第4話 ユウカリ博士の授業


 ユウリは良い匂いにつられて目を覚ました。香ばしいスパイスの香りが空腹なお腹をうならせる。


「おお、おはよう…ございます……ユウリさま…っ」

「むにゃむにゃ、おはようです、ルーナ。この美味しそうな匂いは?」

「ははっ、カレーでございます。ユウリさまは、運が大変よろしく、今日は月に一度のカレーの日なのです!」


 ユウリは寝ぼけ眼をこすり、胸に抱いていたフランケンシュタインを床におろす。

 ふと、床に赤いカーペットが敷かれている事に気がつく。行く手に道が出来ている。


(セレブリティかな?)


 一応、聞いてみた。


「……ルーナ、このふかふかさんは?」

「はい、ユウリさまが歩く道には、これから毎回ふかふかさんを敷かせてもらうことにしました。どうぞお気になさらず」

「……」


(気にするわっ)


 ルーナの目はキラキラ輝き「褒めて褒めてー!」と言わんばかり。尻尾があったらブンブン振り回してるだろう。


 ユウリはため息をつき、仕方なくふかふかさんの上に足を乗せる。……と、その時、彼女は頭痛がして、思わず机に手をついた。


 忠犬ルーナはこの世のおわりのように顔面蒼白になり「ユウリさま!?」と叫んで駆け寄った。


「大丈夫ですか?! お怪我はありませんかあ!?」

「ルーナの声が大きくて頭が痛いです」

「はぐ……っ!」


(うーん、すごいだるい。何でだろう? モフ味は十分。禁断症状じゃないはずなのに)


「まさか、逆? モフ味の過剰摂取……?」


 一応、確認しておく。

 モフ味は正式な成分ではない。


「あ、このルーナ、わかりましたよ! きっと、魔法を使われたからです、ユウリさま!」

「魔法ですか?」

「左様です! ユウリさまと言えど、少しお疲れになってしまったんですよ!」

「なるほど」


(魔法を使うと疲れると。ん、ところでわたしはいつ魔法を使ったの? そんなの習ったっけ?)


 疑問に思ったが「まっ、いっか」と呑気なユウリだ。


「ささ、いっしょにカレーを食べて英気を養いましょう!」

「そうですね、さっそくいただいちゃいましょう」


 ユウリはルーナに席までエスコートされる。聖女候補生たちと、付き人たちの昼食がはじまった。


 孤児院では、カレーは大変なご馳走だ。


 一般に民の寄付と、貴族の寄付、シュレック教会の活動が運営資金となって、次代の候補生は育てられている。


 運営資金に余裕がないのは語るべくもなく、また修行者たるもの贅沢を謳歌することなかれ、と教典に記されているため、必然、ひもじい生活をする事となる。


 ユウリは恐る恐る、スプーン一杯に乗せたカレーライスを口のなかへ運ぶ。ほかほかのご飯、ピリッと辛いスパイスが空腹のユウリを雲の上へ導いた。デリシャスマキシマム。


「おいひぃ〜っ!」


 ユウリの満足そうな笑顔。


 聖女候補生たちはクスクスと楽しげに笑う。最大のご馳走を、新しい仲間が喜んでくれて、たまらなく嬉しいのである。


(ふふ、毎日こんなご馳走食べられるなら、候補生やってもいいかもね〜)


「むふう…♡」


 邪な考えに頬をふくらませるユウリ。

 カレーが1ヶ月に一度のご褒美という情報は、もちろん頭から抜けている。

  

 ───────────────────────────────────



 昼食を終えると、午後の授業へと移行。

 候補生たちには学ぶ事が山のようにある。

 この時間の授業も、聖女候補生として──否、この世界に生きる人間として知らなくてはならない、大切な、大切なことだ、


「モフットモンスター。訳してモフモン。陸に、海に、空に──世界のいたるところに住む不思議なもふもふ生物たちのことじゃ」


(あれ?)


 お決まりのセリフとともに授業をはじめるのは、灰色髪をした初老の男性だ。

 紺色のローブを着ており、ファンタジーに出てくる魔法使いのような容姿だった。


「わしの名はユウカリ。みんなからはモフモン博士として慕われておるよ」


(あれれ?)


 今日はユウカリ博士が、孤児院まで来て、モフモンの特別授業をする初めての日だ。


 前々から彼が来ることを知っていた候補生たちは、今日という日を楽しみにしていた。


(あれ、何この感じ、あれ?)


