第5話 物議とユウリクラスタ


 異世界に転生して1週間が経過した。

 

「むにゃむにゃ…いちもっふ、にもっふ…3つとんで、6ばい、もっふ…ふふふ」


 かけ布団をくるまり、気持ちよさそうに夢を見て眠るユウリの姿がある。


「ユウリさま、起きてください、朝ですよ!」

「メェエ」


 部屋の扉を開けてルーナとフランケンシュタインこと、フランが入ってくる。


 付き人の彼女は、主人の隣の部屋を与えられているので、毎朝起こしに来てくれる。


(ルーナは毎朝、元気だなぁ…よきよき、大きくなるんだぞぃ)


「ほーら、起きてくだーい、ユウリさまー」

「むにゃむにゃ、はーい、はい、起きてます…起きてましゅ、起きちぇましゅ……」


 主人がなかなか布団から出てこない。


 1週間でおおよそユウリがどんな人物が掴んでいるルーナは「そうですか」と冷たい表情でつぶやいた。やる気の目だ。


 彼女は大きく息を吸い、手をパンパンっと打ち合わせると「失礼します」と礼儀正しく一礼、かけ布団をがしっと掴み、情け容赦なくおもいっきり引き剥がした。


 布団を無くしたユウリが丸まる。


(さっむ……っ!?)


 春とはいえ、早朝は冷える。


 ユウリは枕を抱きしめて、何とかベッドから降りないレジスタンス運動をはじめた。


「さあ、ユウリさま、無駄な抵抗はやめて、起きてください!」

「寒いのは、いや、嫌です……」

「そんなこと言っても、起きてもらうしかありませんよ、ユウリさま!」

「ぅぅ、やめてぇ…許してください、ルーナ…凍えて、死んでしまい、ます……」


 掛け布団をなくしたユウリ。

 まだ諦めない。ベッドうえで何がなんでも起きないといわんばかりに、意地汚くイモムシみたいにもがいている。


「よいしょっと」

「ぅぁぅ」


 ユウリの脇の下に手を差しこみ、姿勢を矯正し、ぶじにイモムシは人間になった。


(だめだ…3日前は通用した戦術が効かなくなってる…)


 朝の仕事のうち最難関を突破したルーナの次の仕事は、ユウリの身体を、ホカホカのタオルで拭いてあげることだ。


 ふわふわで質の良いタオルとは言えないが、寝起きには気持ちが良い。


 腕を持ちあげられ、丁寧に丁寧にユウリは清められていく。


(目が覚めてきた……ちょっと硬いんだよね、このタオル……フランで拭けたら気持ち良いだろうなぁ)


 ユウリは聖女候補生がしちゃいけない、粘着質な笑みでフランを見る。フランは「メェエ……ッ」と鳴いて戦慄した。


 柔らかタオルが実用される日は遠くない。


「ルーナのことを今度は拭いてあげましょうか?」


 可愛い女の子の体に、合法的に触りたいユウリ。


「そそ、そ、それはご褒美ですか……?」

「ご褒美? いえ、普通に拭いてあげるんです」

「はぅ、そ、そんなことだめです! ユウリさまに拭かれたら、聖なる光で蒸発させられてしまう気がします!」

「それ褒めてます?」

「あ、あと他の女の子にも絶対やっちゃだめです! やるなら私にしてください!」

「……やっていいって事?」


 ルーナは頬を染めて「もういいから、ダメったらダメなのです!」と断固としてユウリの申し出を断った。


(怖いのかな…?)


 そのとおり。ルーナは女神に等しいユウリの尊さで、本気で蒸発するのが怖かった。


「さ、次はお着替えです、ユウリさま」

「はーい…ふぁあ……」


 ユウリは寝ぼけたまま、ルーナの手によって大事に大事に、候補生の白い制服に着替えさせられていく。


 1週間で慣れた朝のルーティンワークだ。


(制服着るの面倒くさいですね…)


「はーい、手をあげてくださいねー、ユウリさまー!」


 宝石をあしらった高級人形の着せ替えをするように、ルーナは自分の仕事にやりがいを感じていた。

 半目寝ぼけ顔のユウリは、幼い体のラインが見える薄手の制服に着替えさせられる。


「これでおしまいっと! わあ、今日も完璧ですよ、ユウリさま! とってもお美しいです!」

「世事はいらぬ」

「本気で思ってるんですってば!」


(やめてよね。わたしみたいな一般人は、そう言われるとすぐ調子乗っちゃうんだから)


「にしても……」


(この制服、どうなんだろうね)


