君のことをランチにするところだったよ

「来たのが僕で良かったね」と彼は言う。「もし僕が荒くれ者だったら、君のことをすぐにランチにするところだったよ。わかってる?」

 うん、と自分は言った。「ありがとう」

 そう話しながら、陽の光――だと思う――が壁の隙間から差し込んでくる。そうして塔の中や自分の目や彼の顔をうすく照らす。

 彼は若い。長いまつげに透き通った黒い瞳。目尻には、目立つ傷跡がある。


 で、と彼は切り出す。「起きたらここにいたわけかい?」

 そうだ、と自分は言う。

 彼は可笑しそうに目を細める。「つまり、ここがどこなのかもわからないわけかい?」

「塔の中に閉じ込められていることはわかる」

 降参するように、彼は両手をあげる。「誰もがそうだね」

 振り返って見ると、そう遠くないところに奇妙なものがあった——ふたつの頭蓋骨と、横になっている人。

「えっ……?」

 おそるおそる近づいてみる。彼の目は閉じられている。彼の腕は、あるはずの肉がところどころ欠けていて、骨が露出している。肌は青白い。まったく健康的ではない。頬を触る。ひんやりと冷たい。――そして彼には右足がない。

 小さく叫んでしまう。「いったい何が――」

 そこで彼は背後で笑う。「どうやら君は本気みたいだね」

「どういうこと?」

「君が起きたら、知らぬ間にここにいたっていう話。ほんとうみたいだね」

 周りを見回してみる。頭の中で思い浮かべていた風景とだいたい一致している。


 ・自分を取り囲む黒くて高い石壁。

 ・階段の外縁をなぞる錆びた欄干。

 ・壁や床を汚す、ときどきの血痕。

 ・塔の中央の空洞。下に待つ深淵。


 はるか頭上の光を見上げる。

「……ここはどうやって出るの? どうやってここに来たの? あなたはどうやってここに?」、響き渡る声は、自分のものではないみたいだった。

「まあまあまあ」

 彼はにやりと笑い、目の端にある疵を掻く。「ひとまず……出るためには、おそらく上に行けばいい。おそらくね。正直、僕にもよくわからない」

「なんでよくわからないの?」

「自分で確かめたことがないから」

「じゃあどうやってこの塔に辿り着いたの?」

「知らないよ、自分のお母さんに訊いてみたら?」と彼に言われ、僕の背後を指差す。「でも本当の話、どうやってこの世界に辿り着いたのかなんて、いったい誰が知っているんだろうね」

(哲学する時間じゃないんだぞ)と頭の中で歯ぎしりする。

 彼はにこりと笑う。「すこし登ろう」

「ねえ、ここはいったいどこなんだ?」

 インチキ哲学者には五つの頭蓋骨と二つの遺体がつながっている。頂上を未だ渇望しているかのように、上を向いて。

 そしてインチキ哲学者の目が見えた。冷静な、確信に満ちた、やさしい双眸。

「大丈夫?」と肩に手を乗せられる。

 頭を横に振る。

(ああ、もちろん)、と頭の中で言う。(死人に繋がれ、謎の塔の中に閉じ込められている。もちろん大丈夫にきまっているじゃないか)

 ――そこでよくわからない物音が、下の方から聞こえた。

「おっと……」と彼は言う。「《彼等たち》だ。逃げなきゃだね」

「カレラタチ……?」

 彼は上に向かう階段にジェスチャーする。「お先にどうぞ」

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