03 クロエ

「やーっ、ほー」


 顔を合わせるなり、ちょっと変なイントネーションでそう言ったのは、アバター・デザインを弄りまくっている方のチームメイト『クロエ』。

 先にログインしていたらしい。


「今日は早いねクロエ。ユキムラは?」


 クロエのアバターは、ゲーム世界の住人然とした、現実リアルではなかなかお目に掛かれないであろう、プラチナ・カラーのサラサラの髪をした少女の姿。

 薄いピンクの唇。メイクはナチュラル系だけど、うるさ過ぎない程度に主張があって、見栄えが良い。手が込んでいる。

 エメラルド・カラーの瞳は、エッジワースのメンバー全員の揃いにしたので、俺のアバター・シドも同じ色をしている。


「少し遅れるて言うてたで。メール、見てないんか?」

「あ、見ないでログインしちゃったな」


 いつも、この時間に三人集まっているので、無精が出てしまった。

 まあログインしてしまえば会えるという意識があって、メールも普段からあまりチェックしないのだけれど。


「ところで、どや? この服、買ってもーたんやけど」


 少女然、あるいは高級な人形ドールのようなアバターから受けるイメージから違った、綺麗なボーイソプラノのクロエの声。そして関西弁。

 小さい頃に、ウチの近所に引っ越して来ているので、ちゃんとした関西弁ではないらしいし、それにアバター・クロエの関西弁はキャラ作りだそうだ。

 そんなクロエが見せびらかす様に袖を広げて見せた服は、今日はゴシックドレス。

 以前、有名な服飾デザイナーが、ゲーム内で服をデザインして売っていると言っていたから、たぶん、それ。


「買ったんやけど、ってクロエ……ウチのチーム、ステーション増築したばっかりで、今凄い貧乏なんですけどね?」

「そう言わんと、ほれほれ」


 と、一回転して見せるクロエ。


「まあ、良いんじゃない?」


 実際、デザイナーズ・ブランドだけあって、物体メッシュデータも、表面マッピングデータも、ディテールの細かい見事な仕上がり。

 なのだ、けども。


「でもさ、男が、男に、服を褒めろと云うのは、如何なものか?」


 と、半目でクロエのゴシックドレス姿をまじまじと眺めてから、顔を見る。

 本当にクロエの、アバターや化粧、服のセンスはビックリするほど良い。

 P・B・Dペイル・ブルードット仮想空間VRは、意図的に現実から少しだけリアリティを落とした、ケレン味のあるデザインになっていて、化粧メイクやファッションには独特の癖があるのだけども、その分を加味したキャラクター・デザインが出来る人は、案外少ない。

 クロエはその一人。と思う。

 ただし、クロエは中身もアバターの性別も、両方『オトコ』、なんだけども。


「学校でも『そのコートいいじゃん』ぐらい言うやろ? 褒めてもバチは当たらんて。そないなつれないこと言うてると、縦回転すんで?」

「それはマジで止めなさい」


 クロエは、今日はスカートなので、縦回転されると下着がモロに見えてしまう。

 システム上、それはショートパンツに分類されるのだけど、審査はあるものの、プレイヤーが自由にデザインできるアイテムなので、どう見ても下着のものも多い。

 そしてもちろんクロエの場合は、男性が女性用を履いているように描写されるわけで。

 申し訳ないが、見たくないにも程がある。


「だいたい、そのキャラ、なんで女キャラにしなかったの?」


 中身の名前は『黒江一輝クロエ カズキ』。

 男性型アバターを少女的な顔つき、痩身の女性のような体つきにカスタムしてあって、余程アバター・メイキングに拘りのある人でもない限り、男性キャラと分からない。


 このゲームは仮想空間VRステーションのゲームにしては珍しく、プレイヤーとアバターの性別が同じである必要はなくて、実際、女性アバターを使っている男性や、男性アバターを使っている女性は、結構多い。