 聖女候補生たるもの、潔白にして、隠匿なき姿こそ望ましい。そう言われてるが、候補生の制服はあまりにも生地が薄いときた。

 ユウリ的には「この制服スケベおじさん考案ですか?」と罰当たりすぎるコメントを残すくらい、少女が着るには蠱惑的だ。


 なお薄布だが、スカートの丈は長い。

 唯一の救いはずだが、今度は逆にJK時代を思い出していたユウリとしては「丈は短くていいんだよっ」と不満をもらしていた。


 わがまましか言わない28歳だ。


「では、ユウリさま、カーペットを──」

「先に行きますね、ルーナ」


 着替えおわるなり、赤いカーペットの巻束を持ち出したルーナを無視して先を急ぐユウリ。

 あわあわするルーナは、カーペットの巻束を待っていくか、いくまいか、数巡悩んだ末に置いていくことを選んだ。


 ユウリのあとを追いかける。


「ユウリさま、本日のスケジュールの確認を!」

「いらないですって。昨日と変わらないですから」


(他の候補生の付き人は、誰もスケジュール確認なんかしてないのにね)


 ルーナが取り出したメモ帳には、びっしりとユウリの日程が書かれていた。ご主人ユウリのために、ルーナはいつでも全力を尽くしたいのだ。


 せっかく作ったメモ帳を懐にしまうルーナ。

 少し寂しそうだった。


 ユウリは小さくため息をついて「念のため確認するのもいいものです」と言った。


 ルーナは見えない尻尾をぶんぶん振って、目をキラキラさせ「お任せください!」と、本日の予定を述べていく。


 結局、内容は昨日と変わらなかった。


 ──すこし後


 食堂にたどり着いた2人とフラン。

 朝の朝食は当番の候補生が作る方式だ。

 ユウリとルーナが朝食にやってくる際には、たいてい他の聖女候補生と付き人はそろっている。

 

「ここ最近は食堂が、ピカピカして、清浄な気に包まれている気がして、お料理がはかどっちゃいますわ!」

「頭が冴えりますよね。以前はこんな事なかったのに……もしかしたら、やっぱり例の噂は本当なのでしょうか──」


 まだ寝ぼけ眼をこすってるユウリが席につくと、周りの視線が自分に集まった。


(なんだろ、みんなして見てる?)


 ユウリが眠たげながら見惚れるほど鮮やかな海の瞳で、少女達をいちべつする。

 聖女候補生というだけあって、皆、綺麗な顔立ちだった。


(みんなほっぺた柔らかいんだろーな……)


 益体のないこと考えながら、ユウリは親しみをこめて微笑んだ。すると、みんな、そそくさとユウリから視線を逸らしてしまう。


(あ、この感じ、わたし仲間外れ……?)


 イジメの予感に本人はしょんぼり。


 だが、そんな当人の認識とは裏腹に、聖女候補生たちの心臓はバクバク鳴っていた。理由はユウリに微笑まれたからに他ならない。


 1週間前に現れた、謎の新入生ユウリの噂は、いまや聖女候補生みんなの間で物議をかもしている。


 物議1 可愛いか/美しいか問題

 

 聖女候補生たちのなかで、すでに密かなファンクラブが出来ている。幼い少女たちはユウリに抱く気持ちの名前をまだ知らない。だが、果たしてユウリが7美人系」か「可愛い系」に判別するとしたら、どちらか、という不毛な論争は水面下で起こり続けている。


 みんな不思議な空気感をもったユウリに夢中なのだ。一部の熱烈な女子たちは、同担拒否を起こしているらしいが。


 物議2 魔法使った/使ってない問題


 謎の美少女が、聖女でなければ使えないはずの信仰魔法を、日常の随所で使用しているらしいとのタレコミが、とある付き人から流布されたために起こった物議。

 タレコミ犯はルーなんとかさんらしい。


 たまに、キラリと輝く何かが、ユウリの体をおおったり、さらさらの華麗な黒髪のうえに、ハイロゥみたいな魔法陣が展開されてるらしいが、確固たるネタはあがってない。


 本人に聞けば調査は進むはずだが、聖女候補生の誰も、ユウリに直接話しかける勇気などありはしない。どうにもみんな、近づくだけで緊張で体が硬くなってしまうらしい。

  

