プロローグ -後編-

 小学生にもなると遠くまで自由に遊びに行くには、自転車が便利であるのは言うまでもなく、どちらかと言うと田舎なので自転車は有効な交通手段である。


 その日は、新作のゲームソフトを買ったというある友人A宅で遊び尽くした帰り道で、友人Bと二人で自転車を走らせてほどなく、国道の幹線道路かんせんどうろから近道する為にわき道に入っていった。


 僕が先頭で自転車を走らせていたので、何気なくその道に入ってしまったと言い訳してみても遅いが、後ろを走る友人Bには申し訳ない。


 後悔を本当に事前に知ることができたら、気づいた時点で引き返す事も考えたはずだよなぁ。


 二人でしばらく自転車をこぐと夕方になるには早すぎる時間帯で、辺りは薄暗くなって、生暖なまあたたかい風が地面から流れてくる。


 夕立が来なければいいなぁと考えていた頃に遠くから雷の乾いた音が聞こえ、ポツン!ポツン!雨が降り降り始めたので、会話をそこそこに切り上げて自転車を飛ばす。


 本降ほんぶりにならなければいいのにと思いながら歩道側を走り続けていたが、やがて激しく降り出したかと思うと幾分、雨脚が弱まった。


 緩やかな下り坂の右カーブに指しかかった時、カーブの出口付近で車道から歩道側に移動する物体を感知した。


 生地が白くてフリルやレースがたくさんついた丈の長いロリータファッションの服を着た人のような感じに僕には見える。


 その人のようなものは雨が降り続くにも関わらず傘も指さずに、歩道のバス停留所ていりゅうじょの時刻表が貼り付けてある案内標識の横で止まった。


 この道は、人も車も通らない交通量の少ない住宅外につらぬける忘れ去られそうな旧道で、道路整備事業どうろせいびじぎょう一環いっかんで無駄に道だけ立派に整備したが、バスに乗る客が少ない路線では、地域的にも景気が悪い状況で採算が取れなく定期運行のバス会社が倒産とうさんし、田舎暮らしのおばあちゃん達が市内の病院に向かう為にしか乗らないだろう、この道を走るバスもついに廃線はいせんとなる。


 だから、バスを待っているはずはないのだが、歩道の真中に立ちすくむ少女は、雨でずぶ濡れになりながらも微動びどうにもしない。


 自転車が近づいているにも気づかず、避けようとしない少女に危うく接触しそうになり、

僕はブレーキを強くかけてスピードを緩めた。少女の前をゆっくりと通り過ぎようとすると、ビシャと俺の左肩に手をかけた。


 あまりにも突然なので、血を吸いに来たを叩くように少女の手を右手で払いのけようとしたが、その瞬間、少女は一言、言い放つ。


つれれて行って?」


 よくよく少女を見ると、長い髪の毛が目を覆い隠し、顔は乳白色にゅうはくしょく、やけに口紅が赤く目立ち、明らかに少女ではなく、大人の女性に見えた。


「うぁ!」


 少女の手を振りほどき、慌てて自転車のペダルを踏み込んだ。何メートルだろうか、速度を上げて進んだと思っていたら、この歩道は拡張工事のためか一部のアサファルトが削れ路面の凸凹がむき出しとなっている為に、自転車のハンドルが取られ、転んでしまった。


「痛てててて・・くっそー、油断したぜ!」


「大丈夫?」


 後を走っていた友人Bが自転車を降りて僕の顔を見るのだが、その友人Bの顔は、血の気の引いた蒼白色そうはくしょくになっていた。僕は不幸中の幸いなのか、怪我は右足の太ももを軽く切り血がにじむ程度ですんだ。


「足から血が出ているよ」


「俺は傷の治りはめちゃくちゃ早いから、このくらい平気さ!」


 そう言って怪我(けが)した足をかばいながら自転車を起き上がらせる頃には、先ほどから降り注いでいた雨は、すっかり止んで薄日が差してくる。


 逃げ切ったと安心し、少女がいた場所に目を向けたが、もう、その姿はなかった。


 消えた。消えたよ!おい!(どこだよ!おい!)


