第1話

 季節も春の暖かい陽気に恵まれ入学式を迎えた朝は、着慣れないブレザーの制服は少し大きめで、早く制服にあう体格に成長したいと思いながらも中学校に向かう足は軽い。


 自宅から学校へは徒歩10分の距離にあり、すぐに到着してしまい運動不足を解消するには物足りなく思えた。


 中学校の目の前は私鉄のローカル線が通り、学校の校門の前が駅という何と立地条件のよい場所である。


 駅に到着する電車から降りる女子中学生のブレザーも男子と同じような基調の色で統一されているのでしきさいが単調に見えるのだが、女子のブレザーの特徴である胸元のリボンの色が新入学生か上級生かを区別している為に、そこだけ目立っていた。


 一年生は青色、二年生は赤色、三年生は緑色で、3月に卒業した三年生が使用していた青色が一年生のリボンの色になり、周囲には一目瞭然である。女子だけ学年を区別をするような特徴をなぜ使用するのか、制服を提供する業者の仕業か、制服をデザインしたデザイナーのこだわりか、その制服を採用した学校の先生達の思惑か、知る術はないが、その内、機会があれば聞いてやろうと考えてはいた。


 学校に到着すると同じ小学校の出身者が大半をしめていることもあり、再会する友人も顔見知りが多く、新たな学び舎に不安を抱えるほど戸惑いは少ない。


 ショックだったのが、初めて一学年いちがくねんが2クラスに増えた為、クラス分けが必要になったことで、小学校から好きだった女の子と別のクラスになってしまった。比較的に仲の良かった親友の二人とは同じクラスメートなのが安心材料である。


 クラスの名簿が公表してある掲示板をみて、自分のクラスに入っていった。


「グットモーニング!」


 教室中に大きな声が響き渡ったと思うと同時に教卓きようたくの前に登場した大人の女性。知永・エフ・メースンとハーフぽい名前の先生が、これから1年間の俺らの担任である。


 一見した年齢は三十路を越えた中堅若手の教師風ではあったが、自分から26歳となのり、独身であることを強調、両親が日本人の母と、スウェーデン人の父で、ハーフであることを説明し、担当教科は勿論、英語であることをさりげなく話して、軽く今日のスケジュールを説明した。


「これから体育館で入学式を行ないます。5分後には、移動します。OK?」


 透き通ったいろじろの肌をした美人の女教師である。


 髪は金髪で、胸の膨らみにかかる長さの縦ロール状のゴージャスな感じの髪型だ。はっきりとした大きなブルー色の瞳、シャープでとがった顎のライン、あまり強調し過ぎない程度のピンクの口紅、手入れがととのったまゆ、小高くとがった鼻筋、それぞれのパーツは見事に調和して、時おり見せる優しげな微笑が、日本の男性に受け入れやすく、何時間見ていても飽き無さそうにない顔立ちである。容姿もそうだが、首から下も魅力あふれる姿は必見で、白いスーツと短いタイトなピンクのスカート、マスクメロンが二つ分はあろうかと言う大きなバスト、服の上から見ても、スタイルが抜群に良いのは、疑いようのない事実である。しゆんの男ども、いや、俺自身も目のやり場に困る。


 鼻の下は伸びていないだろうな?


 にやけた眼差しで見てはいないだろうな?


 変な顔をしたところを女子に見られたら、「キモ」呼ばわりされて、これからの3年間、無視されてもやだからなぁ。英語だけは、偏差値がずば抜けて上がりそうだ。


 くそつまらない入学式は滞ることなく無事に終了して、元の教室に戻る。その日は当然、授業はない。ホームルームの時間では手始めに全員の自己紹介が行なわれ、笑いもこぼれることもなく、無難に終わると必要な書類やら教科書を配り、クラス運営に必要な係りを決めることになった。まずは、日直当番を決め、給食当番、学級委員も決めた。俺は、どうやら役職はまぬがれそうだ。


 余裕な気持ちでぼんやりと前を見ていると、男子の目線が俺と合うことに気付いた。その数、8人前後、明らかに俺の方角を見ている事だけは分かる。


 朝から席に座った時点で違和感を感じていたのは、このことだったのかと悟った。

 こちらを見ている?いや。違う!。俺を見ているのでない。俺の右隣の席に座る少女に目線が集中していることに気付いた。


 その女子は、俺が見ている間は、誰からも声をかけられた様子もなく友達がいないようだ。確か、スズメ千夏とか言った名前の女子である。


 クラス広報誌の生徒リストを見ると、聞いたことがない小学校からの進学のようだ。まず、両親の仕事関係の人事移動か、いじめに合ったのかは分からないが、この地区に引越しをしてきたのだろう。即答できるまで早くも名前を覚えたかと言うと、明らかに次元の違うオーラを感じた。オーラという漠然とした非科学的な表現で片付けてしまうのも説明を放棄した無責任な言い方に聞こえなくもないが、簡単に言えば、可愛いんだと思う。


