08 クロスレンジ (fix

 戦況を映し出す映像ウィンドウでは、小惑星の陰に釘付けにされているクロエの〈スノーホワイト〉の姿が見えた。


「ごめんクロエ。もうちょい粘って」

「あいあい。じりじり削られとるでー」


 言っているそばから〈スノーホワイト〉の可動防御板シールド・モジュールに命中弾。映像にシールドが対消滅する光、レーダー・ウィンドウにはクロエ艦被弾の状況タグ。

 亜光速で飛んでくる徹甲弾であっても弾体や衝撃と対消滅する可動防御板シールド・モジュールは貫通させずに防いでくれるから、ある程度シールドが残って居るうちは、まだ多少の無理は効く。


 中距離以遠ではゲイボルグ92を装備した〈アナイアレイター〉の方に有利。

 だから相手はその距離を維持しようとする。それが丸い行動だ。

 むこうは船のクラス重量でも有利で〈量子演算ラムレザルソナー〉があるから、ソナーの再使用時間リキャストを待って、次の行動に移る算段だろう。


 そこを突く。


「シド君、索敵妨害ECMクローク切れるまで後3、2、1……」


 カウントダウン。こういう時、ユキムラのキッチリした性格は有難い。


「まだ少し遠い……」

「クローク解除、今」


 クローク消失。通常の索敵レーダーには映っているはずだけど、まだ少し遠い。そのまま速度を落とさず接近。


「武器がないユキムラは離脱して」

「でも……」

「じゃあ、少しでも撃墜されない位置で囮をお願い」

「……分かった」


 ユキムラが離れるように軌道を変えたタイミングで、紅い量子演算ラムレザルソナーの波が来る。

 捕捉された。

 二手に分かれた直後のタイミングで、相手に一瞬の躊躇ちゅうちょが見えた。ツイている。波が来た中心へ向かって加速。

 すこし迷ったゲイボルグ92の砲口が、こちらに向けられるのが見えた。

 だけどユキムラのお陰で、こちらは必要な距離までの接近を終えている。


「――今ッ!」


 状況的には三連続バースト射撃を喰らって、運が悪ければ船体中枢バイタルパートのどこかを撃ち抜かれて撃墜されるパターン。

 しかし、飛来した三発の亜光速徹甲弾サブライト・シェルかわすように、俺の骨格艦レヴナント〈エンフィールド〉は掻き消えたのだった。


 後に残った、紅く厚みのない、量子演算転移ラム・シフトのゲート


至近転移ジャンプリフト!?」


 おどろく相手の声。どこかで聞いたような。

 もう出口側のゲートは視認距離内、〈アナイアレイター〉の背後に現れていた。


ちかっ」


 やはり聞いたことのある声のような気がする。


 しかし、頭では余計なことを考えて居ても、手に馴染ませた操作は止まらない。

 索敵妨害ECMクロークで接近。至近転移ジャンプリフトによる背後への転移。

 そして次が最後の一手。

〈エンフィールド〉の右腕骨格フレームが、腰背部の増設武装区画サブ・アーセナルに装備された、日本刀のような装備モジュールの柄に伸びる。


 亜光速居合サブライト・イアイブレード・建御雷タケミカヅチ


 骨格艦レヴナントの推力と同じ、粒子干渉場エルフェルトを使って、鞘の中で亜光速サブライトまで加速した刃で斬る居合刀。

 イロモノな近接武器の中のイロモノ。

 可動防御板シールド・モジュールのシールド値を超えた分が貫通して、船体中枢バイタルパートにダメージが入るペネトレイトという特性があって、ひとつだけ実用的な使い道が、モノ好きなプレイヤーの間で開発された。


 それが「至近転移ジャンプリフトで瞬間的に背後をとっての近接攻撃」

『めくり』と云われる背後を取る骨格艦レヴナント戦法テクニックの一種。

 格闘ゲーマーに云わせれば、べつに防御をめくっているわけではないので『めくり』ではないのかもしれないけど、そこはまあ言葉のあや・・だ。

 余談だけど『めくり』という通称になったのは『裏取り』と云う背後を取るチーム戦術と紛らわしいから、なのだとか。知らんけど。


 骨格艦レヴナントの防御は、シールドである可動防御板シールド・モジュールが行っている。

 バレルロールからも分かるように、宇宙空間での骨格艦レヴナントはその軽快な運動性で向きや姿勢を自在に変えられるため、敵陣のど真ん中に突っ込む無謀な予定でもないかぎり、それらは前面に向けられる。


