上がるものは必ず下がる。

「どうして?」

「人糞と小便がかかるから」

「どういうこと?」

「とにかく夜は手すりから離れること」と彼は天に向かって指をさす。「自然の法則さ。上がるものは必ず下がる」

 そこで自分の膀胱が自らの存在を主張し始める。便所を強く強く求めている――しかしそんなものはまだ一度も見ていない。

「慣用句の使い方、あっていないと思う」

「いや、僕は文字通りの意味で言ったんだ」と彼はにやける。「闇は人を隠す。そして人が恥を失った時に何が起こるかは……わかるよね?」

「トイレはここにはないよね」、なんてアホらしい質問だろうと自分でも思う。

「トイレ!」と彼は叫ぶ。「君が話していたもうひとつの世界ではあったんだね?」

「うん」

「つまり排泄のためだけの空間があるわけだ」

「うん」

「《彼等たち》の中でそんな噂はたくさん聞いた。この塔の外にあるらしいね。本当だったんだ」

 彼は「トイレなるもの」に興味津々だったので、形状や使い方や仕組みを説明してあげた。否、しようとした。ところが、自分はトイレについて意外と無知だった。

「どうしてわからないの? 毎日使っていたんでしょ」

 スマホが恋しくなる。すぐにググれたはずだ、《トイレの仕組み》と。

 壁の隙間から滑り込んでくる陽光も少しずつ薄れていく。

 暗闇の時間がまた始まるのだ。

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