第7話 排除

 長い冬が終わり、戦支度は整った。 

「チトフ殿にも随行願う。征く先で、御辺の力が頼りになるかもしれない」

 チトフは迷った。もうこの邑を去るべき時だと感じていたからだ。一方で、ロデアが気に懸かった。まさか神娘様に黙ってお別れするわけにもいくまい。まあ、こんな自分の考えていることなどお見通しなのだろうけど。

 物見の報告では襲撃する邑はごく小規模で、戦力差は比較にならないという。傍観者でいられるなら一度戦を体験してみるのも悪くないかもしれない、そう考えてチトフは承諾した。


 それを聞いたロデアは予想外の反応を示した。

「いいか、決して前線に出るではないぞ」

「解ってますよ」

「心配だのぅ」

「そもそも今回の戦を『よし』と下知したのは貴女様ではないですか」

 チトフが来訪を許されたのは夜間のみだった。チトフが来るとロデアは人払いをして、喜びはしゃいで跳ねて駆け寄った。あの日以来、仮面は付けていない。

「もう、汝がいない明日など考えられんわ」

 そして屈託のない笑顔をチトフにすり寄せるのだった。正直な所、この邑を去りがたきはロデアの存在が大きかった。このまま、お別れという訳にはいかない。

 子犬のようだった。その癖、尊大にふるまう。チトフに我が儘を言う。

 すべてがチトフの心を捉えて放さなかった。


「宜しいでしょう。なら、兵站の管理をお願いします。なあに、当日に限ってはお手を煩わせることもありますまい」

 戦士の数は百を算えた。三日を掛け雪を踏み分け進軍は続いた。すると風景が急激に変化した。植物の数が目に見えて減ったのだ。チトフは妙な胸騒ぎを覚えた。その感覚はやがてある推量を生み出した。

 違う。違うよ。きっと違う。

 ああ、この坂を超えると小川があって。そして視界がひらけて万年雪を頂く山が見えるんだ。

 脚が震えた。喉が渇く。目の前が暗くなる。


 僕はここを知っている。


「これ以上進むと気付かれるおそれがある。陣を張り英気を養おう。明朝奇襲を仕掛ける」

 もはやこれまで。チトフはそっと席を外すと林に紛れた。


 何もかもをまだ憶えていた。思えば、四年ぶりの故郷だ。しかし郷愁に浸っている場合ではない。無心でひたすら駆けた。少年時代に戻った気がする。

 何も変わっていなかった。けれども、チトフは落胆した。いつの間にか自分の中で美化されていたのだろう。現実をチトフはなかなか受け入れることができず、唖然として足が止まった。

 チトフが旅してきたどの邑よりもその家々は粗末なものだった。無気力で奇妙に窪んだ眼窩がチトフを刺した。頬はこけ、いや全身痩せこけていた。そして腹だけ奇妙に膨らんでいる。干涸らびた死体が蠢いているように見えたが確かに生きていた。この人は、誰だっけ? その口から言葉が漏れる。おそらく、僕に対して。

 

 何を言って、いるんだ? 意味が、解らなかった。

 そしてようやく思い出した。僕がかつて使っていた言語だ。

 そして幼子のように片言で言葉を紡いで自分の使っていた言語を取り戻していった。チトフの言語能力はここでも活かされた。

「チトフ?」

 振り返る。

 銀狼の毛皮。しかしその体は、ひどく痩せて。肌も干涸らびたように生気がない。嬉しさと彼女が彼女であることを認めたくない気持ちが、相半ばして。

「トキ……アミ」

「……久しぶりだね。体、大きくなったね。逞しくなった」

 自分の体を眺めてみる。確かに、そうかもしれない。この集落にいた頃は痩せぎすだった。

 この邑を出て沢山食べられるようになった。筋肉もついたように思う。以前は、カンドゥクのような体に憧れたものだ。チトフはそしてはっと双眸を大きく開いた。

 勘違いしていた。

 在りし日のカンドゥクの肉体美は、毎日の絶え間ない努力によって培われたものだ。生まれついたものではない。

 それにしても……トキアミ。胸がいっぱいになる。

「ああ、カンドゥク、ねぇ、チトフが戻ってきたんだよ」

 長身痩躯の男が、物陰から現れ、チトフを見下ろしていた。


 カンドゥク? 