 俺は窓際の列の一番後ろの席をゲットしていたので、クラスをある程度見渡すことができるポジションにいた。この場所から見える位置では、黒板に目線を合わせる程度で視野の片隅に容易にスズメ千夏の横顔を見ることができる。


 これは早く話すきっかけを作って、お友達になるものいいだろう。


 前に出ていた学級委員が自分の席に戻ると、メースン先生が教壇きようだんの上に立ち、教卓きようたくの上に手を置いて話し出した。


「一通り、決めるものは決めたわね。では、今から、あなた達が、将来、なりたい職業を順番に発表してもらいます。自分には無理かもと思わずに、本当になりたいと思う職業を話してくださいね」


 おっ!キター!今度は、一応、準備ができていたので、内容的には慌てることはなかった。


「理由も言ってください。いいですか?廊下側から順番に話してくださいね。では、新井さんからどうぞ!stand up」


「わっ、私は看護士です。・・・」


「理由もよ!」


「はっ、母親が病院の看護士をしているからです」


 先生は、手元に用意したメモになにやら記入している様子。


「次、三浦君・・・」


 クラスの雰囲気もかなり温まって、笑いも漏れるようにはなり、先生の鋭いツッコミ等もあり、次々と順番を消化していった。そして、注目のスズメ千夏の番になった。


「私は、国連大使です。理由は国を代表し平和維持や紛争解決の問題を協議して、その結果、相互交流を重ね理解を深めることです。地球は平和な人々でなければ、進化や発展することはできないと思います」


 おお、立派だね。心の中でパチパチと拍手。


 ついにラストの窓際列で、最後の締めは俺の出番である。


「検察官・・・理由は、世の中の不正を正したい為です。罪に対する量刑が軽すぎることが許せません」


 まずまず、やり終えたという達成感でホッとする。でも満足感はない。その理由は、実は実際の本心は何も決まっていない。どんな職業につきたいのか、やりたいことなど一つもない。まだ、中学生なので決めることもないし、やりたいことも見つかっているわけではないからなぁ。


「はい。中学時代が最も重要な時期ですので、目標がある人は目標に向かって努力してください。目標がない人は、どんな目標でも達成できるように勉強や体力の強化、知恵を養う努力をしてください」


「えーと、突然ですが、風紀委員を決めたいと思います。男女1名ずつ、既に先生が決めてあります」


「ええー」


 クラスに悲鳴のような叫び声が響き渡る。そして、それは突然訪れた。


「では、発表します。男子は、鷹目たかめユウキくん」


「えっ!俺!?」


「女子は、スズメ千夏さん」


「ハイ!」


「二人とも前に出てきて!Come ON!」


 メースン先生は両手を交互に手招きのオーバーリアクションをすると満足した笑顔で俺に大きな瞳を輝かせて訴えてきた。


「は~い、みんな拍手!」


 渋々、立ち上がり前に歩み出る俺とは違い、さつそうと歩くスズメ千夏とは対照的だった。


「パチパチ!」


 クラス中、自分はセーフと言わんばかりの積極的な拍手。教壇に上がり、生徒を見下ろす体勢が整うとメースン先生の話から始まった。


「この中には警察官や弁護士を目標にしている人もいますが、今回の風紀委員の選考理由は、二人とも、将来の夢で、誠実で正義感の必要な職業を選択しました」


「では、鷹目たかめユウキくん、スズメ千夏さん、抱負をどうぞ」


「この・・この度・・・・」


 俺が話そうと声を出した瞬間、スズメ千夏の角が立つような鋭い声が、俺の声を掻き消した。


「私が選ばれたからには男女恋愛禁止です!風紀が乱れます!若さをもて余して女子にセクハラされても困るので、男子で私とお付き合いをしたい人は言って来て!」


 はい?


「まじかよ!」


 男子生徒の喜びの声。一瞬反応をみるやら、スズメ千夏が言葉を加える。


「女子は、鷹目たかめユウキ、学級委員長、生徒会委員、とにかく、生徒会本部に所属する男子と付き合うようにしてください」


 俺は、焦った。すげー焦った。まさに、稲妻だ!こいつがとんでもなく自分本位なタイプだとは思っても見なかった。しかも、ほぼ、初対面で俺の名前は呼び捨てかよ!


 女子で唖然と口を半開き~の驚いていた者もいたが、俺は、一部で冷たそうな視線をスズメ千夏の自信ありげな、まなざしに送る女子たちを見て、更に凍りつくような悪寒を全身に感じた。まだ、この時点で、スズメ千夏の異常行動を理解するには、いくつかの真相とファクターが足りない。


 一人で複数の異性と付き合うのは、風紀を乱さないのか?


 俺は、相手を選べるのか?