 この場所は、小高い山を削って道路を作った為に、道を挟んだ左右の山肌の斜面をコンクリートで固めた壁で作られている法面のりめんなので、隠れる場所も逃げる場所もない。


 車も通った感じもしなかったし、勿論むろん、バスも通らない。


 仕方がなく、しばらく無言で走り出す。


 家も近くになり、先ほど見た少女がどうしても気になったので、友人Bの自転車の横へ並ぶ為に減速し重い口を開けた。


「あそこで急にブレーキをかけた訳、どうしてか、って知ってる?」


「バス停のところで、女の人がいたよね」


 あっさり返ってくる返事に驚いた僕は、確信部分の質問をしようとしたら。


「それ以上、言わないで!この先は、一人で帰るんだから・・・」


 そう言い残し、友人Bと別れた。


 しばらくした後に判明するのだが、バス停にたたずむ女性の幽霊話は、有名で、一緒に目撃してしまった友人Bの兄が教えてくれた。


 まったく、この情報を知っていれば事前にその道を通らなくて済んだのだ。


 変な体験をして霊能力者に目覚めてしまったら、悪霊に取り付かれ霊界に引きずり込まれそうになったり、さびしさに耐え切れず学校を徘徊する地縛霊じばくれいに付きまとわれ、授業中に先生の横に立ちくされたなら、落ち着いて勉強をすることもできず、毎日が霊との対決で終わることになれば、僕の生涯を台無しにされる。そう思うと恐怖よりも無性に腹が立った。


 でも今になっては本当に幽霊だったのか確認できないし、そう思うと恐怖と怒りは徐々に消えていった。しかし、この幽霊体験をした頃から、就寝中に何度も悪夢を見るようになる。


 見知らない街にたたずむ僕。


 どうやら自宅に帰ろうとしているのだが、どうすれば家に帰れるのか分からない。


 電車もバスもない、道路には車さえ走っていなく、どの方向に自宅ががあるのかも分からない。


 家に帰りたい。不安と恐怖が一気に襲いかかってくる。早く家に帰りたいと強く思いながら、ただ歩く。


 しばらくすると、見慣みなれた町並みが現れる。


「帰れる・・・家に帰れるぞ!」


 恐怖が消え喜びにかわると、自然に足が軽くなり歩く速度が速くなる。ようやく家の前に来ると、再び、恐怖が生まれた。


 目の前で自分の家が、燃えている。凄まじい熱風と炎が僕を包み込む。何かが燃えて弾けるパキパキという音とプラスティックの燃えるクサイくさいがやたらリアルに感じる。

 

 そこで、朝が来て目が覚める。


 悪夢は毎晩のように見るようになった。また見知らない街にいる。


 そして、自宅に帰ると家は何年も使われていないかのように植物で侵食しんしょくされ覆われて、窓ガラスは無く支柱がむきだしの廃墟はいきょになっていた。


 夢を見る度に、毎回、自宅の壊され方が違うのは、どんな意味が込められているのか、目が覚めると考えさせられた。


 しばらく同じ夢が続くと思えば、一転、現実からかけ離れたバーチャル的、アニメ的な世界にいる。


 それは、巨大ロボが番組の終盤に登場し、適当な攻撃で相手をのして動きが緩慢かんまんになったことを見計らって、意味不明な長い技名の攻撃で死んでしまうみたいな、5人組みの特撮ヒーロー物だ。


 僕は特殊能力を持った5人組みチームのリーダー的、主人公的な赤色が特徴で、怪人の前でポーズをカッコよく決めるような、子供達に分かりやすいヒーローである。


 しかし、特殊能力と言いながら、なぜか、僕だけ空を飛ぶこともできずにいる。


「待ってくれー」


 泣き叫ぶ僕を無視して他のメンバーは、崖を飛び乗り敵を追う。


 全然、追いつくことができない僕は、4人の背中だけを目標に走るも、その距離は一向に縮むことはない。


 実際に戦いに参加しても、攻撃は激しく光を放つ炎の効果のような演出の力の強いキックを、他のメンバーはカッコよく決めるが、ジャンプ力がない僕には、ただの前ゲリでカッコわる。


「なぜ、僕だけ普通なの?」


 終始、僕は足手まといで、他のメンバーに相手にもされず無視されて何もできない。申し訳なさそうな表情の僕を、高い所から見下ろし眺める自分がいる夢は、違う意味で怖くて溜まらなかった。


 僕は何に怯えているのか?夢診断をしてみたら面白そうであるが、とにかく早く大人になれば悪夢も恐怖も無くなると信じていた。


 そんなこんなで、ほどほど平凡に過ぎた小学校生活も終わり、地区内にある、中学校へ。


 そこから、人生を変える人物達に出会うことになる。

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