 信じられなかった。あんなに筋骨隆々だったカンドゥクがもう見る影もない。チトフはカンドゥクの顔を見て己の使命を思い出した。

「今夜、この集落が襲撃される。戦いの準備をして欲しい」

 チトフは経緯を説明した。カンドゥクは頷いた。

「集落付近に見知らぬ者が現れることは知っていた。最近は特に多いようだ。尾行したこともあり、奴らの住処も判っている」

 人々は色めき立った。武器を慌てて整え始める。チトフは邑を出た。今来た道をひた走る。そして何食わぬ顔で輜重隊に加わり、人目を忍んで甕を担ぐと走り出した。

「英気を養ってくれ」

 集落に戻ると、人々はトナカイ肉にむしゃぶりついた。火が灯るように人々の顔に血色が戻る。

「戦士達は近代的な金属武器と弓と呼ばれる遠距離武器を携行している。決して正面からぶつかってはいけない」

 自分が招いてしまった窮地だ。自分で決着を付けねばならない。

 チトフはカンドゥクと細々と話し邑を出、また輜重隊へと戻った。


 弓の邑の男達は必勝を期し厳かに戦神に禱った。最後に少年を高々と担ぎ上げ、剣を突き立て屠り血をなすり勝利を誓う。

 東の空が白み始めた。春霞が立ち、風も吹かず霞は長居した。

「奇襲には絶好だな。我らに戦神の加護あり」

 足音を忍ばせ、集落に近づく。全面に剣盾を構えた突撃隊を、後方に弓隊を配し武器にはトリカブトを塗り、万全の構えであった。人影も見えず、藁葺き屋根のみが覗いていた。戦士達は暫し前進し、邑君が『慚愧せし嘴』を集落に向けて振りかざすと、鬨の声を上げ攻め入った。


 いない。家の中はもぬけの空だった。

「ごめんなさい」 

 悲鳴すら上がらなかった。チトフが邑君の頸に剣を振るったのだ。余りに不意だったので誰もが呆然と成り行きを見守った。チトフは慚愧せし嘴を奪い、周囲の弓兵に斬りかかった。


 慚愧せし嘴は恐るべき槍だった。一度振るう度に悲痛な声で哭き、死を告げ、小枝でも折るように戦士の体を切り裂いた。弓隊後方でも異変があった。黒曜石の刃が煌めく。カンドゥクが仁王立ちして一薙ぎすると忽ち血河を描いた。俄に背後から石槍の男達が降って湧き、弓兵を突き崩す。しかし指揮すべき邑君は既に昏絶している。霞に視界が煙る。壊乱を極めた。先陣が取って返した時にはもう待機していたはずの弓兵は一人残らず斃れていた。カンドゥクを先頭に孤軍奮闘するチトフに合流、殲滅に懸かる。チトフの裏切りは少なからず戦士達を動揺させた。指揮官も不在、退却の決断も下せず徒に殺戮は続いた。


 日が昇り、霞が晴れ、集落に乱れる朱を殊更に照らし出した。

 弓の邑の男達は不幸にも最後の一兵まで勇敢に戦った。集落の男達もとても無傷ではいられず、生きていた者は半数を下回った。カンドゥクは無傷、チトフは矢傷を負った。

 勝つには勝ったが、得たもの以上に失ったものが多い戦いだった。

「なぜ彼らはここを襲ったのだろう?」

「解らない。彼らは戦うのが好きみたいだ」

 チトフはそう言うと痛む足を引き摺り、洞窟の奥に入った。ここは、嘗て忌むべき酋長の一族が住んでいた場所だった。様子を見ると今では共同の住処になっているようだ。チトフは一人、毒から来る刺すような痛みに喘いだ。


