第3話 天使の本と食事風景

 時間は午前10時、私は身支度を終え研究所へと向かう。


 私の足取りは昨日の一件から軽い。




 ここから何を教えていくか、先ずはちゃんとした意思疎通が出来るように日本語を教えよう。




 私は途中本屋に寄りある絵本を手に取る。




 内容は空を飛ぶ事ができない天使が居て、周りの友達から馬鹿にされていた。しかし努力の末、飛ぶ事が出来るようになるという話だ。




 面白いか面白くないかは置いておくがこの本が伝えたい事は努力次第で何事も出来るようになるという事だろう。




 あの生物に成長して貰うにはまず私の教育の仕方もあるが、あの生物が成長しようという意思が無ければならない。




 この本を通して成長する事の素晴らしさを知ってもらいたいのだが……果たして上手く行くのだろうか?




 そのようなことを考えているといつの間にか研究所に辿り着いていた。




 自動ドアを通り抜けエレベーターであの部屋のある4階に向かう。




 4階につき、ガラス張りの部屋まで歩いていると、すれ違う職員に




「あ! どうも! 今日もよろしくお願いしますね、きみたけさん」




とからかわれるように言われた。




「ん?どうしてその名前を?」




「いやぁ、あの生物、紀見塚さんが帰った後もずっときみたけ、きみたけって言ってましてね」




「なるほど」




「凄いですね、1日であそこまで懐かれるなんて」




「どうなんでしょうね? 懐かれてるんでしょうか……」




 最初にしては上手くやった方だろうか?


 名前を覚えて貰う事に成功した様だからこれからも頑張って貰わなければ。




 部屋の前まで行くと部屋の中から




「きみたけ、きみたけ」




 と声が聞こえる。




 部屋の中に入ると、




「ヴァア!きみたけ!きみたけ!」




 と凄いスピードで私に近づいてきた。




「ちゃんと覚えたか?えらいぞ」




「きみたけ!きみたけ!」




 私の名前を連呼しながら何か期待するように頭を私の胸に擦り付ける。




 そんな生物の頭を撫でると嬉しそうにまた私の名前を呼ぶ。






「今日はこれを持ってきたぞ」




 私は鞄の中から行き道で買ってきた本を取り出す。




「今からこの本に書いてある言葉を勉強しよう、さぁ座って」




 私が先に座って見せ隣の床を手で指差す。




 理解したのか目の前の生物は私の隣に座る。




「よし、じゃあ読むぞ。むかしむかしある所に……」




 私は本の読み聞かせを始める。


 勿論この生物が言葉が分からないだろうという事は100も承知だ。


 言葉が分かるということは重要では無い、重要なのは、




「ヴァあぃ?」




絵本の中の天使を指差す。




 よかった、最初の期待通りこの生物はこの本に興味を持っている。学ぶ意志を持っている。




 様々な生物に人間と変わらない自我を持たせ、色々な物を見せたり教えようとしたが興味を持つ事は無かった。




 しかし、この目の前に居る生物は、先程のように分からない所を知る為に私に聞く仕草をしたのだ。




「これは、天使、神様の使いだ」




「でぇんし?かみぃざば?」




「そうだぞ、天使と神様だ」




「てんじ、かみざま」




「そうそうあってるぞ、話を進めるぞ?そんな中天使さんは……」




 私は本を読み聞かせる、途中所々これはなんだと指を差し、尋ねてくる生物を見て思ったより早く言葉を覚えるのでは?と思った。




「そして天使さんは努力の末空を飛ぶ事が出来ましたとさ、めでたしめでたし」




「ヴォおー!」




 読み終わると共に本を渡す。


 興味深そうにページを捲っては戻し、捲っては戻しを繰り返したり




「でんし、がみさま、ともだぢ」




 と今日学んだ言葉を復唱していた。




 腕時計を見るといつの間にか12時を回っていた。




「そろそろ昼時か」




 そこで疑問に思う、この生物は一体何を食べているのだろうと。




「失礼します」




 ガチャっと扉が開く音が聞こえ、後ろを振り向くと、トレイを持った職員が入って来た。




「紀見塚さん、これを」




 そう言うと私にトレイを渡す。


 中に入っていたのは何かの血なまぐさい肉だった。


 私の見たことも無い肉、一体これは何の肉なんだ?実験等で見てきたものとどれも一致しない。




「…これは一体?何の肉なんですか?」




「気にせず食べさせて上げてください。この生物の主食らしいです。」




 目の前の生物は、この肉の匂いに吊られてか、よだれを垂らしながらこちらへと近づく。




「きみたけ!きみたけ!」




 そして口を大きく開け、今か今かと肉を入れられるのを待っている。




 その大きな口の中には鋭い牙がずらりと並んでおり肉食系の生物だと分かる。




 私は何の肉か分からない物をトングで掴み口の中に入れる。




 グチャグチャ、と不快な咀嚼音が部屋に響く。




 職員の方に顔を向けると少し顔が青ざめていた。




「……おっ、美味しいか?」




 一応聞いてみるが私の言葉に気にもとめず、喋れるのであれば、おかわり! と叫ぶように大きな口をまた開き、次の肉を待っている。




「いっぱい食べるんだぞ…」




 口の中にまた肉を入れる。


 また先程のようにグチャグチャと生々しい音を立て咀嚼し、呑み込む。




「ううぅ、すみません……トレイお下げしますね」




 そう言うと空になったトレイを私からひったくるようにして取り、口元を押えながら部屋から逃げるように出て行った。




 不快な音だったのは分かるが何故あの職員はあそこまで気持ち悪そうに出て行ったのだろうか。




 目の前の生物は嬉しそうに長い舌で口周りについた血を舐めとっている。




「美味しかったか?」




 そう言いながら私は頭を撫でる。




「ヴゥゥ……きみたけ……」




 お腹いっぱいになって眠くっなったのか、目を閉じて気持ち良さそうに眠りについた。




「…さて、私も食べに行くか」




 私は目の前眠る生物を床に寝かせて静かに部屋を後にした。




 近くに牛丼屋があるのだが流石に今は肉は厳しかったので少し遠い寿司屋に向かった。




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