09 回収、けん引 (fix

 名を呼んでも、にわかには信じられなかった。


「ほんとうに伊澄イスミさん……今日、バス停の……?」

「君は志渡シドさん、だよね? バス停の」


 通信ウィンドウ越しに、瞳が絡み合った。P・B・Dペイル・ブルードットのアバターの彼女は現実で見た時と殆ど印象が変わらず、色素の薄い鈍色の髪に、スミレ色の瞳をしていた。

 そういえば、最初に見た彼女の瞳の色は……そんなことを考えていると、彼女は不思議そうな顔をして俺を見つめている。


「はいはいシド君、自分で真っ二つにした相手と、なんかいい雰囲気で見つめ合わない」


 見つめ合う俺たちを正気に戻すのに、ユキムラがパンパンと手を叩く学校の先生のような仕草でカットイン。


「で、そっちの伊澄イスミさん? アバター・ネームは?」

「あ、はい。イスミですよ?」

「私たちと同じパターンの名前か……って、今はそんな話じゃなくて、どうする? シド君、綺麗に腰椎骨格フレームだけ叩き切ったみたいだし、時間までに救助したら、その骨格艦レヴナント、ロストしないで済むけど?」

「ちょっとユキムラ何言いだすん? そいつ敵やで?」


 ユキムラの言葉に慌てたのはクロエだった。

 ステーションを破壊した相手だし、まあ当然といえば当然の反応なのだけど。


「やーでも、シド君を誘惑したっていうモノ好きにちょっと興味ない? クロエ」

「あー、それはまあ……せやな」


 ユキムラがにんまりとした悪い顔でいうと、クロエはあっさり納得して、同じような悪い顔をした。

 ほんとうにコイツラは、こういう時だけ息ピッタリで困る。


「で、イスミさん、どうする?」


 手首を見せるように指さして、ユキムラが伊澄イスミ――イスミに云うと、彼女はきょとんとして、視線を横へ逸らした。


「どうしよう?」


 逸らした視線の先へ、何事かを聞く。


【普通であれば、問答無用で身ぐるみ剥がれている状況だ。わるい話ではないな】

「ふむ……じゃあ、おっけーで」

【待てイスミ。普通こういう場合は、交換条件というモノが付く、それを先に聞け。後でトラブルになるからな】

「ん、わかった――交換条件を聞かせてください?」


 と、通信ウィンドウの向こうで何事か相談して、振り返って言いなおした。楽屋裏の話が駄々洩れなのだけど。それでいいのかイスミさん。


「交換条件……って、あー……どうしよう、シド君?」


 そう来るとは思っていなかったのか、ユキムラがこっちに聞いてきた。よくよく考えれば、無償で救助を申し出たこと自体、少しお人よしがすぎる気もする。

 そういうところがユキムラの気の良いところなのだけど。


「そうだな……俺としては、修理とかしてほしいところなんだけど、ダメかな? 〈エンフィールド〉これ、全損してる船体区画パートとか骨格フレームとか、全とっかえだからさ。金がない。クロエは?」

「ウチ? ウチは削られたのシールドだけやし。それにシドやんのイイ人なんやろ? かまへんかまへん。好きにしぃや」

「クロエ、そのアバターの時に、親戚のおじさんっぽい茶化し、やめてくれない?」

「そんな気になる?」

「いや色々と、視覚と聴覚が噛み合わなくて脳がバグる」


 見た目だけなら銀髪の美少女が『喋ったらまるで関西弁のおっさん』とか、気にならない方が難しいと思う。

 まあクロエは茶番ダベりモードのようなので、これは放っておくとして。


「それじゃあ、シドさんの骨格艦レヴナント、修理したらいいかな?」


 物怖じしない感じのイスミさんが、間を置かず会話に入ってくる。


「えっと、それじゃあ交換条件はそれでいい?」

「うん、わかった」


 はにかむ表情と、囁くような声が心地いい。

 超が付くほど高額な〈アナイアレイター〉の回収サルベージとの交換条件と云うことを考えると、実際はステーションも復旧してもらいたいぐらいだけども、それはそれで何か恰好が悪い気がして。

 顔と声で得してるタイプだよな、などと考えながらイスミさんをまじまじと眺めた。物怖じしないところもいいのかもしれない。


「シド君――」


 咎めるようなユキムラの声。


「――……ううん、修理といっても、どうやって?」


 口元に手を当てて咳払いの仕草をしてから、ユキムラは画面右を指矢印で指す。

 そこには破壊されつくした俺たちのステーションの残骸。

 そうでした。


「あー……中枢区画コア・ブロックが復旧するまで、格納港区画ドック・ブロックの機能って使えないんだっけか……」


 どうしたものかと頭を抱えていると、クロエの声。


「とりあえずイスミさんの上半身と下半身、けん引したで」

「クロエそれ、なんか猟奇殺人っぽい」

「そんなん言うたかて、真っ二つにしたの、シドやんなんやけど?」

「そうだそうだー」


 どういう流れかイスミさんまで小芝居に乗っかってきた。本当にどういう人なんだこの人は。


「ステーションが使えないならさ――」


 いや、壊したの貴女ですが。


「――ウチ、来る?」


 と、事も無げにイスミさん。囁き声のような声質ウィスパーボイスが耳に心地いい。


「え、ええ――」

「いやいやいや、イスミさん、あなた!」


 イスミさんの申し出に、何故かユキムラが俺以上に動揺していたのだった。

 なんで?

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