 もっと、洞窟の中は心地良いものだろうと想像していたのだけれど。そうでもないな。

 それでも、雨風の心配でけはしなくて済みそうだった。喧噪がみ、女達が集落の外から戻ってくるとチトフの治療に当たってくれた。こんなことでもチトフは嬉しかった。昔は、見捨てられ頓死しようと一顧だにされなかっただろうから。

 そうして日が明けると、何とか動けるまでに回復した。集落には平穏が戻っていた。しばらく食料にも困らない。鹵獲された武器は様々な生活用品として用いられていた。

 トキアミはその日も火守をしていた。彼女の笑顔が見たい。

「カンドゥクは?」

「禍根を断つ、って言って男達を連れて出かけたわ」

 眩暈がした。逡巡している暇はなかった。駆け出した。

 傷口が開き、血が噴き出した。それでも構わず走り続けた。足が働かなくなる。踏ん張りが利かない。チトフは天を仰ぎ吠えた。己の運命を呪った。気も動転していたのだろう、挙げ句の果てに道を迷った。二度日の出を拝み、ようやく見覚えのある景色に気付き、暗い丘を登っていった。


 ほんの、戯れだったのだ。


 唄が得意だった。唄を歌うとみんな褒めてくれた。更にあたしは同い年の娘達の相談役になった。なんてことはない、状況を子細に聞いて相手の心境を慮り、適切な助言をしただけのことだ。あたしは他のどんな娘よりも恋愛に興味があったから母やあねさん達に男とはどのような生き物なのか、根掘り葉掘り聞いていたので耳年増だっただけなのだ。あたしは尊敬された。調子に乗ったあたしはいくつかの『予想』をした。これも何かも特別なことはなく、単に経験則で次の日の天気を当てたり、その日の獲物の多寡を予想したりしただけなのだ。

 あたしは予言者だと持て囃された。いい気になって次々に予言をした。たわいもない妄言。はずれても何か理由付けをして言い訳すれば誤魔化すのは訳もなかった。

 一方で面倒なことにもなった。あたしには手に負えそうもないような重大な決断を託されたのだ。豊凶や外征なんてどうしたものやら。相次ぐ依頼から逃げ、家に引き籠もってどうすべきか考えた。邑の奥に家を建ててもらい人払いをしてそこに住むことにした。占いには大変な集中力が要求されるので他人に会ったら心が乱され阻害されてしまう、ということにしてここを聖域と定めた。仮面を被り全身を毛皮で覆って、自分の神秘性を保った。そして結果が明らかなものだけを選んで『予言』をした。衣食住に事欠かず快適な生活だったけど、ひどく退屈だった。働かなくてもいいけど、想像していたような楽しい生活ではなかった。寂しかった。毎日太陽を眺めて過ごした。何より、あたしにとって重大な問題があった。あたしは。


 恋愛をしたことがなかった。


 夢に夢見ていたあたしは自分自身の恋には奥手だった。あたしには恋に至る何か特別なことが起きるに違いないと信じていたのだ。しかしもう、男子と話す機会さえ失われてしまった。かと言って今更本当は予知なんてできてませんでしたごめんなさいなんて言えるわけがない。ああ、あたしはこのまま子供も産めずに独り年老いて死ぬんだ。

 頭がおかしくなりそうだった。


 そんなある日、邑外から不思議な男が現れたと報告があった。何でもその男は魔法を使って光り輝く道具を何でも生み出すと言う。会ってみるとやはり彼は特別だった。髪は少年のように短く服は見たこともない素材でできていた。落ち着いていて且つ大胆で……あたしのことを可愛い、と言った。

