プロローグ -前編-

 将来の夢という他人がそれを聞いたとしても興味がわかない漠然ばくぜんとした題名の作文を、まだ、世間を知らない小学四年生のこの俺が授業中に書かされることになった。


 この時は、普段でも自分がなりたい職業なんて、何にも考えていなかったので、辛い時間を過ごしたのを思い出す。


 まったく持って、こんな短時間で書かされることを事前に知っていれば、あぁでもない、こうでもないと夢について考えていたはず。


 兄や姉がいれば、多分、どこかの段階で、将来なりたい職業とかの作文の話題くらい知りえたかも知れない。


「知らない」ということは恐ろしい。


 この短い時間の中で自分のなりたい職業とは、何か、自問自答している間にも刻一刻こくいっこくと時間が過ぎていくのだが、結局、前日に見ていたTV番組を参考にすることにした。


 人気のアイドルが主人公のドラマで、ドタバタとベタな展開が終始目立ち、大人でしか笑えない風刺ふうしネタが耐えられなく寒く、全然、エッチな展開にもならない純愛なラブストーリーでもあり、所々、シリアスなところも見せる、型破かたやぶりの検事役けんじやくが活躍する高視聴率の作品である。


 と言うことで、「将来の夢は検察官けんさつかん」ということにした。


 作文の内容は、題名も安易よういに決めたと言うこともあり、深く掘り下げるほどの知識も無いために、ドラマのワンシーンを覚えている範囲で書き上げる。


 将来の夢と言う題名の作文で最も重要と思われる、なぜ、その夢に憧れているかという理由を書き始めようとしたが、そこでペンが止まった。


 実際に憧れているわけでもないのに理由があるはずもないのだが、結局はドラマの主人公が同僚に言った言葉を一字一句変えることなく書きつらねる。


 これでは、ドラマのあらすじを書いているかのように思えた。


 将来の夢はテレビドラマの雑誌ライターでもいいようにも思えてきて、書き直すか?


 一瞬考えたが時間も残り少ないので諦めた。


 最初は辛い時間が続いたが、終了のチャイムが鳴る五分前は、逆に楽しくなって、すらすら書ける。終了まじかに書き終えて提出でき、書き終えた満足感が体中をただよう。


 しかし、その後に先生が言った言葉で、その日、一日の運命の悪さにため息が出た。


「書き終えなかった人は、明日の朝、提出できるように宿題とします」


 本当に「知らない」ということは恐ろしい。


 だったら、最初に言って欲しいぜ。書き直すこともできるが、疲れた。


 もう、いいっ!


 しばらく将来の夢は、誰がなんと言おうとも検察官になると、軽く心の中に受け止めて置こうと思うようになった。


 僕の中で、「知らない」と「恐怖」は、イコールである。


 知らないことに対して恐怖を感じるのは、人間として当たり前の反応らしい。


 しかし、この感覚も人生で楽しくハッピーに生きている僕以外の人格者じんかくしゃにとって知らないという事は、英雄になろうと冒険に旅立つ勇猛な若者のように期待感で高揚こうようして興奮するのだろうなぁ。


 僕もこんなワクワクとした心境にいられるとしたら、どんなに楽だろうか。


 人よりも世間にある摩訶不思議まかふしぎな出来事や、今後、体験するであろう出来事について臆病おくびょうになっている自分がいる。


 いや、今の自分を見つめて考えろ!


 今日の学校の授業は知らないことばかりで恐怖なのか?


 勉強することは、知識を増やし、生きていく上で必要なことで恐怖を感じるすきはない。


 朝起きて学校に行く途中で、宇宙人に誘拐され鼻の奥に発信機を埋め込まれ痛い思いをする恐怖か、誰もいない学校の個室トイレに潜む幽霊を見た方が圧倒的に恐怖だよな。


 少ない恐怖は、やる気を呼び起こし、強い恐怖は不安を増大させ、心にストレスを生み、体を虫食むしばむ。


 よわ、考え方の一つで、知らないという恐怖を変化させることができる。


 と僕は今、思ったね。


 ただし、恐怖を体験した瞬間は、コントロールなど不可能。


 僕、小学五年の時、あれを見ちまったんだよなぁ。


 幽霊を。

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