「納得はできていませんが、・・・がんばります。・・・・」


 この雰囲気の中では、俺が言えるのは、ここまでだった。先生は意外にも薄笑いを浮かべている。

「じゃー席について、いいわよ」


 前にも言ったが、スズメ千夏は、まあまあ可愛い方だと思う。友人の中に、世界一の美少女という言葉を言うヤツもいて、他人との美的感覚のずれがあることを自覚する。年上の色気のある美人好きの男も、可愛らしい妹系が好きな萌え属性の男にも両方にモテ要素の逸材なのは理解はできる。芸能人で例えようとも存在しない。俺には、可愛さは六十%だなぁ。


 こうして俺たちは、運命のぐるまが回り始めた。


 偶然なのか誰かによって策謀の結果なのか、後になって論じたい。


 すぐ後の休み時間は、クラスの雰囲気が異常だった。女子は、席に座る千夏を遠めで観察し、ヒソヒソ話をするものも現れ、男子は女王蟻に群がる働き蟻のようで、即効、告白してOKをもらう者もいた。


 この短時間で、数人と付き合うという神業の武勇伝を披露する。


 これって、一人ずつローテーションで付き合うのか?


 それとも、逆ハーレム状態で、男どもを奴隷のように扱うのか?


 女子の話では、下校時に、すでに、12股まで拡大していたらしい。俺は帰り際の下駄箱のある玄関で、スズメ千夏を見つけ声をかけた。


「スズメさん!?」


「あたしと付き合いたいの?」


 スズメ千夏が振り向くと同時に、そう言うと、疲れた感じで嫌そうな目つきで、俺を見つめる。近くにいた女子も俺の返事を待っているかのように動きを止めていた。


すげー恥ずかしい。今の状態ではスズメ千夏に声をかける段階で、告白しているのではないかと疑うのも当然である。スズメ千夏自身も思うからこそ、第一声が、その言葉になったのだろう。


「いや、そうじゃないけど・・・」


「風紀委員同士は、ダメ!」


「ダメって!」


 顔が熱くなり、額に汗をにじませ、思わず、両手を広げるリアクションする。


「風紀委員同士は、反則なのよ。同じ委員なんだし、これからも仕事で一緒にいる時間も増えることでしょ!?」


「あなたに嫉妬して奪い合いの喧嘩になってもらっては迷惑なの。分かるでしょ?」


 気づかなかったが、こいつ、俺と話すときは上からの目線だよな。他のやつと話すときは、にこやかな顔つきで、嬉しそうに話し、言葉の語尾も伸ばす感じのまろやかな口調で話していたと思ったけど・・・?


 まぁ、今はいいか!


 頭を左右に振って、俺が言いたかったことの説明を始める。


「そうじゃない。風紀委員が、何をするのか。聞きに行かないか?」


「2組の風紀委員は決まったの?」


 俺たちのクラスは1組。1学年は2クラスあるので、もう一つが2組という訳さ。


「俺は聞いてないけど・・・」


「聞いてきて!」


「俺が?」


「二人で聞きに行っても、ゴマすりだけの仕事ができない営業マンのようで、嫌なのよ」


 確かに自らの力のなさを感じない人間は、やだな。


でも、仕事ができないと決めつけるのも良くないと思うと同時に、その発言で千夏の性格を少し理解したと思えた。


「それに、これから部活の見学だから。2組の委員も決まっているらば、後で呼び出しがあるはず」


「おう!」


 納得してしまった。俺、今、言いなりになっている?どお?


「いい?聞いたら電話してよ!?」


 電話って。


「そうね。あなたと連絡できないと不便ね」


 千夏がカバンからピンク色の携帯電話を出してきたので、俺も慌ててパンツのポケットから携帯電話を取り出す。そこで、俺と千夏は、携帯電話の番号を交換した。周りにいる生徒には、二人は付き合いだしたと、思われているだろうなぁ。


 十三人目の男?おい、そこ!そんな眼で見ないでくれよ。


「ねぇ?あたしを見てさー何にも感じないわけ?」


 なになに?何だ?この意味ありげな言いようは、何を言わんとしている?


「あたしと付き合いたいと思わない?」


「はぁ?思わないけど?」


「本当?・・・そうなんだー」


 しばらく、不思議そうに俺を見ていたが、俺からすれば、その自信はどこから来るのかと聞き返したくなるくらい、危うく言いそうになった。でも、スズメ千夏のケータイ番号ゲット!メアドもゲット!うれしいー。


 同じ小学校出身の女子以外の女子と最初の交流ができた。俺はその足で風紀委員に関する話をメースン先生に聞きに職員室へ行ったが、まだ、詳細は決まっていないと言うことだった。千夏に電話を掛け、その事を話すと「無駄」と一言、そう言って切られた。


 女の子なんだから少しは気を使って、優しくねぎらいの言葉もかけてくれ。欲を言えば少しは、世間話が出来るのではと期待した俺がバカだった。


 仕方がなく、自宅に帰る。この夜、ベッドに横たわる俺は、ふと今日の出来事を思い出している。朝は小学校の頃から好きな女の子が同じクラスメートになれないショックで落ち込みはしたが、あのスズメ千夏に出会ったことで、面白い体験をしたこの日が憂鬱にならずにすんだ。ただ、途中で、気づいてしまった。


気づくのが遅い、それとも鈍感なのか、浮かれた気分が、一気にブルーに変わる。


俺、女子から告白されていない・・・。


これって、人気がないということだ。

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