 今回の戦、どう考えても負けるわけがなかった。だから予言を触れさせた。チトフが行くと言って聞かなかったので、後方に待機し決して前線に出ないように言い含めた。


 そして今もずっとこうして、彼の帰還を待っている。

 それは太陽がちょうど中天を指した頃だった。従者は食事の準備のため席を外していた。

 邑は何やら騒がしかった。早くも凱旋したのかとうずうずしながらあたしは神水の中央にぺたんと座って丘を飽かず眺めていた。

 人影が現れた。ロデアは身を乗り出した。



 そこは、弓の邑における秘所だった。池は森々と横たわり満々と清水を湛え今は鏡の如き水面に隈なき望月を浮かべていた。

 人影はなかった。

 チトフはしかし池の中央に何か模様のようなものが見え、痛む足を引き摺りながら歩いて行った。

 それは模様ではなかった。

 人が、寝ている。

 チトフは走り出した。そして目の前にあるものを否定しようとした。

 「……ロデア?」

 しかしそれはどうしてもロデアだった。彼女の身を覆っていた様々な毛皮はなぜかすべて周囲に散らばっており、月光がロデアの裸身を青白く染めていた。しかし肩口は黒く輝いていた。そこに深い傷痕があり、まだ乾ききっていない。その手はひどく冷たかった。

「占いで何でもお見通しじゃなかったのですか? ほら、これもあれでしょう? 僕を驚かせようと神異を発揮しているのでしょう。さあ、もう戯れは十分です。目を覚まして下さい」

 ロデアは今になってもまだ何かに手を伸ばそうとしていた。チトフはロデアを抱えると打ち伏し、絶叫した。

 鬼哭啾々、風も喚く。

 

 チトフはとぼとぼと丘を降りていった。集落の者達が血塗られた刀身をぎらつかせ闊歩している。カンドゥクがチトフを見つけ声を掛けた。カンドゥクは何時になく朗らかだった。

「お前のおかげだ。チトフ。この邑の者はもう誰一人生きてはいない。我々は、勝利したのだ!」

 チトフはすぐには応えなかった。とろんとした目を上げて、口を開く。

「なあカンドゥク、この邑の者を殺そうと発案したのは君か?」

「ああ、そうだが……」

 チトフはかつて自分の住んでいた家に入った。トナカイの褥に座ると膝を抱え、目を瞑った。遣る方ない思いが沸々と満ちてきて声を押し殺し震えながら泣いた。

 


集落に帰ると弓の邑から持ち帰った品々に喜色満面、沸き返っていた。カンドゥクは偉大な長として称えられた。しかし失ったものも大きく、日々を追うにつれ毒の影響が出て大勢の男が死んだ。採取できる食料は乏しく、ほぼ狩猟に依存していため先行きが案じられた。誰も口に出そうとはしなかったが。いや。

 チトフは言った。

「移住しよう。このままでは飢えを待つのみだ」 

 しかし人々は一様に難しい顔をした。

「先祖代々受け継がれたこの土地を手放せというのか?」

「ここを離れねばならないとすれば朽ちて死ぬるが良いわ」

 頼りのカンドゥクも口には出さなかったが否定的な風で、チトフはいらいらした。昔は豊かな森に囲まれていたからこそ、生活が成り立っていたのだ。元々粘土質で地味ちみに乏しく植物の生育が悪い土地だった。しかも地面はほとんどの時期で凍っている。森がなければ動物も寄りつかない。寒さに震え、次々に木々を伐採する今は餓死を好んで招いているようなものだ。

 トキアミはやはり昔のまま、カンドゥクの傍らにいた。

 ねえトキアミ。


 僕、狩りができるようになったよ。カンドゥクみたいに、熊を倒したこともある。他にも、色々な技術を覚えて……もう昔の僕とは違うんだ。しかしチトフは何にもできなかった。ただ遠巻きにトキアミの姿を眺めていた。チトフは鬱々とした日々を過ごした。何もかもやる気が失せてしまった。トキアミの事を考えると苦しくて悔しくて何も手に付かなかった。

 僕は生まれ変わったつもりだった。だが結局ここでは昔の僕に戻ってしまう。一体、僕は何のために旅に出たのか。

 そうだ、君のためだ。

 虚ろな目を開ける。やおら立ち上がる。弓矢を携える。想像以上に体は弱っており立ちくらみがする。弓の邑に向かい、道中でトナカイを見つけると矢を放ち仕留めた。弓の邑周辺はまだまだ動植物共に豊かだった。弓の邑に到着すると、肉を火で炙り、久しぶりに食事にありついた。ひたすら腹に収めると夢も見ず眠り、目覚めるや来た道を取って返し、集落に戻った。