「ユウリさま、口を開けてください!」

「自分で食べれますから、結構ですよ、ルーナ」

「そんな、フォークを手に持つなんて危ないです! 油断大敵なんですからね!」

「わたしを何だと思ってるんですかね?」


 あろうことな、ユウリクラスタの前で、ユウリにあーんをさせるルーナ。みんな羨ましさに心の涙を流している。


 一方で、少し前まで孤独だったルーナは、ユウリのお世話にとても幸せそうだった。

 ルーナは過保護な性格のせいで、どのご主人もごく短い期間しか仕えられなかった。

 すでに最長期間の主従を更新したユウリはルーナにとって一番大切な人になっている。


 ユウリはルーナの全てだ。


 そんな、幸せムード増し増しのところへ、斬り込んでいく勇者の姿がある。


「あ、あの……っ!」


 ひとりの候補生がユウリに話しかける。

 ユウリはさらさらの黒髪を揺らしながら、振り返った。背の低い候補生がたっていた。


 薄緑色の柔らかい髪に、深緑の瞳が綺麗な可愛らしい少女であった。

 歳は9歳か、8歳か。

 ともかくユウリやルーナより幼く見える。


「はっ、はは、はっ、ははっ!」

「? どうしましたか? なにかご用があるのでしょう?」


 ユウリは少女の深緑の瞳をまっすぐ見つめて、問いかける。

 少女はあまりにも綺麗な海の瞳に見つめられて、緊張で呼吸困難におちいっていた。


 でも、頑張る。

 なぜなら、ユウリと話したいから。


「はは、はぅ、はじ、はじめまして……ゆ、ゆゆ、ユウリさま……!」

「はじめまして……えーと…お名前は?」

「はぐぁ! すみません、ホシ、です…っ! 名前、ホシ、ですっ!」


 緑の少女はホシというらしい。


 まわりの聖女候補生たちが注目しすぎて、ホシとユウリ以外の声が聞こえない食堂。

 ホシは今にも泣きそうなほど、張り詰められながら「これを、受け取ってください…!」とユウリに何かを手渡した。


「ちょっと、待ったぁああー!」

「ひぇえ?!」


 ルーナがホシとユウリの間に身体を挟みこむ。がるるぅ! と威嚇する声を出していた。


「恐れながら、ホシさま、安全なものかチェックさせてもらいます!」

「な、なんと、流石はユウリさまの付き人、抜かりが、ありません……!」

「ふふふ、当然ですともっ!」


 ルーナは胸を張って誇らしげだ。

 ユウリは顔を伏せて、恥ずかしそうにしている。日本人気質か、視線を集めすぎることがユウリはあまり得意ではないのだ。


(ぅぅ、ルーナめ……っ)


 検品の結果、ホシのだしたソレは安全と判断されて、ユウリに渡される。


「これは……石?」


 渡された奇妙な形の石。

 

(石をプレゼント?)


 ホシは「はあ、はあ、はあ」と石を渡すだけですべてのスタミナを使い切った顔だ。

 ユウリは小首をかしげ「ありがとうございます、綺麗な石ですね」と微笑んだ。

 こうかはばつぐんだ。ホシは顔を真っ赤にして「ひぃい〜!」と奇声をあげる。誤解してはいけない。死ぬほど喜んでいる声だ。


「ゆ、ユウリしゃま、ゆゆ、ユウリさま、ホシと、ホシと、おもと、おともだ、おお、おとも──」


 なかなか「お友達になってください」と言えないホシ。ユウリは小さな体で頑張ってるホシが愛おしくなってしまい、彼女の手を優しく握ってあげた。


「落ち着いて言っていいのですよ」

「ひぃい〜っ!」


 逆効果だったらしい。


 ユウリの遠目から見てるだけで息切れする、ユウリ限界オタクのホシにとって、直接触られるのは早過ぎたのだ。


 結局、ホシは「ひぃい〜!」と喜声をあげて、どこかへ走って逃げていってしまった。


(ええ……石渡されて、触ったら奇声あげて逃げられた……やっぱり、イジめかぁ…わたしに石渡す罰ゲームかなんかだったんだろうなぁ)


 ユウリの中で被害妄想が高まる。

 まわりの聖女候補生たちは、みな自分もおしゃべりしたい、と羨望の眼差しでユウリをチラ見する。

 

(みんな、めっちゃ見てくるなぁ…うわあ、イジメやだなぁ。怖いです……女神さま)


「ユウリさま、あーん、です!」

「……嫌われてる奴がこんな事してたら、調子乗ってたら、刺されるのでは……?」

「はい? ユウリさま?」


 ユウリの不安は加速する。


(女子イジメは陰湿だし、どうしよっとかな……刺されるのだけは勘弁して欲しい)


 不安だらけのユウリが、頭を悩ませながらも、美味しそうにパンを食べる姿に、ルーナは至上の幸福を感じていた。


 ユウリは薄っすらルーナを見つめる。


 ただ、顔を見てるだけ。それだけの事だが、ユウリもまた幸せを感じていた。


(わたしの可愛いルーナたそ。この子との日々だけは守らないと……わたしはイジめられてもいいです。中身がこんなんだから仕方ない。でも、女神さま、ルーナのことだけは…決して傷つかないように守ってあげてください…お願いします…)


 ユウリはキャベベツのサラダを口に運んでもらいながら、先行きの暗い孤児院生活に肩を落とす。まったくそんな事ないのだが。


 すべてが被害妄想と勘違いだと知るのは、もうすこし後の話だ。


 聖なる魔力が願いに震わせられ、ユウリの頭のうえに魔法陣のハイロゥが出現された。

 奇跡の力は、幸せそうなルーナの身体を主人の優しさで包みこむんでいった──。

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