11 お願い (fix

 骨格艦レヴナントが格納スペースに収まってハッチが閉じられると、下船が可能になったことを示すステータス・アイコンが表示された。

 トランスポーター内は、ステーションの格納港区画ドック・ブロックと同じ仕様らしかった。


「ふう」


 骨格艦レヴナントのコックピットである頭部艦橋クラウンシェルもちろん、居住スペースの胸部居住区ブレストキャビンでも精々クルーザー程度の広さしかないので、百メートル以上の広さを持つ空間は開放感がある。

 仮想現実VR空間には変わりないのだけど、広い空間を泳ぐと、一息つける気分だった。

 無重力空間の慣性に任せてクルクルと回っていると、イスミさんが流れてきて「こっち」と囁いた。

 手をひかれる。


「話はコックピットでしよう」

「あ、ああ」


 視線を進行方向の扉にうつすと、クロエがこっちの方を見てニヤニヤしているのが見えた。ユキムラの方は少し不満そうだ。


      *


 トランスポーターのコックピットは竜骨型宇宙船キール・スターシップらしく、広々としていた。


【全員そろったな。ではトランスポーターをステーションに帰還させるぞ】


 トランスポーターの操縦席にはいると、電子音声で話しかけてきたのは、先ほどイスミが見せてくれた円筒形の黒と銀の物体『ルルさん』だった。

 円筒形の周囲に、プレイヤー用のメニュー・ウィンドウを表示して、トランスポーター艦を操っている。

 イスミさんが操縦するわけじゃないんだ、などと思っていると、興味を持ったらしいクロエがふわりと部屋の宙を泳いだ。


「これ、プレイヤーの特殊なアバターとか、そういうのんや無いねんな?」


 上手に浮遊して『ルルさん』の隣まで行くと、コツコツと爪の先で材質を確認するように、つつく。


「そうなの? ルルさん」

【そんなわけないだろう。なんでお前がきくのだイスミ。VRステーションのアバター側は、自意識を転写する関係で、少なくとも人の形をしていなくてはならん】


 そういえば、そんな話を聞いたことはある。

 一般的な体系は問題ないのだけれど、ボディビルダーのような体形が変わるほど筋肉質なアバターや、逆にモデルのように痩せすぎているアバターでは、人によっては安定して自意識が転写ができず、アバター・デザインには制約が多いのだとか。


『ルルさん』の場合、円筒形のごみ箱とか、全自動掃除機とか、音声認識AIリモコンとか、その手の形状なので、人間の自意識のログインは不可能だろう。

 もちろん古典的なボイス・チャットで外部的にアクセスしている可能性もあるのだけど、それは一般プレイヤーには不可能で、出来たとしても不正行為チートの類だ。


「じゃあ『ルルさん』ってやっぱり……」


 ユキムラが期待を隠せない様子で聞く。


【『アノマリー』だ】


『アノマリー』

 言葉の意味は確か『異常検出』とか、そういう感じ。

 恒星間航行が存在するタイプの宇宙モノSFではよく使われる言葉で、太古の超文明の遺産とか、未知の宇宙生物とかを指して使う。

 P・B・Dペイル・ブルードットでも例に洩れず、出自も原理も不明の出土物や漂流物といった感じ。

 そしてゲームの面では、各々唯一のユニーク・アイテムという位置づけだ。


 それが『ルルさん』

 ただ、ゲームのNPCがこんなに流暢に喋るモノだろうか?

 疑問はさておき。


「とりあえず、ルルさんはイスミさんが呼んでる愛称っぽいよね」

「うん。ルルさんの名前はややこしいから、ルルさん」


 イスミがそういうので「正式名称は?」とルルさんに聞くと、


【レジェンダリィ・アノマリー09・カハ=ルルィークだ】


 と答えた。


「カハ、ルル、イーク……?」

【カハ=ルルィーク】

「なるほど、ルルさんで」

【なぜだ】

「いや、あまりしないタイプの発音だから、純粋に呼びにくい」

【イスミにも同じことを言われるのだが、そんなに呼びにくいか?】


 ルルさんは回転して、おそらくクロエやユキムラの方を向いて聞いた。円筒形なので向きが分かりにくい。


「いや、ルルさんでええんやない?」

「たぶん東欧の方の言葉かな?」

「ユキムラなんでそんなん詳しいん?」

「スペース・オペラに出てくる宇宙船の名前とかが、けっこう多国籍だから、調べてるうちに覚えちゃったのよね」

「さすがのユキムラさんやったわ」


 ゆっくり話が脱線していく二人に見切りをつけたのか、ルルさんは黙って逆回転して、俺の方を向きなおした。

 だんだんルルさんの正面が分かるような気がしてくるから不思議だ。

 黒い円筒形なのに。


【クロエにユキムラ。そして、おぬしが志渡直親シド ナオチカか】

「なんで俺だけフルネーム」

「んー、一目惚れ? じゃないか。なんだろう」


 イスミが俺の事を見つめて、あの囁き声でそんなことを言うものだから、胸が締め付けられるような感覚が襲ってきた。


「いや、イスミさん待って、何の話」


 俺の少ない恋愛知識でも想像できるぐらい、告白でも始まりそうな雰囲気のイスミに、さすがに慌てる。

 高鳴る自分の鼓動にまごついていると、イスミはその深いスミレ色の瞳で僕を覗き込むように見つめて、


「――シドさんにね、ちょっと、お願いがあるんだ」


 と囁いた。

 あんまりにも出来すぎて綺麗だったので、怪しい勧誘の類の警鐘が頭をよぎる俺。

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