 君とは、不倶戴天なのだろうか。……それとも。

「カンドゥク。トキアミを賭けて君と決闘をしたい」

 必然の帰結。雄としての本能だった。チトフは現代人よりむしろ動物だった。


「あのチトフがカンドゥクと闘うらしい」

「身の程知らずが」

「どのようにくたばるか見届けてやろう」

 弓の邑に保存されていたトナカイ肉を頬張り、屍肉も食べ尽くし、集落はまたも食料に窮していた。

 カンドゥクだけが知っていた。チトフは以前のチトフではない。先の戦でチトフが単身、弓邑の長を討ち包囲の中を奮戦しここに生還している。

 集落の者が勢揃いして決闘の行方を見守る中、得物が接吻を交わし戦いは始まった。

 カンドゥクは、集落の守護神だった。彼がいなければ食料に乏しいこの集落はとっくに滅びていただろう。そのカンドゥクに勝負を挑むと言うことはチトフがこの集落を背負っていくということだ。

 お前にその覚悟はあるか? カンドゥクの剣は泰然と振り下ろされチトフの命をりに来た。

 チトフは逃げ回った。

 眩しかった。チトフはカンドゥクを正視したことがなかった。余りの彼我の差に絶望していたからだ。隣のトキアミも手が届かない、いやそこにいるのにどこか彼方に存在していた。

 チトフは立ち止まった。そして初めてまっすぐカンドゥクに正対した。カンドゥクも足を止めた。

 覚悟を決めたのだ。カンドゥクはチトフと目を合わせそう感じた。

 負けるわけにはいかない。集落を守らなければならない。今日の食事すら全くあてがないのだ。今日もこれから遠出をして、狩りに出なければならない。カンドゥクは霞む意識を振り絞り、痙攣する腕を堪え剣を振り上げた。

 カンドゥクは、いや集落の者皆全て、かつてはチトフも、慢性的な塩分不足であった。だから皆、植物よりも動物を好んだ。カンドゥク自身、ここ数日肉を口にしていない。血液量が減り、酸素不足になりがちだった。

 カンドゥクの渾身の一撃をチトフの『慚愧せし嘴』は受け流した。衝撃にチトフの体が浮き上がる。カンドゥクはその時、知覚すべき情報に気がつかなかった。畳みかけるように薙ぎ払う。チトフの武器は後にフランスでベク・ド・コルバンと呼ばれる竿状武器ポール・ウエポンの原型で槍にピッケルと引っ掛け鈎が付いており、アジア大陸最西部アナトリア半島で名匠が奇異な形状の隕鉄を鍛造し造り上げた世に二つとない逸品だった。カンドゥクの剣が引っかけ鈎に受け止められた。カンドゥクが引き抜こうとする。チトフはそうさせまいと捻りながら力を込め引っ張った。

 黒曜石の大剣は甲高い音を立て、割れた。半身がぽっきり折れ剥がれ落ちた。黒曜石の強度は先の一撃でもう限界だった。チトフの心が揺れ動く。しかし迷っている時間などない。チトフは決意した。ロデアの面影が脳裏に去来する。カンドゥクは降参しようなどと躊躇うことなく、無惨な剣を振り払った。カンドゥクよ、英邁なれど不遇の士よ。

「ごめんなさい……」

 慚愧せし嘴の中ほどには穴が空いていた。穴はこの槍が強振される度に笛の役割を果たす。一声、おぞましい声で哭き、カンドゥクの腹に深々と槍は突き刺さった。

 それを見て、口が開かぬ者はなかった。

 慚愧せし嘴の血を払って、振り返ったチトフは自分に言い聞かせるように告げた。

「荷物をまとめてくれ。移住の準備だ」

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