塔の外:自分はもう、彼のことが好きではなかった。

 五十社の選考を受けてもなお、自分には内定がひとつもなかった。多忙のせいで、卒論にも手をつけられていなかった。不安のせいで毎日三時間しか寝られず、食欲不振でほとんど食べられなかった。そうして少しずつ、特定の感情が腐食して消えていった。そのうちの一つが好意だった。

 彼とは毎週、大学のキャンパスで会っていた。けれど会社説明会や面接やインターンや何やらで、その頃には会う頻度が三週間に一回、よくて二週間に一回程度だった。

「桜を見に行かない?」と彼は言った。「たまには就活のことを忘れよう」

 お互いと会える、稀な機会だった。

「いいアイディアだね」と嘘をついた。

 彼の笑顔を見た時、

「そうしたら五日はどうだろう?」と彼は訊いた。

 自分は思い知った。

「ちょっと予定を見させて……。その日は空いてる」

 自分はもう、彼のことが好きではなかった。

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