 ユウカリ博士は続ける。


「人とモフモンはともに協力して生きておる。馬車をひき、田畑を耕し、海を渡り、空を飛び、世界を冒険する。そして、時に邪悪な者とたたかう。よきパートナーとして、愛でたり、バトルさせたり……そして、わしのような学者は、このモフモンを研究している、というわけじゃな」する。


 ユウカリ博士はニコリと微笑み、ゆとりあるローブの袖から毛玉を取り出した。


「これは『やわらか玉』じゃ。魔法のチカラで、モフモンをゲットしたり、持ち運べたり出来るんじゃよ」


 ユウカリ博士は、やわらか玉をクシャッと握り、手をひらいた。すると、やわらか玉のなかから光とともに仔犬がとびだした。


 緑色のふわふわの体毛。

 大きなお耳は垂れ下がり。

 短足、胴長、くりっと瞳が愛らしい。

 地球の言葉で形容するなら、さながら耳デカダックスフンドと言ったところか。


 聖女候補生たちは「おおー!」と興味津々。ユウリだけは「ポケモン?!」と周りと変わった反応を示す。


「さあ、みんな近づいて触ってみるとよいぞ」

「「「やったー!」」」


 候補生たちは一斉に駆け出す。

 ユウカリ博士はギョッとした顔で「順番に、順番にじゃぁああ?!」と抵抗むなしく、人波に押し倒された。


「わあー可愛いっ!」

「もふもふ、ふわふわ!」

「お耳が大きいんですね!」


 可愛い少女たちに、たくさん触られて緑色の仔犬は、ご満悦に鼻を鳴らす。


「いたた……ほほ、大人気じゃのう。このモフモンはウィヌと呼ばれておるぞ。初心者用モフモンじゃな。ほら、こっちにも出すぞう」


(ウィンドのイヌ)


 ユウカリ博士はさらに2つのやわらか玉から、モフモンを出した。


 これで教室には、風属性のウィヌ、無属性のモッフ、水属性のメフノハシの3匹の初心者用モフモンがそろった。


 ちょっずつ違う、仔犬と羊とカモノハシが並ぶ光景だ。


 アウラ神父は教室の端で見守っていた。

 今回ばかりは候補生たちの年相応の反応に目をつむり、にこやかな笑顔を称えている。


「あ、この子、フランケンシュタインより大きいー!」


 みんながユウカリ博士がだしたモッフに近寄る。同じモッフのフランケンシュタインと比べて見て、より大きなユウカリ・ザ・モッフに候補生たちは嬉しそうだ。


 ユウリはいつの間にか消えた、自分のモフ味に、キョロキョロ足元を探した。


(うちの子が…!)


