすくめる。「ここで待とう」
「は? 彼等に殺されるかもしれないんだよ!」
「心配しなくて大丈夫だって。音からして男一人だから、こちらの方が有利だ。それに……」と言い、彼はこちらの腰のあたりを指さす。「君も丸腰じゃないよね?」
彼をじっと見る。(自分の武器を知られているのか?)
「なに、気づかないと思ったの?」
「まあ……」
「残念でした」と彼は言う。「僕は狩人だ。いろいろなことを見抜くのが仕事だからね」
数分後、人影がひとつ下の階に現れた。老いた男だ。一段一段と上るたびに、禿げた頭を揺らす。彼は頭蓋骨をふたつ引きずっているが、遺体はひとつもない。
「やあ」、とインチキ哲学者は下に向かって言う。「あまり食べるものがないみたいだね」
男は突然のあいさつにぎょっと上を向くと、首を振った。「ここで待つ。先に行きな」
「心配しなくていいさ、僕たちは荒くれ者じゃない。食べるものも十分にある」
「ここで待つ」
「僕たちもここに少しとどまるかもしれない」
「ならわしもここで待つしかあるまい」
「でもそうしたら、《彼等たち》が追いついてしまうね?」
「そしてわしも君も始末される」
「僕はただ、あなたがどうして資源と右腕をなくしたか知りたいだけなんだ」
え、とインチキ哲学者のほうを見る。右腕をなくした?
「《彼等たち》だ」と老いた男は言う。「助かったのは僥倖だった」
「どうして殺されなかったの……?」と自分は問う。
「じゅうぶん差し出したからだ」
「渡したのは何体?」、とインチキ哲学者。
「七」
インチキ哲学者は、感心したようにうなずく。「あなたは狩人?」
「ああ。追放されたが」
「当ててみていい? あなたは仲間を四、五人殺したね?」
「多かれ少なかれ」
身震いする。
しかし、自分だってインチキ哲学者を殺すことになるかもしれない。
「心配するな」と男は言う。「変なことはもうしない。もうたくさんだ」
「で、くれた情報と引き換えに何が欲しい?」
男は微笑む。「そうだな……」
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