第2話 あだ名

「紀見塚君入りたまえ」


「失礼します」


 研究所の一室に呼ばれた私、中には初老の男がいる。


 この人物は原崎病院院長、原崎秀満。


 私をこの研究に呼んだ人物だ。


「まぁ座りたまえ」


その声と共に私はソファーに腰掛ける。

「君の薬にはとても感謝している、このまま上手くいけば新たな発見が出来るだろう。そこでだ、君にあの生物の教育係になって欲しいんだ。」


「教育係ですか?それはまた何故?」


「意思の疎通を図れる位にまで教育して欲しいのだ。そうすればその生物の過去や見てきたものを知る事が出来る。」


 なるほど、教育係は私への褒美と言ったところだろうか。


「分かりました、謹んでお受け致します」


 謎の生物の成長の過程が私の手に委ねられる、責任重大だ。


 まずは言葉からだ、そこから何を教えようか、様々なことを考えながら部屋をあとにする。

「紀見塚さん、こちらです」


 職員に案内されたのはガラス張りの部屋だ。


中にはあの生物がぺたっと座り込んでおり辺りを興味深そうに見回している。


「これが部屋の鍵となります」


 鍵を手渡される、私は職員に軽く感謝を述べると鍵を使い部屋へと入る。


 中に入るとあの生物から発せられているのだろうか、濃い土の匂いと腐った肉の不快な臭いに鼻が曲がりそうになる。 


 目の前の生物は私を先程同様興味深そうに見つめている。


 ファーストコンタクトは大切だ。


 まだ言葉は分からないだろうが自己紹介をしよう、警戒心を持たせないように出来るだけ安心させるような声色で


「私の名前は紀見塚健夫、今日から君の先生になるんだ。」


「……?ヴゥヴォォオ?」


 目の前の生物は疑問そうに首を傾げている。

 当たり前の反応だろう、どう教育して行くか。

 なら先ずは私の名前を覚えて貰おう。

 しかし長いと難しいだろう、それならば昔、学生時代に呼ばれていたあだ名ならどうだろう。


 私は自分に指を向け、


「きみたけ」


 あだ名を言う。


「ヴァ?」


「きみたけ」


「ヴぅ?」


「き・み・た・け」


「……ギィヴぃダァゲ」 


 目の前の生物は私に指を指して言った。


「そうだ!きみたけだ!私の名前だ!」


 素晴らしい!

 この短期間で私の自分を指した指の意図を理解し、まだたどたどしいがきみたけと発音した!


 まだまだ分からない事だらけだがこの生物は学習能力が異常に高い、それかこの生物には学ぶ意思がある。


「キィビィダゲ」


「そうだそうだ!きみたけだ!」


「キミィだケ」


「もう少しだ!!き・み・た・けだ!」


「き・み・ダ・ゲ……キみたけ?」


「そうだそうだえらいぞ!」


 私は感極まり目の前の生物の頭をゴシゴシ撫で回す。


 見た目通りのゴムのような弾力性ある感触、他の動物なら感じられる体温は感じない、謎ばかりだ。


 今も撫でられる生物は何をされているのかよく分かっていないようでされるがままになっている。


「きみたけ、きみたけ、きみたけ?」


 今後の成長に期待を込めながらこの生物を撫で続けた。

「きみたけ……」

 私に撫でられる生物はどこか嬉しそうに見えた。


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