02 VRステーション

 その夜、夕飯とお風呂を済ませたあと、いつものようにベッドで横になって仮想空間VRステーションを起動。


 昔の仮想空間VRステーションは、ゴーグルやバイタル・モニターなんかをごちゃごちゃと体に装着したそうだけど、今のものは、粒子センサ・ネットワークという空気中に漂う目には見えないネットワーク端末が、バイタルを観測し、映像や音を直接、脳に伝達する。


 起動した後の自意識は、仮想空間VR内のアバターへと移るので、自分で確認したことはないけれど、チェックされたバイタル・データや緊急停止用のウィンドウが、ベッドで眠る自分の周囲に表示されている。

 商品案内に、そう書いてあった。


 メニュー用の、精神リンクしていない簡易アバターの姿で、仮想空間VRステーションの、クジラが泳ぐ海中を背景テーマにしたエントランスに入ると、周囲に浮かぶ箱の中から『ザ・ペイル・ブルードット』のロゴが入った箱に触れ、ゲーム・アプリケーションを起動。


 スッと、意識が箱に吸い込まれる感覚。


 すこしの間の、ロード時間。

 粒子センサ・ネットワーク上の量子ニューロン・プロセッサが、ゲームデータを構築するのは一瞬のことだけど、人間の意識をゲーム内のアバターに移すのに必要なロード時間なのだと、以前、何かで読んだ。本当かは分からない。


 そんなことを考えながら待っていると、P・B・Dペイル・ブルードットに作ったアバター『シド』の姿で、チームの所有する宇宙ステーションに、自分の意識を感じる。


 仮想空間VRとは言っているが、古いVR技術とは、すでに随分と別物になっているらしくて、特に自意識を仮想空間VR内のアバターに転写する技術は、過去のものには無い最新の技術らしい。

 P・B・Dペイル・ブルードットが、マニアックな宇宙探査系のSFゲームにも関わらず、VR界隈でムーブメントになっているのは、そういう技術革新に寄るところが大きいそうな。こっちはチームメイトの一人が語っていた。


 アバターの姿は初期値――リアルの自分の姿から、あまり変更しなかった。

 顔つきはゲームのデザインに合わせて、ゲーム・システムがスッキリした端正な顔に自動的に修正してくれている。

 目にかかるぐらいの、すこし長めの前髪も、同じようにゲームに合わせて、リアル過ぎない質感になっているけれど、全体の雰囲気は、おおむねリアルの姿そのままといった感じ。

 学校の友達が見たら、半分ぐらいは気づくだろうか。


 アバターの姿を弄りまくっているチームメイトからは「せっかくアバター・デザイン出来るゲームなのに、もったいない」なんて言われるけど、数値スライダーをいじるほど違和感のある姿になってしまったので、これでいい。


 そんなことを考えながら俺のアバターが現れた場所は、暫定的にリーダーを務めているチーム・エッジワースが持つ宇宙ステーション。

 スカラブレイ宙域セクターの辺境、恒星レンドラを回る小惑星帯メインベルト。そこに隠すように建ててある。

 その中のロビー兼ミーティング・ルーム。

 宇宙ステーションは、区画ブロック設備モジュール単位で作ったり買ったりして増築出来るのだけど、たった三人のチームの稼ぎにとっては、設備モジュール一つとっても結構な金額なので、予算は防衛用に回してある。

 そんなわけでステーション内はロビー兼ミーティング・ルームのほか、骨格艦レヴナントが収容されている宇宙港区画ドック・ブロックと、個々人の部屋が一つずつ、という質素な構成。


 もちろん重力発生装置なども、お金クレジットに余裕がなくて買っていないので、アバターの身体はふわふわと宙を舞う。

 これはこれで、いかにもSFらしくて良い。と、いうことにしている。

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