 可動防御板シールド・モジュールシールドであり、カバーだ。


 プレイヤー艦で背面を常時守っているのは、最重量級の駆逐クラスでも不意打ち初弾を防ぐための小型の可動防御板シールド・モジュール二対が精々。

 その事と、亜光速居合サブライト・イアイブレードの貫通特性は噛み合っていた。


 転移からの、不意打ちによる一撃必殺。


 抜き放たれた亜光速の居合イアイブレードは、背面を守っていた可動防御板シールド・モジュールを切り裂き、そのまま、腰椎の骨格フレームを――


「最近、流行り? ……の『めくりリフト』っていうやつ……だっけ?」

【この骨格艦レヴナント、射撃装備モジュールを積んでいない。よく割り切ったものだ】

「中量クラスに至近転移ジャンプリフトなんて重い装備モジュール積んで、反撃対策にシールドの枚数も、積載量ギリギリいっぱい。とんがってるなー」


 断ち切るまえに身を捻られ、亜光速サブライトの刃は〈アナイアレイター〉の左腕骨格フレームを斬り飛ばした。

 惜しい。

 せめてゲイボルグ92を保持する右腕なら、ほぼ勝負が付いていたのに。


 しかし、やっぱり聞き覚えのある、透明な声。

 と、あと何かシステム音声のようなノイズの乗った声だけど、妙に抑揚のある声。

 二人?


 考える間もなく〈アナイアレイター〉の肩部武装区画アーセナルが獣の顎のように開き、内蔵された両肩四門の電離弾体アークシェルラピッド・ガンが、プラズマ・アークを纏った無数の粒子弾をばら撒いて、こちらのシールドを削ってくる。


「待ってくれ! あんた――」


 牽制射撃から加速して距離を取りロール、さらにゲイボルグ92の砲口を向けられたところで思わず叫んだけど、返事は、容赦なく降りそそぐ亜光速の砲弾で帰ってきた。

 電離弾体アークシェルラピッド・ガンで削られていた可動防御板シールド・モジュールは砕け散り、つづけてシールドのカバー範囲から外れ、直撃された肩部武装区画アーセナルが左腕骨格フレームもろともに吹き飛ぶ。


「ん……? これでおあいこ、だよ」


 とぼけたような囁き声。


「聞こえてんじゃ、ねえかッ!」


 建御雷タケミカヅチを納刀して、当たらないことを祈って、周囲に浮かぶ岩塊を蹴りながらランダム回避運動レレレ・シザース

『レレレ』は左右に振る動きのスラングで、語源は百年以上前のアニメ作品のキャラクターなのだと、戦術スレッドの書き込みで読んだ。

 とにかく骨格艦レヴナントを上下左右に振って、狙いを狂わせる。


 引いて立てなおしている余裕はない。ここまで詰めた距離をはなされたら、勝てる筋が消える。

 花占いの最後の花びらのように一枚残った可動防御板シールド・モジュールを右腕の防御に集中。

 電離弾体アークシェルの雨の中、小惑星帯アステロイドを壁や楯にして、とにかく跳ねまわる。

 左脚部に数発被弾。今度は脚が骨格フレームの根元からちぎれ飛ぶ。もう、小惑星帯を蹴っての急な回避も出来ない。

 左側面からは頭部からリアクターまで、船体中枢バイタルパートが剥き出しだ。

 そのどこに食らっても撃破判定になる。

 だけど右腕とブレード、そして臀部動力区画リアクターコアの上部に装備された至近転移ジャンプリフトが無事なら、まだ、やれる。


 それに応えるように、鞘の粒子干渉場エルフェルトレールが蒼く発光。

 建御雷タケミカヅチ再使用時間リキャストが回った合図。至近転移ジャンプリフトの再使用時間リキャストも同じになるように、設計ビルドモードでエネルギー配分を調整してある。


 いろいろな幸運にめぐまれた最後のチャンス。


 ほんの一呼吸だけ、こらえる。


 その時、亜光速徹甲弾サブライト・シェルの閃光が、横から。

〈スノーホワイト〉が追いついての援護射撃。〈アナイアレイター〉の意識が一瞬、クロエの方に向いた。


「シドやんッ!」

「クロエ、ナイス」


 至近転移ジャンプリフト。

 紅いゲートと共に、居合の間合いへと肉薄。


「仲間が三人。君のステーションだったんだね、やっぱり――」


 刃が交わる瞬間、彼女の囁き声は、まるで世間話でもするかのようだった。


 既に背面の可動防御板シールド・モジュールは破壊済。

 駆逐クラスといえど、シールドなしでの船体中枢バイタルパートへの直撃は致命傷になる。


「――けっこう強いじゃないか、志渡シドさん」


 予想はしていた。そしてハッキリと名を呼ばれた。


 だけど、一切の躊躇なく居合一閃。

 建御雷タケミカヅチの亜光速の刃は、一刀のもとに〈アナイアレイター〉の腰椎骨格フレームを斬り捨てた。


伊澄イスミ……世良セラ……?」

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