 そういう事を公言していない人を含めて考えれば、もっとたくさん居るだろう。

 けれどクロエのように、わざわざアバター自体の性別をたばかるようなモノ好きは、なかなか居なさそう。

 いや、そぅいう人がいっぱい居ても、リアクションに困るのだけど。


「そこは、ほれ、こだわり? とかあるやん?」

「男の娘? とかって、ホモやゲイとか言うと、怒られるやつ」

「うん、まあ……シドやん。それ、たぶん本当に怒られるやつ」


 冗談のつもりが、結構真面目な顔でクロエに咎められたので「あ、ゴメン。悪気はなかった。ゴメン」と素直に謝る。

 クロエの性格で、真面目なトーンの話をされると、妙に恐縮してしまう。


「アバターの美人度はリアル・モデルの人とか、その道のプロには、やっぱり敵わへんしねぇ……レイヤーさんとかも凄いで? 自分で服飾データ造りはるし」


 可愛らしい仕草で、立てた指をクルクル回してクロエは言う。

 仕草も堂に入っている。


「ゆーて、ゲームの中でなら『本物?』の女の子に、とかならんもんか?」

「そこは、ほれ、ニュアンスが繊細なところなんやよ。ログイン中、タマ・・が無いのが気になったりとか?」

「ログイン中に、タマの心配をしたことはないし。俺にはわからん繊細さだよ……というか、その姿で下ネタはどうかと」

「話振ったの、シドやんやない――」

「……あ、女の子と言えば――」

「急に話戻すし。女の子と言えば、なんなん?」


 女の子がどうのという話をしていて、ふいに、学校帰りのバス停で出会った、あの不思議な少女の事を思い出した。


「今日、バス停でP・B・Dペイル・ブルードットのスピンオフ、読んでたらさ」

「ほうほう、ほんで?」


 相槌を打つクロエは、ミーティング・ルームを浮遊しながら、クルクルとバレエダンサーの様に回っている。

 P・B・Dペイル・ブルードットの無重力は、きちんと慣性が働くようになっていて、この慣性制御が結構難しい。

 凝り性のクロエなんかは、いつもこうやって暇なときに、手癖で練習していた。


「不思議な雰囲気の女の子に話しかけられたんだよ、それ、面白い? って」


 ぼんやりとした記憶を思い出しながら言ったら、クロエはクルクルと回ったまま、器用に重心移動でこちらへ寄ってきて、俺の額に手を当てた。

 慣性は消えず、クロエの移動の勢いでそのまま壁に押しつけられて「熱は、無いようやね」と神妙な顔をされる。

 見た目上は、急な美少女のアップに、思わず心臓が跳ね、その後、クロエにドキドキしたことに軽く自己嫌悪。


「いや、VRアバターに熱とか無いから」


 クロエの肩を軽く押して退ける。体温は感じないのだけども、仮想空間VRステーションに特有の、自意識が転写されたアバターの没入感に、少し手が緊張する。

 リアルだったら、手汗をかいていたかもしれない。

 念のため、俺に――というか恐らくクロエにも、そっちの趣味はないです。はい


「いやいや、P・B・Dペイル・ブルードットに興味がある女子とか、おるか? 普通。ロボゲーの上に、宇宙戦争ゲーやで? これ」


 まるっきり女の子の姿のクロエが言う。ややこしいけれど、中身もアバターの性別も男性なので、おかしなことは言っていない。の、だけども。いや、うん。


「でも、まあ、ユキムラみたいのも、居るかもしれないし」

「アレはだいぶ特殊やろ。SFオタやし……」


 だいぶ特殊な恰好をしたクロエが、自分のことを棚に上げて、そんなことを言ったところで、ミーティング・ルームの空中に、新たなアバターの蒼い影。


「はいはい、だいぶ特殊なSFオタの、ユキムラさんですよー」


 先に声がして、そこから遅れて、ミーティング・ルーム内にユキムラのアバターが結像した。

 どうやらアバターのロード中、音声だけ聞こえて居たらしい。

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