第5話 自主学習
翌日、私は昨日と同じ時間に、鞄の中に日記と何も書いていない学習ノートを入れ、研究所へと向かった。
原崎病院付属研究所の隣の線路を跨いだ先に山城薬品工業という製薬会社があるのだが、そちらの方を見てみると、その駐車所に沢山の車が止まっており、中からガタイのいい男達が降りて行くのが見えた。
何事だ? と思い、立ち止まって観察する。
軽トラックの荷台には長方形の箱が乗せられており、ガタイのいい男たちはその箱を積み下ろしていた。
薬品の材料かは知らないが大変そうだ。
私は止めていた足を研究所へと進める。
研究所へと辿り着き、ガラス張りの部屋へと向かう。
部屋の中を外から覗いてみると、あの生物の姿は無い。
どうしたのだろうと思っていると
「紀見塚さん、おはようございます。」
「あぁ、おはようございます。」
職員の1人が話しかけて来た。
職員に訊ねる、
「あの、ここにいた生物は?」
「あぁ、それなら1時間前からサンプルの採取が行われていますよ」
「なるほど」
サンプルの採取……あの生物はどのような組織で構成されているのだろうか。
「後少しで終わるので、部屋でお待ちになっていて下さい」
私は部屋に入るとある事に気付く。
床に大量の紙が散らばっているということに。
紙を拾い上げ見てみるとそこには歪だが確かに日本語が書かれているのが分かる。
[き み た け き み た け き み た け……]
[て ん し て ん し……]
字を自分で学んでいるのだ。
素晴らしい、あの生物は私の教育だけでなく、自ら成長しようとしている。
絵本の時に見せた好奇心といい、字の練習にしても、そこから予定していたよりも早く意思疎通を図る事ができるようになるだろうと確信する。
そんな事を考えていると、
「きみたけ!」
あの声と共にあの生物が入ってくる。
そして私に近寄りこう言った。
「きみたけ! お、おかえり?」
「……今、なんと言った?」
「お、おかえり、きみたけ、おかえり」
「……ただいま」
今、喋った?
まだ何も教えていないのに何故?
疑問に思っていると、目の前生物は昨日買った絵本を持ってくる。
本を開き、あるページを指差す。
そのページは天使が飛べない事に途方に暮れながら自分の家に帰り、そこで玄関で母親が出迎えるシーンだ。
指差したところには、おかえりと書いていた。
「おかえり? おかえり?」
これで合っているのかと私に問い掛けるかの様に何度も発音する。
「そ、そうだ、あっているぞ、良く勉強してるな」
「ヴォウオゥ! きみたけ! きみたけ!」
頭を胸に擦り付けて来るので頭を撫でる。
とても嬉しそうにしている。
そんな様子を見て私は少し頬を緩ませる。
研究者の1人として、情を持つことが愚かな事だと分かっている。
しかしその前に私は教育係だ。教え子の成長を嬉しく思うのは当然なのでは?
心の中で研究者としての私と教育係の私がせめぎ合う。
だが…
こんなに頑張っているのだ、明日には何かプレゼントでも買ってきてあげよう。
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