 フランケンシュタインは孤児院で飼われているモッフなので、別に個人の物ではない。


「そのモッフはまだまだ子どものようじゃの。むむ、しかして、どうしたのじゃろうな、わしのモッフは、フランケンシュタインくんに、いたく怯えておるようじゃ」


 ユウカリ博士は、子どもと大人ほどのサイズ差があるのに、ぷるぷる震えるユウカリ・ザ・モッフを撫でる。

 モッフを見上げるフランケンシュタインは「メェエ」とのんびり鳴いた。


 実を言うとフランケンシュタイン、モッフではない。これは女神がユウリに授けた伝説のモフモンとして名高いモフゥーレ──その生まれ変わりだ。


 ユウリが孤児院に来る数日前に保護されたので、彼女はその事に気づけていなかった。


 ルーナが口を開く。


「モフモン、可愛いですよね〜! メロメロになっちゃいます! それでも、ほかの候補生さま達と違って心を乱されないユウリさまはさすがです! ……あれ、ユウリさま?」


 ──ガタっ…


 おもむろに席を立つユウリ。

 ルーナは黄金の瞳を白黒させる。


「そっか……女神さま、わかりました……わたしがこの世界に転生したわけが……」


 ぶつくさ呟き、ユウリは海のごとく青い瞳をカッと見開いた。


「ルーナ、共に参れぃ!」

「え?」


 ユウリの口調が侍と化す。


 彼女は駆け足でウィヌに飛びつくと、獲物に喰らいつく獣のように、緑色の毛並みに顔をうずめ、モフリ始めた。


 ウィヌはビックリして、大きな耳をくるくる回転させ風を起こし、逃げようとする。

 だが、ケモナー侍は逃がさない。


「可愛いぃいですねぇー! よーしよし、もうスリスリしちゃいます! 毛並みだった吸っちゃいますよっ、ズズゥゥウ!」


 吸引され、余計に暴れるウィヌ。


「もふもふ、もふもふ」

「ウィヌ!? ウィヌヌヌワンッ?!」

「いかん、何かに掴れい! これはウィヌの個体スキル『風起こし』じゃ!」


 ユウカリ博士の忠告。

 ウィヌのくるくる回る耳は止まらない。


 教室を襲う風は、机、椅子、本、聖女候補生たちを、ふわりと巻きあげて、現場は大混乱へとおちいっていく。


 ルーナは飛ばされないよう姿勢を低く、危険地帯に飛び込んでいった主人を探す。


「ユウリさま! ユウリさまぁあー! どこですかぁあー!」


 けれど、声は騒ぎにかき消される。


 やがて、空を舞うプリントも、本も、候補生たちも床に戻ってきた。


 ウィヌは舌をだして、息を荒くしている。

 スタミナが切れてしまったらしい。


 一方、ユウリには疲れた気配がない。


 重度のモッフリストは、モフると体力とスタミナすべてを一瞬で回復できる超人だ。

 モフっている限り、フルマラソンだって全速力で走り切るくらい凄みがあるのだ。


「うーんっ、いい子いい子です! すっごく可愛いです、これはたまらないですね!」

「ウィヌ…ウィヌヌヌ、ワン……ッ」


 ウィヌはのちに、この時の心境を「かなり恐怖を感じた」と供述している。


「ははは、すさまじい胆力じゃな」

「ユウリしゃまあ〜!」


 ルーナは涙を流しながら、ウィヌに頬ずりするユウリに頬ずりしはじめる。さながら、ウロボロスか。


 ユウカリ博士は「変わった子たちだ」と愉快に笑いながら、懐から魔法の杖をとりだして、ひとふり。魔法で散らかった本を本棚に戻して、部屋を綺麗に元にもどした。


「さて、次は一緒にフィールドワークにゆくとしようかのう。森、川、街。いろんな場所で、モフモンを観察するのじゃ」


 聖女候補生たちは「はーい!」と返事をした。ユウリは目をキラキラ光らせる。


「ルーナ、斬り込むぞ!」


 ケモナー侍、斬り込み隊長が駆け出した。


「待ちなさい、ユウリさん。あなたは少しお説教が必要のようですよ」


 アウラ神父は声をかけた。目元に暗い影を落として、ムッとしている。


 しかし、ユウリは眩しく輝く海の瞳をアウラ神父に向け「モフモンに会いたいです!」と無邪気に笑った。


 アウラ神父は、その女神すら彷彿させる尊い眼差しに、毒気を抜かれてしまい、ため息をついた。そんなに純粋な笑顔を向けられては、ダメよ、なんて言えるわけなかった。


「……帰ってきたら、罰則が待っている事を忘れなきように。いいですね?」

「やった! ささ、ルーナ行きますよ!」

「待ってくださいよ、アウラさまー!」


 アウラ神父は元気に駆けていく2人を見送り、やれやれと力なく首をふった。



──────────────────────────────────────



 ──その夜

 

 アウラ神父から課せられた罰として、食堂にはモップかけを粛々とこなすユウリの姿があった。床の面積は広く、モップがけを一人でこなすのは骨が折れる作業だ。


(すこしモフモンと戯れすぎたかなぁ)


 ユウリはため息を吐きながら、昼間のことを思いだす。ユウカリ博士のウィヌとは最終的にかなり仲良くなれた。


 それに、フィールドワークだ。

 そこで、多くのことをユウリは知った。


 まずは、ユウリの住むことになった孤児院が、ハジメ村と言う、小さな辺境の土地にあること。

 そして、この世界には魅力的なモフモンたちが人間とともに生活を営んでいること。


 ユウリは今日の昼間、目についたモフモン全てについて誰よりも早くユウカリ博士に質問した。

 

(モフモンには属性があって、全部で七属性。火、水、風、土、無、闇、光。進化して強くなる子もいれば、進化しない子もいる)

 

「むふふ〜」


 モップを動かしながら、今日モフモンに詳しくなれた事をおさらいして、ニヤけていた。


(女神さま、本当にありがとうございます。ここは完全にわたし向けの世界でした。女神さまの考えていた事、今なら全てわかります)


「わたしは、モフモンといっしょに生きる、そのためにこの世界に来たんだ……!」


 海のように青い瞳を、メラメラ燃やし、ユウリは小さな胸に大望をいだく。


「バトルも出来るって言ってたし、つまり、そのための大会とかあったりするんだよね? それじゃ、チャンピオンとか四天王とか、強いトレーナー……じゃなかったテイマーたちと腕を競いあったりするのかな? むふふ……決めた、はい、決めました!」


 ユウリはモップの柄を床に叩きつけて、天窓から見える月を見上げる。


(小さい頃からの夢、この世界で叶う!)


「モフモンマスターに、わたしはなる!」


 第二の人生、何を目指すのかはやくも決まったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る